《第二部》

長引くなんて聞いてないって!

さっきまでずっと目の前にあった憎い顔を思い出して、舌打ちをした。帰り道を変な目で見られようと、全速力で走る。

録画はしてあるけど、やっぱリアルタイムで見たい! 一週間ずーっと待ってたんだから! なのにあのハゲったら宿題やらなかったぐらいでしつこすぎ! ま、まぁ確かに最近ずっと忘れたで誤魔化してたけどさぁ……しょうがないじゃん。私には勉強なんかより、もっともっと大事なものがあるんだから!

玄関でちょっとだけ息を整えて、靴を脱ぎ去った。

「はいはい、どいてどいてね~」

ソファーに座ってた弟を横切り、リモコンを奪い取った。

「あっ……ッチ、またかよ」

「はぁーよかったー間に合ったー」

「いいじゃん録画してんだから。毎回毎回うぜえよ」

無視して靴下を脱いだ。口笛を吹きながら画面を見つめる。

「ふふ~ん」

漫画を持ったまま二階へ行く弟に、ほんのちょこっとだけ申し訳なかったかなと思ったけど、それは時間になった途端どっかへすっ飛んでいった。

「きゃあああああキターーー!」

美しい音楽に美しいフォントの文字が映る。

《週間グロリア歌劇団》

「この為に……ああ、この為に生きているのよ私は」

感動で涙が出てきた。今週も彼らに会えたことに感謝します。

説明しましょう。週間グロリア歌劇団とは、その名の通り彼らの番組なのです。専用チャンネルでしか見られないもので、そこでは毎週お家の中の紹介や、稽古風景や、本番前のインタビューなんかをお届けしてくれています。

彼らが持っているのはチャンネルだけでなく、お家も特別なのです。団員みんなが暮らしている特別なお家。どこにあるのかも内緒で、未だ見つけられていないそうです。うーんミステリアス。

女子は絶対禁制ですが、一人だけ例外がいます。彼らの母的存在、我らの女神様、マダムレディーが全てを担ってくれているのです。偉大すぎて嫉妬なんて思い浮かびません。まぁ羨ましいですけどね。ファンの女の子達なら誰だって、彼らの住むお家に逆ハーレムで暮らしていけたら……なんて妄想はしているはずですもの。

それからグロリア歌劇団は現在……いやこれからだって、ずっとトップの存在です! 歌やダンスは超一流、演技だってみんな超絶うまくて、チケットはなかなか取ることができません。彼ら専用のホールもそろそろ完成予定です。

アイドルのような活動もしているので、楽しみが尽きません。彼らの脚本や歌にはマダムが関わってるとの噂もありますが、一体何者なんでしょう……。

それから凄いのは全員、スタッフまで完璧な容姿を持っているということ! 現実に存在しないような奇跡の美少年から、頼り甲斐のあるセクシー担当だってみんな可愛くてカッコよくて、ああもう! この中で推しを選ぶだなんて酷なこと酷なこと……。何度だって目移りしてしまいます。みんな美しくて性格だって良くて……うう、彼らのことを考えるだけで泣けてきてしまいます。みんな好きなんです。

何より素晴らしいのがファンの私たちよりも、彼らがちゃんと自分たちのことを大切に思っていること。それは完璧なパフォーマンスからも伺えることですが、いつ見ても仲が良く本気で向き合ってくれる、向上心がとっても高い! だから彼らに安心してついていけるのです。財布の中はいつもスッカラカンですが……。

ただ彼らの出すグッズや本はとてもクオリティーが高いので、買って後悔したものなど一つもありません。弟はすぐに飽きるよなんて言ってますけど、本当はアイツがルイルイのことを気に入っているのだって、お姉様はご存知なのですわ! オホホホホ!

「うひぃ本当に素敵……こんなところでお茶したい……あぁコウ様、燕尾服似合いすぎだから……マジ死ぬ苦しい萌え死ぬ」

三十分しっかり目に焼きつけたけど足りなかった。うきうき録画したものをまた再生する。今度はお友達のみんなと実況しながら萌えを共有。この上ないほど幸せな時間だ。

「そうそうそうそう! レイちにクッキーあげてるサクたん優しすぎて死んだマジ天使! 写メろーっと」

ああ、また素敵な画像が増えていくうふふふふふふん。

可愛いとヤバいを何回打ったか、言いまくったか分からない。やっと一息ついて制服を脱いだ。部屋に戻って写真集を眺める。

最後に彼らに会えたのは、一年前の舞台だった。後ろの席だったけどそれでも凄くラッキーで、実際パフォーマンスを目にすると、本当に素晴らしくて号泣してしまった。

ほぼ箱推しの私だけど、特別な存在はいる。みんなだいたい黒か茶色、金色の髪なのだけれど、一人だけ腰まで銀色の髪を伸ばした人がいた。初めて登場した時は現実だと信じられなくて、ついに神を見てしまったのかと思った。

天使と言われていた彼だったけど、クール系担当なのか、あまり喋らない。憂いた表情がよく似合う、他の子より切なくなってしまう団員ナンバーワンだった。儚げな雰囲気に、いつかそのまま消えてしまうのではないかと不安になる。一瞬で目を奪われた彼のポスターやCDは宝物だ。

そんな彼、ツカサ様はあまり番組に出てこないので、出番があるとそれだけで泣いてしまう。次の日みんなに良かったねと慰められた。

インタビューで自分はあまり出来た人間ではない、前線に立つ彼らが凄いので、倍に練習をしてやっと彼らについていけているぐらいだとか、自分に自信が持てることなんて滅多に無いとそんなことを言ってしまう彼に、良いところ沢山あるのにぃいいと伝えたすぎてまた泣く。こんなに凄い人でも悩んでいるのだから、私なんてもう……はぁ。

とにかく一人一人こんな風に、引き込まれる魅力があった。本当に素晴らしい劇団だ。一生応援していると思う。今日も彼らに出会えたことに感謝して生きます。ありがとうございます。

ポスターに祈りを捧げて体を起こした。

あーあ……会いたいなぁ。私が男だったら絶対に入団しているのに。でも新人はどんどん増えていくのに、その方法は誰も知らなかった。オーディションやスカウトがあるといった声はない。噂では誰も知らないような田舎から連れてきているだとか、むしろ人間を作っているのだとか、SFみたいな考察まで飛び交うことがあった。そんなバカなこと……とは思うが、彼らは本当に突然現れた人たちだった。

駅やらCMやらで何かが起こると宣伝していたのでそれなりに盛り上がり、みんな何があるんだろうとその日を待っていた。

当日変化があったのは、十分間だけ空白になった番組表だ。新商品とか、新しい番組? ドラマかな? もしくは何かお店がオープンするのかもと、そのぐらいの予想だった。

しかしそこに現れたのは、今までの常識を取り払ってしまうようなものだった。それまでにもアイドルグループやカッコいい俳優なんて沢山いたけど、次元が違っていた。完璧なパフォーマンス、レベルの高い楽曲、一人一人の個性が秒速でみんなの心を掴んだ。

それからは大騒ぎ。あちらこちらで色んなアイドルのグッズが捨てられているのを見た。今まで愛嬌だとか、抜けているところで売ってきた人たちは画面から消えてしまった。

すぐに彼ら専用のチャンネルができたので、普通の番組を見る人も減った。天下を取っていたテレビ局が一つ倒産した程だ。

ホームページはいつも繋がらなかった。どんどん彼らをまとめたページが出てきたので、そこら辺から情報を一つでも多く入手した。

そして彼らが公に姿を現わすことになる初めての公演は、新人ではあり得ないトップクラスの会場で行われると発表された。もちろんチケットは秒速。高騰したオークションチケットは恐ろしい値段にまで跳ね上がっていた。

せめてグッズぐらいはと会場まで行こうとしたけど、始発前にはもう駅がパンクするぐらいの列が作られていた。仕方なくネットで拾った写真をプリントして、それを眺めていた。

CDの売り上げや視聴率も、追いつくものがいなくなった彼らが止まることはなく、今なおファンを増やし続けていた。

「いいなぁ……いいなぁ……」

いつも前の方の席を取っているという人のブログを読んで、妄想を膨らませる。この人は売れっ子キャバ嬢らしい。私だってもう少し可愛ければ……ああ。でもこの人頭がおかしいぐらい彼らに貢いでいる。裏に五人は、億を軽く稼いでいる社長でもついているんじゃないだろうか……。その財力でチケットも、たまにあるイベント券も勝ち取っているんだろう。

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