第二話

飲んでいた苺ミルクを吹き出しそうになった。(因みにこれはレイちのお気に入りドリンク)。

「やばいやばいやばいやばい見てこれ!」

止まらないやばいを連呼した彼女が差し出した画面。それがすぐにサイトのお知らせページだと分かったので、私も開く。

《完全会員制度導入! この度ファンクラブが大幅リニューアル致します。お越しになった公演、座席情報を元に、次回公演のチケットをご用意させて頂きます。一人でも多くのお客様に来て頂けるようにこれより一切は、ファンクラブに入会されている方のみの販売となります》

「えっとえっと、つまりどゆこと?」

「うちらにもチケットが取れる可能性あるってことじゃん? しかも待ち続けてたら最前とかもあるかも」

「ええっ! 何それやばいじゃん。激ヤバじゃん。死ぬじゃん」

「最前は死ぬから十列目ぐらいまでに入れたら……それでも死ぬか」

「あーやばいよやばいよ! やっぱ神だよ。なんでこんな最高なことしかしないの? 優しすぎて死ぬんだけど」

「あんた達死にすぎ」

「オークションの高騰チケットも無くなるのか。るぃ様どうするんだろ」

「あーあの人ねぇ。ああいうガチはどんな手使っても来るんだよ。ほらいくつでも新規口座作ってさ、良い座席のだけ行くの」

彼女のブログはまだ更新されてない。

「ね、見てこれ。あの五十万で売ってたバカ捕まったらしいよ」

ファン達が集う掲示板に、警察に囲まれている男の写真が貼られていた。今ニュースでやっているらしい。見るからに敗北者という言葉が似合いそうな、残念なジジイだ。

「良い気味。やっぱ悪は滅ぶべきだよね」

「我らの前で不正をしようとは戯けが。ははは!」

「ちょっ、あんたが言うとネタにしかなんないからやめて」

こうして何にでも彼らの事を繋げて、それをすぐに分かってくれる友人たちに囲まれている毎日は、本当に幸せだった。たまに落ち込むことがあっても、彼らがいると思えばすぐに立ち直れる。私がこんな風になれたのは、全て彼らのおかげなんだ。

人生の価値観を変えてくれた。毎日に刺激を与えてくれた。

だから信じていた。彼らは永遠で、一生愛すべき存在なのだと。みんなが飽きてしまったとしても、私だけは彼らの素晴らしさを語り継ぎたい。


どんなチケットが送られて来るのかと、毎日ポストを覗いてドキドキしていた。やがて送られてきたのは一公演だけ。座席はやっぱり後ろの方。でも飛び上がるほど嬉しかった。ただそのチケットは半年以上先のものだ。

無くしてしまわないように大切にしまって、その日をひたすら待った。残念ながらツカサ様が出る演目ではなかったのが少しショックだ。そして友人たちの誰とも行く日が被らなかったのもプチショック。

めちゃくちゃ待って、やっとその日が来た。手持ちの中で一番マシな服をあれこれと考えて、当日も迷いに迷ってから手に取った服は、周りの子達と比べると、やっぱりそんなに可愛くない。特に前の席に座る人たちは、彼らの隣にいても浮かないほどに綺麗で可愛らしい。

少し落ち込んで電車に乗った。そこには既にファンの人たちがいて、カバンを見ただけで誰を推しているのかすぐに分かった。

「行けるだけでもいっか」

どうせ自分の席は彼らから見えないし、見えたとしても沢山いるファンの一部だ。

貯めていたお金でグッズを一通り買って、新しい劇場に足を踏み入れた。中もとても綺麗だ。さすが専用劇場。

座席は一つ一つがふかふかの赤い椅子だった。大きなステージは壁や天井の装飾までも美しい。そして縦に長く作られた花道。この道を歩いて来てくれたら、今までの倍は近い距離で見られるハズだ。

ドキドキしながら会場の様子をじっと見ていた。可愛い子が多いなとか、自分の持っていないグッズを見ていいなとか。

「……はじまっちゃう」

胸の前で手を組んで、会場が暗くなるのを待った。


それから公演二時間はあっという間に過ぎた。

感動はした。ただ場面ごとに誰々がどうのと頭の中で呟いたり、ここが盛り上がりポイントだよね? と自問自答が止まらなかったので、集中できなかったのは確かである。友人達にどんな感想を伝えるか、考えすぎてしまったのだ。焦って一つでも目に焼きつけようとしても、何だか心はふわふわしたまま。数年前に行ったときは号泣したけど、今はそうなりそうもない。

もやもやした気分のまま帰り道。どうしてだろう、あんなに行きたかったのに。ツカサ様もカーテンコールにはいたのに。

「現実味を感じなかったのかな」

そうだ。彼らが異次元すぎて、私には更に手の届かない存在になっちゃったから。

帰ってから、なんとなくリモコンに手を伸ばす。久々に彼ら以外をテレビの画面で見た。最初は随分ひどい顔だと思った。私は将来お金ができたら整形するつもりでいたし、美意識が足りなくて、よくこんな顔でテレビに出れるなって。……でも何だか今日はそれが心地良かった。

どうせこんな番組誰も見てないから好きなこと喋っていいよと、スタッフもタレントに混じって好き勝手していた。普通の人間から出る汚い暴言や下品な言葉は、以前の私だったら最低だと怒っていたことだろう。自然に笑っていた。こんなにテレビは面白かったかと、苦しくなるほど笑っていた。

あれ、私今日歌劇団に会いに行ったんだよね?

様々な考えがテレビの中に吸い込まれていく。

「ははは!」

予算が足りないことをネタにして、自分達でセットを作っていた。ダンボールとかガムテープを使って。ここ数年忘れていたくだらなさと、気を張らなくていい良さがそこにあった。

彼らの完璧とその美が持っていないものも、この世にはあるんだ。

何だか心がスッとした。かわいいパジャマではなくジャージに着替えて、お菓子を床に置く。前はわざわざテーブルをセットしていたけど、必要ない。

私は夢から、醒めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る