第四話『美しき戦士、その名はザンシン』
『レッドにんじん! グリーンきゃべつ! イエローじゃがいも! ブルーたまねぎ! ピンクぴーまん!』
部屋の外まで響く声に、キングブラック・黒場隆は顔をしかめた。一応本部待機ではあるのだが、隆が立つ扉の奥には仲間の四人が集まっている。
その目的は一つの番組である。
『豊作戦隊! ベジタブル!!(どがしゃあっ!)』
わざわざ登場シーンだけ音量を最大化したらしく、言葉のバックで爆発した火薬の音は扉一枚を容易に貫く。
耳の中に残る大音響に心地よさを感じつつもそれをごまかして、隆は扉を開けた。
『ふっ……相変わらず残虐な手口を使いやがる……一人の怪人に五人でなぶり殺しか……てめぇらの血は何色だ!』
『赤』
隆が入ってきた事に気づきもしないのか気にしていないのか、彼の予想通りにテレビを凝視している四人は全く振り返りもしない。
テレビでは『豊作戦隊ベジタブル』の最新話が放映されていた。日曜の七時半から大人四人が寝癖もそのままにテレビに喰らいついているのは、後ろから見ているとなかなか面白いと、隆は少しだけ笑った。
怪人は戦隊の五人によってぼろ雑巾のように打ち捨てられる。そこに、敵幹部が現れてぼろ雑巾に成り果てた怪人を抱いて囁きかけた。
『ぼくちゃん。がんばりなさい』
『……うん! 分かったよママ! 大人への階段を登ります!』
『私は子供がいるほど歳を取ってないわ!!』
敵幹部は勝手に怒り狂い、怪人の頭を張り飛ばす。その衝撃で、怪人は巨大化していく。
『――豊作巨大起動人形・皆五六誌! はっし――』
ぷち。
いきなりテレビの電源が切れた。
同時に鳴り始めるサイレン。
「うわああ!!」
「いいところでぇええ!」
「リモコン! リモコンー!」
「責任者出てきなさい!!」
突然の出来事に四者四様の動きを見せる、テレビの前の大人達。混乱に陥っているからか非常事態発生のサイレンに全く気づいた様子は無い。
「お前ら、出動だぞ」
隆の冷静なツッコミによって、ようやく四人は動きを止めた。その中の一人がサイレンの出所を捜すかのように天井を見上げる。それは寝癖が思い切り上に伸びていて、固まっているキングレッド・赤井豪だった。
「ん? これそうなのか? 朝ご飯の連絡音じゃなくて」
「物々しい連絡音だな……いいから早く支度しろ!」
隆はそう言って自分も着替えをするために、部屋へと走り出した。内心でちゃんと『豊作戦隊』をビデオ録画できているだろうかと心配になりながら。
出動要請に従って五人は現場に向かう。
最初の敵幹部、テイ・バーンを倒してから出動は十件を数えていたので、出動の手際なども良くなってきている。
「慣れてきた時こそ、安全運転安全運転」
五人乗りのワゴン車を運転するキングイエロー・黄門大作は制限速度に着実に従って運転していた。四十キロ規制の道路をその通りに走ることで、後ろに長蛇の列が生まれている。まるで御伽噺に出てくる主人公のようである。
「笛吹いてうんたらってやつだよね」
キンググリーン・緑川栄太がそう言って鼻で笑った。朝の戦隊物観賞を邪魔されて不機嫌らしく、顔は誰がどう見ても不機嫌だ。
「まあDVDも出るだろうし、それまで我慢しなさい」
優しく栄太を諭すのはキングピンク・桃白伊織だ。言葉とは裏腹に栄太の襟首を掴み、空いている拳は力の限り握られている。否定の言葉が出てきた瞬間にその拳がどこに向かうのかは一目瞭然であった。
どうやら不機嫌なのは伊織もそうらしい。
「とっとと片付けて、途中からでもいいから『マスクドライバー・ゾンビ侍』を見る!」
混沌とした車内で一人だけ燃えていたのはやはり豪だった。ちなみに『マスクドライバー・ゾンビ侍』とはいつも戦隊物の後にやるテレビ番組である。三味線に仕込んだ刀でばっさりと敵を切る迫力に、大人の男に大人気の番組だ。
隆は誰にも気づかれないように腕時計を見る。
午前八時半。
(とっくに終わってるよ)
「うおー! 早く終わってくれよ! 任務!!」
レッドの願いは祈る前に終わっていた。
現場にようやく辿り着いて、五人はワゴンから降りると油断無く周囲を見回した。
手には支給された銃――無論、普通の警察官が使う銃ではなく、何故かコルトバイソンだ――を持ち、いつでも発砲できるように前に構えたまま移動する。
「子供がどこにもいないわね」
伊織が疑問符を浮かべながら言って首をかしげた。
「確かに。今までのドクソー星人は、子供のハートを奪うことで日本をぼろぼろにしようと考えてきたはず……。なのに、今日は子供がいない場所に現れるなんて」
「しかも、まだ僕らの前には現れないしね」
豪が伊織の問いかけに応え、それに補足するように栄太が呟く。
五人が背中合わせになりながら徐々に進んでいく様子は、傍から見れば滑稽にも映る。
しかしこの場に他に人間はいなかった。いつもならばこの場所は子供達の活気に満ちた声が溢れ、生の活力が生まれ出る場所であるはず。
「まさか……もうドクソー星人が何かしたのかな?」
「それはないな。おそらく……今日は休みなんだよ」
大作の疑問には、隆が答えた。
「幼稚園は日曜はやっていない」
そうなのだ。
彼らがいるのは幼稚園、その緑に包まれた庭だった。
ジャングルジムや滑り台、ブランコなど様々な遊具が並べられているのは、幼稚園としては規模が大きいほうだからだろう。彼ら五人は一塊になりその庭の中を進んでいる。その姿はまるでうにのようであり、突き出された腕は刺のように見える。
明らかに敵の姿は無い。
「やはり中に入るしかないな」
「おう。それは俺も言おうと思っていた!」
隆の呟きに豪が叫ぶ。他の四人は鼓膜が破れそうになり、怒りの鉄拳を彼へと浴びせる。そこにのどかな声が流れた。
「にゃーん」
「あ、猫……」
伊織の目が潤む。その変わり様に男四人は心臓が飛び出た。
彼女の視線の先には突然現れた猫。白い体に黒い斑点模様がある、まだ仔猫だ。
「猫さん……可愛い……」
突然の変貌。男四人は心の中で一斉に突っ込んだ。
『可愛いと言うお前が可愛い』
しかし、シンクロ率が百パーセントを超えている中で、先に我に返ったのは栄太だった。
「おかしいぞ! なんでそんな人間的な鳴き声を出しているんだ!」
指を突きつけ、コルトバイソンを向ける栄太。しかし伊織は猫とバイソンの斜線上に立ちふさがる。
「頭おかしいのは外見だけにしてよ!」
「うっわ、酷いけど……それはとりあえず横に置くよ。お前! 正体を見せろ!」
伊織の体の横から仔猫に指を指す。すると仔猫は身震いをして、声を上げた。
「おほほっほおっほほほおほほほほほほほおほほほほほほほほほほほおほおっほおほっ!」
まるで電子音で生み出された声を連発しているかのように、高らかな笑い声が響く。
仔猫が乗っている地面が徐々にせり上がり、下から女性が姿を現していく。
ちなみに仔猫は女性の頭の上だ。
「なるほど。大した洞察力と推理力。それならばテイ・バーンが倒されたことも分かるわ」
「いや、洞察力も推理力も何も、テイ・バーンは普通に倒しただけだし」
大作が言うも女性は全く聞いていない。その体から発せられる気配に、五人は少しだけ飛びずさって身構えた。
女性は一言で言えば『古典派美人』だった。
髪は黒髪で耳が隠れるくらいのおかっぱ頭。
眉毛は太く、鼻立ちは高く、目は大きく、口は小さい。
大作の眼鏡に装備された戦闘力計算装置では、上から90・55・88を示していた。
服装は全身を覆う白いヴェール。
風にひらひらと舞うその服からかいま見えるすらりとした白い足に、隆は思わず顔、首、上半身、下半身など体のいろんな所を硬直させる。
「私は宇宙で最も美しい美女、ザンシン! 私の前に私無く、私の後に私無し! さあ、あがめなさい。かしずきなさい! お父さんお母さんお兄さんお姉さんお爺ちゃんお婆ちゃんおじさんおばさん甥っこ姪っこ従姉妹従兄弟異母兄弟赤の他人!」
「あれを一息で言えるとは凄いな」
硬直から立ち直った隆も油断無く構えながら呟く。そして、豪はすんなりと尋ねた。
「つまり、お前はだれだ?」
「ザンシンだ!」
瞬時に、ザンシンは豪の傍へと移動していた。
「――」
「大・斬・劇(だいさんげき)!」
移動も一瞬ならば武器を抜き放つのも、振り下ろすのも一瞬である。
ザンシンがいつのまにか手にしていた刀を振り下ろし、豪は反射的に真剣白羽取りを発動させていた。見事に両手の中に刀が納まっている。
「あ、危ないな……」
「大丈夫よ。模造刀だもの」
ザンシンのあっさりとした物言いに豪は呆気にとられる。しかし、次の瞬間、彼の体のいたるところが切り裂かれた。
「――あぐあぁああ!?」
あまりの激痛にその場に手をつく豪。仲間達もあまりの惨状に足が出ない。
「言い忘れてたけれど、模造刀でも振った時に発生する真空刃が相手を切り裂くから」
「意味……ないじゃねぇか」
傷つきながらもその痛みに耐えて立ち上がる豪。だが、足元はふらつき、その度に血が地面に飛び散る。ザンシンは模造刀の刀身に自らの舌を這わせながら恍惚とした表情を浮かべる。
「いいわねぇ……刃物ってやっぱり肉に食い込む瞬間が一番好きよ。特に硬い肉を切った時に斬り終えた際の爽快感。ああもう、生きてて良かったって思えるのよ。でもその様子を見られると必ず言われるのよね……『あんた、豚肉を切るのになんでそんな汗かいてるの?』って」
「いろんな意味で……おかしいわ! チェンジ! キングフラッシュ!!」
豪は叫び、ブレスレッドを振り回す。すると光が豪を包み、彼はキングレッドの戦闘服を身にまとっていた。
ちなみに、戦闘服を着ると、その者の傷は治っていく優れ物だ。
「クリスタルゲイザー!」
腰の剣を引き抜き、頭上から振り下ろす。しかし剣は模造刀によって受け止められていた。そして次の瞬間には――
「ぐばはっ!」
レッドの体から火花が何度も立ち上る。
その数およそ百七つ(グリーン推定)もの火花。それはつまり、剣と模造刀の交差によりレッドが百七回の攻撃を受けたことになる。その衝撃に、レッドは仰向けに倒れた。
「レッド!」
ようやく変身して援護に向かおうとした四人だったが、ザンシンが生じさせた衝撃波に飛ばされ、レッドと同じように地面にひれ伏す。
「ぐぐ……ぐぐぐ……」
「おほほほほ。キングロードもたいしたことないわね。長年我々と戦い続けてきた宿敵も終に年貢の納め時ね」
「長年も何もまだ十日ほどだし、キングロード……それに! お前なんで年貢知ってるん――ぐばはぁ!」
体を襲う激痛を押して突っ込もうとしたレッドの腹にザンシンは右足を叩きつける。模造刀をレッドの首に近づけて、その顔に笑みを浮かばせた。
「とりあえず、まずはあなたね。百八回目のプロポーズを受けてもらうわ」
(だから何で知ってるんだ……殺られる!)
レッドはその瞬間、本当に死を覚悟した。
『マスクドライバー・ゾンビ侍』を見れなかったことだけが心残りだと思いながら、迫る死を受け入れる。
しかし、殺意はレッドを襲うことは無かった。
「みゃー」
じょっ。
猫の鳴き声と何かが流れる音。レッドは目を開いてマスク越しにザンシンを見た。
そこには自分を見下ろしたまま固まっているザンシンと、頭の上に乗っている猫。
そして、ザンシンの顔を伝って液体が流れ落ちていた。
「う――――きゃぁああ!」
ザンシンは女の子らしい悲鳴を上げて、自分の頭の上から仔猫を放り投げた。仔猫が地面に叩きつけられる前に、ピンクが見事キャッチする。
「人質は助けたわ!」
(人じゃないし、むしろ俺を助けてくれ)
体が動かないからそうやって無言で抗議するしかない。ザンシンは五人から離れた場所に立ち、自業自得にも関わらず憎悪の視線を向けた。
「おのれぇええ! キングロード! 今回は命拾いしたな! 次こそは必ず倒す!」
そして、ザンシンは消えた。結局何をしに来たのか良く分からずに、五人は首を傾げたが、とりあえず危機は去ったらしい。
「大丈夫か、レッド」
「あんたほんとヘボいんだから」
「新リーダーを決める選挙をせねば」
「全く。僕らここに来る意味無かったよ」
ブラック、ピンク、グリーン、イエローが次々とかけてくれる言葉に、レッドは思った。
(こいつらの貯めた『ベジタブル』のビデオとか焼いて供養してやる)
まだダメージが回復しない体を呪いながら、レッドは他のメンバーの悪口を聞き続けた。
キングロード初めての敗北。
それは終局への序曲に過ぎなかった……。
『続く!!』
次回予告!
戦隊となって初めての敗北に沈む五人。気分を戦隊物を見て紛らわせているうちに日本は大混乱に陥っていた!
最終決戦へ向けて、今、五人が甦る!
次回、『王道戦隊キングロード』第五話。
『日本の危機に甦れ! 王道戦隊!』
五色の光が、敵を穿つ!!
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