第六話『最終決戦! そして伝説となる!』

『強敵、ザンシンを打ち破り! ついに成田空港まで到達したキングロード! 果たしてそこに待つものは何か!! 彼らの運命やいかに!!』


「運命やいかに……とか言われてもなぁ」

「石島司令は暇なのかしら」

 レッドとピンクはコックピットに響き渡る気合の入った説明を聞いて、マスクに覆われた耳を手で塞いだ。前に座る三人――ブラック、イエロー、グリーンはそれぞれ目の前の光景に目を奪われていて、石島の声も入っていないようだった。少し高くなった席に座る二人にも、ブラック達が見ているものが目に入ってはいるが、スピーカーに近い分、耳のほうが優先順位が高くなるのだ。

「まあ、どちらが騒音かと言われれば、どちらも騒音だな」

 レッドはコンソールを操作してスクリーンの一部を拡大させた。そこにはうじゃうじゃといる人の群れ。そこから放たれる叫び声は五人の神経を逆撫でした。

「……うざい」

 グリーンは呟いて外部から来る音声を最小にする。そこでようやくコックピットに静寂が訪れた。

「で、どうするレッド? あの主婦様達の先に敵がいるんだぞ」

「そうだな……」

 レッドは顎に右手を当ててさすりながら考え始めた――。




 成田空港について待ち受けていたのはドクソー星人……ではなく、彼らに逢いに来た六千万の人であった。そのほとんどが子供連れの主婦であり、ダイオウドウが空港までたどり着いた時に一斉に前に集まってきた。

 そこで先ほどの騒音である。

 子供達は巨大ロボの魅力に叫び、主婦達はドクソー星人を攻撃しようとするキングロードに対しての反発を見せて「近寄るな下衆ども!」と罵っている。

「俺達が休んでいる間に何したんだ? あいつら」

 ブラックが納得いかない表情を見せて腕を組む。自分達が休んだのは三日だけであり、その間にあの主婦層はドクソー星人に魅せられてしまったことになる。そのからくりは一体何なのかと考えても、ブラックには思いつかない。

「ああ。多分、これですよ」

 ブラックに助け舟を出したのはイエローだった。差し出された右手に握られているのは一体の人形。身長はとしては成人した人間の手から肘の辺りまである、少し大きめの物だ。

 頭は全く色あせていない黒色の髪でぼっちゃん刈り。

 眼鏡の下にあるのはほっそりとした美麗な顔で、ちょうどよい感じに開いた瞳に少し高めの鼻。口に含めばとろけそうに思える、肉付きの良い唇がある。

 黒い学生服を身にまとい、胸には名札が付いていた。その名札には行書体で『鈴木』の文字。靴はスニーカーを履いている。

「……なんだこれは?」

「『鈴木』ですよ。ドクソー星人がこれを奥様方に配っていったんです、街頭で。よく分かりませんが、かなりの人気商品らしいです。でまあ、ちょうどその現場を通りかかったもので、一体貰ってきたんです」

「…………」

 ブラックは沈黙してイエローを睨みつける。そのマスク越しの視線の鋭さに、イエローはたじたじになって周囲を見回す。すると、他の三人も同じようにイエローを見ていた。

「な、なにか?」

「お前……」

 ブラックが言った次の瞬間、四色の拳がイエローの脳天に「どごぉ」と突き刺さる。イエローはその場に崩れ落ち、四人は何事も無かったようにまた主婦達を見た。

「めんどくさいから血塗れの押し花を作りながらいくか……」

 グリーンが回りくどく、前回の余韻が抜けきらないような発言をする。しかし思考を終えたレッドが破滅的な提案を突っぱねた。

「いや、飛んでいこう。そしてあの建物に直接取りついて、敵を倒す」

 主婦達が妨げている道の先にある緑の塔をまっすぐに見ながら、レッドはあるボタンを押した。するとダイオウドウの背中が割れて飛行するためのジェット噴射機が現れる。

「最初からこれ使って来ればよかったな」

 レッドはそのまま最初に押したボタンの下にあるボタンを押す。すると炎が噴射機から飛び出して、ダイオウドウは空へと舞った。足元にいた主婦達が何人か吹き飛ばされたり乗っていた足から落ちたりしていたが、それは見ないことにする。

「ごーごー! ダイオウドウ! よっしゃー、燃えてきたぜ!!」

 レッドは飛んだことに満足なのか口調に熱がこもってくる。ブラック、ピンク、グリーンは呆れたようにため息をつき、イエローはようやく気絶から立ち直った。そして、叫ぶ。

「な、なんだあ――げふ!?」

 急に起きて叫ぶことを嫌った四人が再び拳を一閃させる。意識が再び飛んだイエローに構わず、すぐに意識は目指す塔へと向けられた。

「あれは……」

「まさか!?」

「非常識ですね……」

「こんなことって!」

 レッド、ブラック、グリーン、ピンク。 

 四者四様の声がコックピット内に満ちる。そして態度もまた、様々だった。

 一人は呆れて。

 一人は呆れて。

 一人は呆れて。

 一人は呆れて。

「塔が……変形してる」

 三度意識を取り戻したイエローが、他の四人を警戒しながらコメントした。

 ダイオウドウは緑の塔を飛び越えて、滑走路に着地した。他に飛行機などはおらず、ゆっくりと戦闘体勢をとる。

 そんなダイオウドウを意にも介さず、塔は変形していた。

 ただの柱だったところから手足が、頂点からは口元を隠すマスクをつけた頭部も現れる。

 変形を終えた塔は、タキシードを着た男になっていた。タキシードも下のワイシャツも肌も全て緑色であるが。

 体長はダイオウドウとほぼ同じ大きさのようで、しかし幅は塔だった時よりも二倍に増えている。ダイオウドウの半身を包み込めるくらいである。

「敵のロボか……?」

『ふふふ……はーはっはっはっはっは!』

 スピーカーから溢れる笑い声。確かに音量を最小としているにも関わらず、五人は鼓膜が破れそうなほどの声にうめいた。それは間違いなく目の前のロボから発せられている。

「お! お前は誰だ!」

『ここまで来て、私の名を聞くとは愚か者め』

 敵ロボはそう言うと懐に右手を入れた。「何か武器か?」と身構える五人に対して、ロボは笑みを向けてさっ、と入れていた手を突き出した。

『名刺だ。受け取れ』

「……どうも」

 レッドは拍子抜けしつつも、ダイオウドウを操作して名刺を受け取る。大きさは十メートルはある。そこに書かれていたのは普通に日本語であった。

 異星の文字でも何でもない。


【名前:オリ・ジナール 職業:ドクソー星人王様】


 シンプルである。

 しかもその一行が人間同士で渡す名刺に書かれた文字サイズなのである。思わずレッドもダイオウドウの視覚ズーム機能を最大にして読んでしまった。当然、視線はオリ・ジナールからずれる。

『北・極・拳!』

 聞こえる声と伝わる衝撃。

 ダイオウドウは腹部を貫く衝撃によって弾き飛ばされ、滑走路を転がった。中にいる五人もかき乱される。

「ぐあっ!? み、みんな!」

 レッドを含めて四人はシートベルトをつけていたために大丈夫だったが、一人、イエローだけは叫び声を上げながらコックピット内を転げまわった。体格が大きすぎてシートベルトをつけられなかったためである。

 ようやくダイオウドウが落ち着いた時には、イエローはちょうど座席に戻ってきていた。体はスーツの上からでも分かるほどダメージを蓄積していたが。

「くそ……いきなりボスが出やがって。しかも名刺見てる時を狙うなんて卑怯だ!」

 グリーンが正当な抗議をするも、オリ・ジナールは両掌を上に上げて「はて?」といったポーズをとった。

『悪が卑怯なことをして何が悪い?』

「くそ! ああ言えばこう言いやがって! 話し合いの余地無いから制裁加えてやる!」

『ははは! やってみろ!』

 緑のタキシード――オリ・ジナールはネクタイを首から外すと滑らかな動きで振り回し始めた。先ほどの衝撃で音量が元に戻っていたスピーカーから風切り音が聞こえてくる。そして……ダイオウドウの体に火花が走った。

「ぐぁ!?」

「か、かまいたちか!」

『その通し!』

 ブラックの言葉に肯定しながら、オリ・ジナールは更にネクタイを振りながらダイオウドウへと近づいていく。その間にもダイオウドウはダメージを蓄積させていった。

『我の腕力により振られることで、真空が生じ、相手にダメージを与えるのだ!』

 そう言っているオリ・ジナールも体のいろいろな場所へと傷をつけていく。ネクタイによる真空刃が敵だけではなく自らまでも痛めつけているのだ。

『これがドクソー星人を束ねる者の力よ! 思い知ったか! キングロード!』

「お、おのれ……」

 レッドが拳を震わせながら悔しがる。すでにダイオウドウはかなりの損傷をしていた。頭上につけられたレッドランプが回転し、危険を知らせる放送が流れている。

「このままじゃ、やられちゃうわ……」

「どうすれば……」

「力が……足りない」

「乗り物酔いした」

 巨漢一人を除いて、四人の心に絶望が宿る。オリ・ジナールはその気配を察したのか、真空刃を生み出すことを止めてネクタイを頭に巻きつけると、胸を大げさに張ってダイオウドウの前に立った。

『ふふふ。散々邪魔をしてくれた御礼に、一思いに殺してやろう』

 オリ・ジナールの手が振り上げられる。ブラックも、グリーンも、ピンクも、イエローもまた、諦めて項垂れていた。と、その時!

「まだだ!」

 レッドは咆哮し、ダイオウドウに剣を抜かせると振り下ろされてくる手刀へと叩きつけた。硬い金属音と共にダイオウドウの剣が砕けるも、一瞬の隙をついてオリ・ジナールから離れる。

『まだあがくか』

「ああ……俺達は……」

 レッドは次の言葉を言う前に、一度間を取った。その間に他の四人も、またオリ・ジナールまでも聞く態勢を整える。レッドは彼らの姿を見て満足げに頷くと、一気に言い放った。

「俺達は! 王道戦隊キングロードだ!!」

 レッドの言葉。

 それは一つのキーワードだった。

 五人誰もが知らなかった機能。

 ダイオウドウの、最終戦闘形態。その、光さす道への進化を促すキーワードだったのだ。

 光り輝くダイオウドウ。まばゆい光にオリ・ジナールは後ずさる。

『何だこれは!?』

「これが! 正義の光だ!!」

 光はやがて五色に分かれていく。


 赤、黒、緑、黄、桃。


 五色の光がダイオウドウのある一点に集中し、その凄まじいエネルギーが大地を揺らす。

「いくぞ! オリ・ジナール!」

 ダイオウドウが滑走路を駆ける。正義の一撃を打ち込むために。

 あまりの揺れにその場から動くことが出来ず、オリ・ジナールは棒立ちで向かってくるダイオウドウを見ていた。

『おのれぇええ! キングロードぉお!』

 オリ・ジナールの絶叫。

 五人は同時に渾身の力を込めて叫んだ。




『くらえ必殺! 女の子の必殺技っ!!!!!』




 そして、五色の光が集まった右足が、オリ・ジナールの股間を直撃した。





「……終わったな」

 変身を解除した豪は最後の一撃によって大破したダイオウドウを眺めながら言った。その表情には役目を終えたダイオウドウに対する敬意と、悲しさが浮かんでいる。隣に寄り添って立つ伊織は、そんな豪に声をかけられずにただそっと手を握った。

「浸っている二人は置いておいて……説明してもらいましょうか、石島司令」

 隆は豪と伊織から少し離れた場所で、目の前に立つ石島を睨みつけていた。

 隆の後ろには同じく険悪な表情をした大作と栄太がいる。

 彼ら三人の前には石島司令との他に三人の人物がいた。厳密には三人、とは言えないかもしれないが。

「簡潔に言うと、これはヒーローショウだったのだよ」

 石島は殺意まで含んだ視線を向けてくる隆へと平然と言った。その後を、石島の真後ろにいた者が続ける。

「我々が日本政府の方に協力してもらったのだ。石島殿は上から命じられて、それに従っていただけのこと。どうか恨まないでもらいたい」

「それは納得のいく説明を聞いてからだな、オリ・ジナールさんよ」

 隆の刺のある言葉に、その人物――オリ・ジナールは頷いた。先ほど闘っていた相手と同じ格好をした者が、そこにいた。違うのは大きさだけである。

 誠意ある態度を示すという意思表示なのか、一度深々と礼をしてから語り出した。

「私達ドクソー星人は、宇宙を旅行している途中なのだ。宇宙船が我等の母星と言っても良いくらいにな。世代交代も宇宙船内で行われている。細かいことは省くがな」

 細かいことを言われても理解出来なかっただろうと、隆は気にせずに先を即した。

「分かった。それで、今回の茶番はどういうことだ?」

「我々も長く宇宙を旅していると、とてつもなく暇になるのだよ。そのために、たまに立ち寄った星で一種の『遊び』を行う」

「……それが、この戦隊ごっこだったってわけかよ」

 隆は今まで沸きあがっていた怒りが急に冷めていくことを自覚した。

 ドクソー星人が特に直接的危害を人間に加えなかったことも、やけに戦闘が戦隊じみていたのも、ドクソー星人の遊びだったからと理解したからだ。

 それでもまだ疑問は残る。

「でもどうして宇宙を旅しているのに戦隊物を知ってる?」

「『遊び』を行う場所の文化は無論、調べる。そして我々もたまにやっていた『正義と悪に分かれて演技する』という事が文化としてあった。だからこの国を選んだのだよ。もちろん、この国の技術レベルが低いことは分かっていたから我々の技術を提供したがね」

 黙って聞いていた大作と栄太も、全てを理解していた。


 何故、テレビ内のように戦隊の戦闘服を装着できるのか。

 何故、巨大ロボを扱えるのか。

 現代の科学技術を軽く超える物が次々と現れたのかを。


 驚いて硬直している三人を見ながら、オリ・ジナールの後を石島が引き継いだ。

「この『遊び』に協力すれば、今の地球の科学バランスを崩さない程度により良い技術提供してくれるということで、日本政府も『遊び』を承諾したんだ。私も知ったのはお前達がザンシンに倒された後だったがな」

 石島の言葉にオリ・ジナールの後ろに従っていたザンシンとテイ・バーンが笑う。

 倒されたと見せかけて、実は演出だったと言うわけである。

「あとはこの遊びに乗る者を捜すのが大変だったようだ。普通の者ならば『自衛隊の仕事だろう』と断るだろうからな。個人の資料を調べて、こういった戦隊物が特に好きというお前達五人――お前達が選ばれた。そしてスクリーンで見せた映像にいろいろ盛り込んで、この『遊び』に疑問を持たないようにしたのだ」

「それって下手をすれば洗脳でしょう……」

 大作が肩を落とした。そこにかけられたのは、先ほどまで雰囲気に浸っていた豪である。隣にはもちろん伊織がいる。

「なんか俺達が婚約している間に話は終わったようだな」

「ああ、って婚約だと!?」

 隆は怒りを通り越して顔を青ざめさせていた。震える体を大作と栄太が支える。隆の耳元で「まあこんなもんですよ人生って」と栄太が囁く。

「よく分からないけれど、つまりこれはお祭りみたいな物だったんだな! なら祭りが終わった後は打ち上げだろう!」

 豪は勢いよく手を差し出した。オリ・ジナールの目の前に。

「祭りが終わったなら、みんな仲間だ!」

 偽りのない、透き通った豪の瞳。

 オリ・ジナールは笑って豪の手を握った。

「協力ありがとう。楽しかった」

「おうっ!」

 二人の間に流れるほんわかとした空気。

 戦いの果てに、友情が結ばれた瞬間だった――

「綺麗に終わらせようとするんじゃない!!」

 和やかな雰囲気を打ち破ったのは、立ち直った隆だった。

 拳をわななかせて今までのいろいろな鬱憤を晴らすために豪に襲い掛かる。

 二人を止める者、煽る者が入り混じって滑走路は騒がしくなった。

 そんな乱闘を尻目に、石島はその場から離れていく。大破したダイオウドウと夕日が絶妙な位置に来るように移動してから、石島は目薬を差して空を見上げた。

 頬を、液体が流れる。

「王道戦隊よ……永遠となれ!」

「勝手に締めようとしないでください!」

 乱闘をごまかして終わらせようとした石島の後頭部へと、イエローが持っていた『鈴木』が直撃していた。




 地球は今日も平和である。

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