第一話
歌劇団で一つの大きなグループだけど、それからいくつかの階級に分かれる。主役クラスと、脇役クラス。幼少クラスはまだ小さい子達が頑張ってレッスンしている。
それから五つのグループ。主役クラスの人たちが、それぞれコンセプトの違うグループを組んでいる。因みにツカサ様はヴァイオリンも嗜んでらっしゃるので、格式高い白をイメージしたグループに所属している。クラシックを演奏している姿は、そのまま何億の価値がつく絵になりそう。
他にはバンド活動をしている赤、ゴシックな世界観を持つ黒、爽やかでキラキラした、今までのアイドルをレベルアップさせたみたいなゴールド。サーカスやマジック、剣など様々なパフォーマンスをしてくれる青。
最近まだ色は無い、優秀な幼少クラスの子達を集めたグループも作られた。とにかく最高に可愛い。成長が楽しみだ。
こちらの活動はファンが分散されるので、チケットが取れるかと思いきや、一人一人のガチ精鋭達のおかげで、やっぱり簡単には近寄れないことになっていた。その分DVD補ってるから……いいもんね。
見た後は疲れるのでどうしても耐えられなくなった時にしかやらないけど、VRゴーグルをつければかなり臨場感のある映像が見られた。そのおかげで、チケットが取れなくて死ぬみたいな事態は免れているのである……多分。
毎日毎日彼らのことを考えて尊さに辛くなったり、幸せ過ぎて苦しくなったりする。
栄光のグロリア歌劇団。世界中の美や欲望を全て手にしたような彼らは、一生手の届かない場所にいる。
引退しても家族は終わらない。あの家でまた下を育てて、その子たちが最前に立つ……それが続いていく。
そんな永遠に輝いている彼らは解散や事務所の騒動など、黒いものに悩まされなくていい。そんな安心感も、ファンが無くならない理由の一つだった。
3
パラパラと資料を確認する手を止めて、顔を上げた。ちょうどそのタイミングで扉が叩かれる。ここに来てからちょっとした予感というか、そういう勘が働くことが多くなったように思う。あまり役には立つことはないのだけど。
「よ、リュウちん頑張ってる?」
ヘラヘラとした態度で片手を上げて、こちらに近寄った。よく飽きずに毎日来れるものだと、ため息が出る。
「……はぁ」
そんな様子を気にすることなく、こちらの肩に手を回す。見ていた紙を一枚取り上げると、興味なさそうに振った。
「返せ。他人が触っていいものじゃない」
「もー、相変わらず真面目なんだからー。そんなに詰め詰めだと根が生えちゃうよー」
「……っ別に。お前達に比べたら……こんなもの」
「ほーらリュウちん、またそんなこと言って! 俺らみんな助かってるんだぜ? きちんとやってくれる人がいるから頑張れる。大切なお仕事に感謝してるんだから、自信持って」
……そう。俺はあれからステージに向かうはずだった道を、裏方に回したのだ。
目が覚めると美しい顔をした少年がいた。鏡に映っているのが自分だとは思えない。そして術後の副作用か、軽く記憶を失っていた。ここ数年のことはなんとなく思い出せたが、通っていた学校や人の名前はもう一生思い出せそうにない。
体力が戻ると、さっそくレッスンルームに入れられた。そこには同じように美しい青年が集められている。一部はプロ並みにうまかったが他は自分と同じ、平均以下のレベルからレッスンが始まった。みんな前の自分を抜け切れていないのか、控えめな性格で話し方も似ていた。
簡単なストレッチから始まったのに、すぐに練習はハードになっていった。運動が苦手で体力も無い、そんな自分たちが本格的な踊りや歌をやるのはかなりキツかった。それでもそれ以外にやることはない。全員この芸術に身を捧げることしか許されていないのだ。でもそのまま放り出されて、目的を失うよりはマシだった。
常に気を高く持ち、美を心がける。大変ではあったが、心地良くもあった。しかしトップを争う気までは無かったので、比較的平和なメンバーと過ごしていた。
そしてデビューに向けての稽古が始まった。その中で俺を含めたほとんどが、オープニングとエンディングに出て踊るというものになった。その他は全てトップの人たちの出番だ。
俺たちにも完璧は求められて、たったの二曲なのに毎日疲労していた。本当にトップの彼らなど、雲の上の存在だ。嫉妬を覚える前に、みんなただ純粋に尊敬し、憧れていた。
自分には向かないと思っていたけど、いざ衣装を着て舞台の上に立つと、気持ちが高揚していた。真後ろで見た彼らはいつもより輝き、何倍も美しく見えた。
初めて立った舞台は緊張していたので、すぐに終わった。夢だったのかと思うほど一瞬で、それでも興奮からその日は眠れなかった。
頭の中に色々なアイディアが浮かんできて、一心不乱に紙に書き殴った。中にはメンバーに似合いそうな演出や衣装だとか、それに合わせた話まで書いてしまったので急に恥ずかしくなり、どこかに隠そうとしていた時のことだった。
偶然ぶつかってしまった。その時はまだ一人しかいなかった、マネージャーに近い仕事をしていた彼に。
「す、すみません」
「いいよ。大丈夫? ……でもどうしてそんなに急いでいたのかな」
「あの……っ」
ぶつかって落とした紙を見られるだなんて、ベタすぎて恥ずかしい。もう一度謝ると彼は手で制した。
「これ君が?」
「……はい」
「ねぇ、マダムに見せてもいい?」
「えぇ!」
と、まさかの流れで演出を手伝うことになってしまった。こちらの方が合っているし確かに楽しかったのだが、その一方で今日も死ぬほど苦しんでいるであろう彼らの努力を知っていると、素直に喜べなかった。
そんな訳で今日も色んな紙を捌きながら、カタカタとパソコンを叩いている。
因みに今無遠慮に人の椅子に座っている男はダンスメインで活動しているが、台詞も幾つか与えられているレベルの演者だ。稽古がきついから疲れてそのまま自室で休むのが普通なのに、奴はなぜかここに来る。
「んーそれにしてもここは落ち着くね。たまにゃ力抜かないと」
嫌味で言った訳ではないだろう。でも条件反射のように、つい自虐めいた発言をしてしまった。それでもこいつは笑って慰めてくれる。
「ねぇねぇ今度のパンフレットってもうできた? 俺どんな感じ?」
「……みんなにはまだ言うなよ」
「へへーん、了解了解」
今回はしっかりした役が与えられているから、豪華な写真になっていた。三ページ程のグラビアと二ページのインタビュー。
「おお、いい感じに映ってるね。このセットよく出来てるのに舞台上では隠れちゃうでしょ? こういう細かいとこまで見れるのっていいよね」
「そうだな」
「ありがと、リュウちん」
「……何が。おいっ」
後ろへ振り向く前に腕が回ってきた。にゅるりと胸の前に飛び出し、そのまま抱きしめられる。
「……離せ、それにもう帰れ。本番まで近いんだぞ」
「あー相変わらずリュウちんは俺のこと心配してくれるねー。ふふ、愛を感じるわぁ」
調子が良い奴だ。呆れながら俺は全員のことを考えていると反論した。
「ねぇね、本番終わったら遊びに行こうよ」
「……どこに?」
「ふふっ、考えとくー。でもとりあえず俺の部屋に呼ぶね。あ……なんなら、今日でもいいけど?」
「……っ」
急に変わった声色に焦って腕を外した。
女子禁制なのもあってか、ここの人間関係は少々厄介なことになっていた。とは言っても厳しいレッスンで体力を消耗する為、そんなことができるような隙や暇はないはずなのだが。それぞれに抱える想いはあるらしい。たまに意外なところで激しい戦いが行われていた。
まぁ顔だけは美しい者たちが揃っているので無理もない。ちょっと近めの距離感がファンに受けていることもあって、強く注意はできない。
ただそれを自分に置き換えると、どうしても受け入れられなかった。例え彼が女性だったとしても、細胞レベルで刻まれている自尊心の低さから、上手く対応できる様子が全く想像できない。
「もうリュウちんったらぁ。ピュアピュアなんだからー。ま、そんなところも好きだけどね、浮気しちゃダメだよ」
慣れた動きで頬に唇を当てていくと、そのまま帰っていった。抗議する間もなく。
熱くなった頬を擦って手を戻した。今日はそんなに仕事が溜まってない……いや、だからってそんな。
「……はは」
乾いた笑いで誤魔化して、彼の顔が映っているページを閉じた。
考えたくはないが、こちらを取り込んだ先で何か企んでいる可能性もある。あまり深入りしすぎると、他の子たちから賄賂を受け取っているんじゃないかと噂されてしまうかもしれない。そうでなくても裏の自分とはあまり関わらない方がいいだろう。
「……っ好き、なんかじゃ……ない」
結局自分は顔を変えても、中身は変わっていないんだ。
もう一度頬に手を当ててから、そこを叩いた。とにかく今は手を動かすしかない。彼らの努力を一ミリも無駄にしない為に。
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