冬を越えるために

冬に映える黒髪の獣の口から、あなたとの四季のため息が風に巻かれていく。坂の上の家に向かって流れる風を指で梳れば、冬が絡みついてくる。あのシャボン玉がすべて包んで弾けたからぼくやきみの悲しみさんはもうないんだ。同じように喜びも弾けて消えるからまた悲しみさんはとなりにいる。シャボンが弾けるたびに忘れてきたものの悲鳴が、淀みなく流れる車に轢かれて弾けて消えていくよ。また1℃、冬が足をすすめて吐息を染めかえていく。


あの坂の途中、寒椿が綺麗な垣根の前に佇むあの人の悲しみさん。ぼくは背を向けるしかなく坂を下りはじめる。シャボンをひとつ風に任せて置いていけば、あの悲しみさんはもうひとりではないだろう。


さて、それでも春に焦がれる浅ましき身としては、去年に拾った桜の蕾の塩漬けを白茶に浮かばせ道行く人々に振舞い、たくさんの人が春を思ってくれることを願わずにはいられないのです。


ねぇ、悲しみさん、まだぼくの傍にいてくれますか。ただひとつ、ひとつだけしゃぼん玉を胸に懐いていることを許して欲しい。冬は寒いけれど、春を迎える生き方ぐらい許してくれないか。それならきっと少し優しくなれるかもしれない。獣も人らしくみえるだろう。

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