その3

 JR京都駅を降り、そこから四条大宮までタクシーで行き、京福電鉄嵐山線に揺られること、凡そ40分ほど。

 俺が嵐山駅に降り立ったのは、もう秋も深まった11月も終わりの事だった。

 この時期の嵐山(嵯峨野ともいう)は、絶好の行楽シーズンで、どこへ行っても観光客だらけなのだが、その日は平日ということもあってか、流石にいつもよりは半分くらいの人手といったところだろうか。

俺は駅を出ると、俺は件の記事を書いた映画雑誌の記者(現在はフリーの映画評論になっている)を訊ねて聞き出した、風見初代の住まいを捜し歩いた。

京都のこの辺りは、確かに観光地ではある。

しかしちょっと脇道に入れば、そこにはどこにでもあるような、ごく平凡な普通の暮らしがある。

風見初代の家も、そんな脇道の奥の奥、ごく何でもない民家と竹藪に囲まれた一角にあった。

(しかし、映画雑誌の記者が訪ねていっても、けんもほろろに追い返されたんでしょう?私立探偵如きが出かけて行って、会ってくれますかね?)

(そこを何とかするのが君の仕事だ・・・・いや、儂の名前を出してくれれば何とかなるはずだ)

(昔の社長の御威光を笠に着ようというわけですか?)

(そうじゃない・・・・彼女は儂のことを一番信用してくれていたんだ。その儂の名前を出せば、幾らなんでも嫌だとはいわんだろう)

あの老人は自信たっぷりの口調でそう言い切っていた。

彼女の家は、木造二階建ての、ごく平凡な日本建築である。

嵐山近辺は『風致保存地区』になっている場所が多くて、景観を害するような建築物は条例で厳しく制限されていると聞いている。

道理でここらは最近流行りのモダンな造りの住宅が少ないはずだ。

『どなた?』

インターフォンを押すと、すぐに声が返ってきた。

『風見初代さんですね?私は乾宗十郎というものです。』

 俺が答えると、玄関の格子戸が軽い鈴の音と共に開いた。

 中から、小豆色の和服に身を包んだ女性が姿を現した。

 俺は懐からバッジと認可証を出し、彼女に示す。

『探偵さん?』

 確かに歳は取っている。

 彼女が姿を消したのが二十台の半ばだったことを考えると、もう六十年以上は経っている計算になり、となるともう八十近くであるが、その容姿は一向に衰えておらず、銀色一色になった頭髪もよく年齢にマッチしていた。

『元新日本映画の社長、大河内鉄三郎氏・・・・ご存知ですか?その方が貴方にお目にかかって、或ることを確かめてきて欲しいという依頼を受けまして、それでお伺いした次第です』

普通ならここで、

『お話しすることはありません』

と、門前払いを喰っても不思議ではないところだったが、彼女は、

『どうぞ、お上がりになって』と、俺を室内に招き入れてくれた。

老人の言葉通りだった。

彼の神通力は大したものである。




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