支店


 私は短時間のパートだったので、午前中は9時から正午まで。午後からの時は正午から17時までの勤務時間だった。

 ただ開店時間が9時なのに出勤時間も9時じゃ間に合わないだろうと思い、早めに出勤する事にした。その日は私が初めてだった為か、本来は交代で仕事をするもう1人の新人さんも来る事になっていたので、一緒に仕事をするのも楽しみだった。

 ところが店に着いてすぐ私の耳に飛び込んで来たのは「馬鹿野郎!!そんな事やらなくていい!!」

 今の何?誰?一瞬パニックになり、誰が声を発しているのかわからなかった。

 恐る恐る足を踏み入れていくと次第に状況が飲み込めて来たが、それはいつも見る穏やかな店長とは別人の鬼の様な形相をした店長と新人さんだった。どうやら新人さんがレジにチラシを貼ろうとしていた時に、それを見た店長が怒鳴っていたらしい。でもなんで?


 その店で長く働いてる従業員の須藤さんに、その事を言ったら、須藤さんは、そうなのよと言う感じで「あの人は誰か1人ターゲットがいないとダメなの。彼女は聞かずに勝手に金券を現金で打ち込んだり、ミスも多いから余計店長の怒りを買っちゃったんだよね。

 でも大丈夫。神崎さんの事は私が盾になって必ず守るから。頑張ってね」

 あまりの衝撃に言葉も無く、とんでもない所に来てしまったと、あれほどウキウキしていた気持ちも何処へやら。。

 さっき来たばかりだと言うのに帰りたい気持ちでいっぱいになった。

 しかしそんな事も言ってはいられないほど、朝はやる事がたくさんあった。小さい店で従業員が青果担当1人と店長、須藤さん、私ともう1人の新人さん。

 前日の日付け切れの商品撤去、お弁当や商品の品出し。売り出しの日はポップを貼り、レジの釣り銭セット。今日はまだ新人さんがいてくれるけど、明日からは1時間は早く行かないと間に合わない。結果それから毎日、サービスで朝は1時間早く出勤して仕事をする事になった。

 しかしそれだけ早く行っても、商品が多い時は開店しても出し切れていないので、レジを見ながら品出し、電話がかかって来たら電話の応対。目が回る様な忙しさだったが、まだまだこんなのは全然序の口。後になればなるほど、深みにハマっていく地獄に比べれば、この頃はまだ働く時間としては、マシだった。しかし、店長の態度は酷いなんてもんじゃなく、気に入った客にはにこにこ優しいのに、気に入らない客には横柄な態度。

 私に対しても最初は穏やかだったが、やはり気に入らない時には怒鳴る事も多かった。

 一番辛かったのは朝の釣り銭が少なくて、千円札が1枚しかない時もあった事。一度100円が足りなくなって、店長に両替お願いしますと言いに行ったら「そんなもん、俺に言ってどうすんだ!!」と物凄い勢いで怒鳴られ、仕方なく自分の財布からありったけの100円玉を両替して乗り切った。

 それからは毎日仕事が終わった後や、行く前に銀行へ行き、全種類の硬貨やお札を両替して持っていき、足りなくなったら、悪い事をしている理由でもないのに、こっそり店長の目を盗んでロッカーへ取りに行った。ある時は100円玉が底をつきそうになり、娘に電話して、100円玉貯金を持って来て貰った事もある。

 もう1人の新人さんには大変な思いをさせたくなくて、交代の時にはお金を両替してから出る様にしていた。

 でも彼女は店長の風当たりが一番強く、もう辛すぎて無理。。と言って突然店に来なくなった。その後に入って来た新人さんは、明るくて細かい事は全く気にしない人で、店長もわりと気に入ったのか、その人にはそれほど強く怒鳴る事はしなかったが、代わりに青果担当の女の子が今度はターゲットになり、朝は物を投げる音や怒鳴り声が絶えなかったが、その子は根性がある子で、怒鳴られながらも頑張って仕事をこなしていた。

 店長が怒鳴るのは従業員だけじゃなく、業者さんに対してもなので、私が後で謝る事もたまにあった。朝、業者さんが私に

「すみません。他の支店の電話番号を教えてもらっていいですか?」と聞いて来たので、私がチラシを見せてここに載ってますよと教えてあげていたら店長が来て、

「いちいち聞かないで自分で調べろ!!」と言い、それに対して業者さんがすみませんと言いながらまた私に

「お電話お借りして宜しいですか?」と言うので、どうぞどうぞとかけて貰っていたらまたやって来て、

「電話使うなら貸してくれってちゃんと言え」と言い、それに対して業者さんが「言いました。」と答えるとそれに対しての捨て台詞が何故か「馬鹿野郎!」だった。

 もう本当に申し訳なくて、どつしようもない親を持つ娘のように、「うちの店長が、本当にすみません。」と謝るのが常だった。


 店長は相手がお客様でも容赦なく怒る事もあった。

 ある時お客様が、

「お豆腐がほしいんですけど。。。」と店長に言うと、店長は値引きになってるお豆腐を指さして

「そこにあるでしょ」と。

 でもお客様はそれを見て

「値引きになってないお豆腐はないですか?」と更に聞いてきた。すると店長は

「それなら買わなくてもいい!」と言い残して不貞腐れて奥へ。。

 気に入ったお客様には、わざわざ本店まで取りに行ってあげる優しさもあるのに、どうでもいいお客様にはこの態度。

 これは須藤さんから聞いた話だが、お客様が缶のお茶を箱で欲しいと言って来た時に店長は、

「ペットボトルにしな。缶はこぼれるから」でもお客様は缶のお茶が欲しくてもう一度「でも缶が欲しいんですけど。。」と言ったがそれでも店長が

「焼肉とかで飲むんでしょ?ペットボトルがいいって。缶は倒すよ。こぼれるから」

 言われてお客様は

「じゃぁ、ペットボトルで。。。」と諦めて購入。


 あとで須藤さんが、

「店長、さっきどうしてお客様にお断りしたんですか?裏にあったでしょう?」

 と聞いたら返事が

「めんどくさい」だったらしい。


 でもこの店長がここまで酷くなったのは、この店がとんでもないブラックだったせいで、この人もある意味被害者だったんだと、後になって考える事も出来る様になったが、この頃の私にはそこまで考える余裕はなかった。

 店長の毎日は、早朝から閉店の10時過ぎまで、いつ行ってもいるので、店長はいつ休んでるんだろうと思っていたら、驚いた事に店長の休みは年に1日。元旦だけだった。

 一度上司に休みが欲しいとお願いしたら、「店長の癖に休みが欲しいなんて何事だ!」と言われ。その頃は奥さんもいて子供もいて、奥さんからもお父さん、たまには休めないの?と言われていたのに休みが貰えず。

 それが原因かはわからないけど、奥さんとは離婚して犬だけが店長にとっての家族だった。店長は1日中休みもなく仕事に追われているせいで、お風呂になかなか入れないらしく、いつも酷い臭いがしていた。

 しかもタバコも1日で灰皿が山盛りになるくらいのヘビースモーカーで、朝からお酒も飲んでる時が多く、それに加齢臭も加わり、それまで経験した事の無い臭いをさせていたので、初めはその臭いに慣れずに大変だった。

 何よりも食品を扱うスーパーでこれはどうなんだ。と思ったがずっと一緒にいた須藤さんは、「大丈夫。みんな最初はそうだけど、時期に慣れるから。不思議と気にならなくなるよ」と言っていて、いくらなんでもそれはないだろうと思っていたが、しばらくしたら本当に気にならなくなっていて、自分でも驚いた。ある時、いつもの様に店に行くと、本店で人が足りないから数日だけ手伝いに来て欲しいと言ってきてるから、行ってほしいと店長から言われた。

店長から解放されるのは正直嬉しいけど、今でもギリギリの人数なのに、私がいなくなった後の事を思うと直ぐにはいとは言えなかった。

でも店長も須藤さんも、

本店から言われたら断れないから。こっちは大丈夫だから行って来て。と言うので行く事に。

私は短時間のパートだったが、本店では朝の9時から17時までのフルタイムで。と言われたので、まぁお金になるからそれもいいかとOKした。



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