第二話
「こちらをご覧ください。すでに十人ほど行っているのですが、結果は好調です」
そこにあったのは、会社の中で撮ったらしい写真だった。会議中のようだが、雑誌の一ページにしか見えない。爽やかな雰囲気の人から少しワイルドな感じの人まで、みんな顔が整っている。
驚いたのが整形とは信じられないことだった。自然なのにちゃんと整っている。整形顔という言葉があるぐらい似たような雰囲気になる事があるとは、芸能人を調べて知っていたが、それぞれに個性を持ったイケメンが並んでいた。
「これ本当ですか……?」
「すぐに信じられないのも当たり前です。私も大変胡散臭い話だと思っていたんです。ただ今は一人でも多く人材が欲しい。手当たり次第声をかけても、やはり今の生活があるなどで断られてしまいます。それからもちろん恐怖心からお辞めになってしまう方も多い。あのサイトに載せたのは賭けでした。もう少し賑わっているところもあったのですが、そちらは別の機能として使われていましたから。……誰かと出会いたい方ではなく、死と見つめあった方が良かったのです」
ふっと息を吐くと静かに目を伏せた。何かを慈しむような表情を向けられる。
「今からじっくり考えて頂いて構わないのですが、社長がいつストップをかけるか分かりません。私個人の勝手な理由ですが、貴方には……その、前の私に似たところを感じるのです。よければ我々の仲間になりませんか。人生を変えられますよ」
それはまるで親友とか、そんな近しいものに与えるような優しい声だった。ドクドクと心臓が早くなる。不意に目頭が熱くなった。
「従来の整形手術ではないんです。メスで切って何かを注入したり、骨を削ったりという……。初めは戸惑うかもしれませんが痛みもないので、すぐに慣れると思います」
どういうことなのかと疑問が頭いっぱいに広がったけど、にこにこしている男を見ていたらどうでもよくなってきた。もともと死ぬつもりだったんだから、どうなったっていい。
「やります……お願い、します」
俺を殺してください。
「本当ですか? ……ああ、良かった。今までで一番期待していた方だったので……あっ、その……僕個人が勝手に、ですけど」
急に仕事モードが抜けたのか誤魔化すように笑って、やっと薄くなったコーヒーに口をつけた。
タクシーに乗せられて、仕事場だという所に連れて行かれた。小さいオフィスはシンプルで、デスクも四つ程しかない。それもほぼ使われている様子がなく、他の場所もやけに綺麗だったので、まだ出来たばかりなのだろう。
別室のソファーに座りながら部屋をぐるりと見渡す。男は待ってて下さいと、どこかへ行ってしまった。
「はぁ……」
顔を変える……か。予想はしていなかったが、確かにそれも見返す一つの方法だ。身なりだけでなく顔そのものを。
だったら名前も変えた方がいいな。俺の名前は結構珍しい方だし、覚えている奴がいるかもしれない。そんな奴らにバレたら恥晒しもいいところだ。出来るだけ関わりたくない。それに顔を変えただけじゃ、それだけじゃ……俺は変われない。まぁとりあえずは受ける方向で話を進めることにするけど。あの人を裏切るのも気分が悪いし。
男は紙コップを二つ持ってきた。さっきはコーヒーだったから紅茶ということだろうか、と思ったらほうじ茶だった。
「はい。荷物は整理しておいたので全部捨てて下さい。家も、解約しても場所……あるんですよね?」
「はい。寮のようなところに来ていただきます。といっても個室ですし、時間などが決められている訳ではないので、自分のペースでお過ごしになれますよ」
「……全額負担」
新しいパンフレットの、なんとなく目に入ったところを指差した。
「ここだけの話、社長は資産を持て余しているのです。親戚も、それを与えたい人物もいらっしゃらない。……彼女の寂しさを紛らわせる計画でもあるのです」
「女の人……?」
資料に写真があった。黒い布のついた帽子で顔が半分以上隠れているからよく見えないけど、お金持ちそうなのは伝わった。
「では、疎々乃木様。この名前もそろそろお終いです。あの場所に行って、新しく生まれ変わりましょう」
次は絶対に幸せですと、男は笑った。
身一つで車に乗せられた。外を眺めると、どんどん知らない土地になっていく。恐怖と好奇心が混ざっていた。しかし見られてはまずいのか、途中で目隠しをさせられてしまった。そのおかげでよく眠れたが、どこの県なのかさえ全く予想がつかなかった。
そうして連れられたのはお城のようなところだった。とても静かで街の音、人の声も聞こえない。周りは木ばかりだ。
結婚式場のような豪華なエントランス。壁から調度品まで白で揃えられた中に敷いてあるのは、真っ赤な絨毯だった。通路には色とりどりの花が敷き詰められていて、その上にある窓から見える庭にも沢山花が咲いていた。柔らかい陽に照らされて、一つ一つ鮮やかで立派に咲き誇った美しさに、つい感動して泣きそうになった。
こんな天国のようなところに来れるなんて……それだけで来て良かった。
それを眺めていると、足音が聞こえてきた。現れたのは三人だ。車椅子に乗っているのがあのマダムだろう。高そうな服に身を包んでいる。その側近に二人、人形のような美しい少年がいた。
写真からなんとなく厳しそうな人かと思っていたら、ふわりとこちらを見て微笑んだ。
「あっ……えっと、はじめまして」
少年が車椅子を押して、更に近くまで寄った。少し戸惑ったけれど、そのまま大人しく待つ。
突然暖かい体温に包まれた。彼女は美しさの欠片もないような俺を気にすることなく、抱きしめてくれていた。沢山咲いている花と同じ香りがする。
「ようこそ。貴方を歓迎します」
優しい口調でまた微笑む。ふと、とうの昔に亡くなった祖母を思い出した。こんな風に触れ合った記憶はなくて、小さい頃は同級生が羨ましかった。まぁ俺のおばあちゃんにしては綺麗すぎるけど。
何だか浄化されているみたいで、心が穏やかになっていた。
目元を拭いていると、彼に肩を叩かれた。そういえば今日は眼鏡をかけていない。
「では、行って参りますマダム」
手を振る彼らを背に歩いた。長い廊下を進み、ある一室に通される。そこは病室のようなベッドや、見慣れない器具が置いてあった。
「こちらにどうぞ」
歯医者の椅子みたいな、頭から足先まですっぽりと包まれる椅子に寝転がった。体を固定されて少し不安になったけど、もしこの場所で亡くなることがあっても、それは幸せなことだと思った。短時間で随分心を通わせてしまったみたいだ。
「目が覚めたら生まれ変わっていますよ――おやすみなさい」
白い光は暖かく、そのまま意識は途絶えた。
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