「瑠璃がいないんだ」と翡翠は言った。

 それから翡翠は部屋の中に入ると、そこで琥珀に瑠璃の残していった手紙を見せた。真っ白な便箋に入った、一言だけ「さよなら」と文字の書かれた真っ白な手紙。

 その手紙を見て、琥珀は自分の心臓がどくんと一度、強く鼓動するのを確かに感じた。

「先生には? この手紙は、先生にはもう見せたの?」琥珀は言う。

「まだ見せてない。これから見せに行くつもりなんだ」翡翠は言う。

「わかった。私も行く」

 琥珀はそう言うと部屋の壁にかけてあったコートをとって、それを着た。それから二人は先生の部屋に向かって移動した。


 その日は、とても静かな夜だった。だけどなんだか不思議な胸騒ぎがする夜でもあった。それはあまりにも、窓から見える一面の透明な星空が、数億という数の星々によって明るく、美しく、まるで人の心を誘惑する宝石のように、きらきらと輝いていたからかもしれない。

 とんとん、とドアがノックされた。

「開いてますよ。どうぞ」と先生は言った。

 するとドアが開いて、そこから翡翠と琥珀が「こんばんは、先生」と言いながら顔を出した。二人はとても真剣な表情をしていた。

「なにか話があるんだね。入りなさい」先生はそう言って、暖かい暖炉の火がともった部屋の中に二人を招き入れた。

 二人は暖炉の前にあるソファーに座った。

 先生は窓際にあるテーブルの椅子から立ち上がって、二人の前にあるもう一つのソファーに腰を下ろした。

「それで、なにがあったの?」先生は優しい笑顔をして、二人にそう質問をした。

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