第三話
ここ数年、世の中の女性が綺麗になったと言われている。高い化粧品や美容に良いという食品も、売り上げが飛躍的に伸びていた。
その一方で娯楽に関しては、彼らに関する物以外はほとんど売れなかった。昔は賑わっていたテーマパークも常に貸し切り状態だったし、ゲームや映画も最低額を常に更新し続けている。
コラボ企画などができれば連日満員になっただろうけど、彼らは独自のブランドなので使うことができなかった。
雑誌の特集は美を求めるものばかり。
女子力なんて言葉があったけど、あんなものはぬるい。彼らに合わせる為に、本物のお嬢様レベルの高い振る舞いと意識を要した。
今までの自分を恥じるぐらい彼らが美しかったから、みんな必死になった。少しでも近づきたかっただけなのに、いつの間にか追い込まれていた。ちょっと疲れたなんて言葉は、言いたくても口に出せなかった。
美意識を保つことが彼らへの愛の証明になる。頑張れば頑張るほど近づけると、思い込んでいた。
でもいくら痩せても綺麗になっても、彼らには届かない。みんな知っていたけど……それでも続けてしまうぐらいに信じてた。宗教になってしまうぐらい、もはや集団催眠のようだったとも言える。
しかし自分達が勝手に好きになったのだから、どうこう言える立場ではない。あちらは何も悪くない。
最近じわじわと、私と同じようなことを言う人が増えていた。完璧なパフォーマンスは、息継ぎする暇がなかったのだ。常に誇り高く、爪の先まで神経を尖らすような繊細な演技……それに私たちはついていけなくなってしまった。
重く悲しい演目が多かったのも、彼らには合っていた。ただ私達の生活はテレビでくだらないと分かっているのに、お笑い番組をだらだらと見てしまうような庶民だから。
こんなことを考えていた時だった。一番の親友に話しかけられる。誰もいない教室で、机の角を触りながら小さく笑った。
「昨日さ、掃除してたんだ。そしたら……見つけちゃってさ。恭介のやつ」
恭介は、彼女がグロリア歌劇団にハマる前に好きだったアイドルだ。バラエティが得意な五人グループで、その中でもお笑い担当だった。
「写真見た時、なにこれぶっさーって思ったのハハハ! そう考えるとみんな顔綺麗すぎだよねー……でもさ、なんか凄い落ち着いちゃってさ。DVD見返していつの間にか泣いてたの。インタビューとかほんとしょうもないし、ライブ中噛むしフリも間違えるし……でも、それでも全然良かったんだよね。むしろそれが可愛くてさ。ま、本当はダメなんだろうけど」
「それ、すごい気持ち分かる……」
「マジ? だってまだみんな必死ぽいじゃん? こんなこと言ったら迫害されそうだなって」
冗談ぽく手を叩いて、笑った。
「あーなんであんなブサイクがいいんだろ。愛嬌ってズルいよね。もちろん完璧なみんなを見てるのもやっぱ憧れるし、すげーって毎回なってるよ? でもたまにはジャンクを食べたいっていうかさ。フランス料理ばっかだと飽きるとか言ってた人いたよね」
「うんうん。それと似た感じ。私達庶民だからさ、結局お嬢様にはなれないんだよ。あ、分かった。みんな……必要じゃないんだよ、ファンが。ファンにいつも凄いものを見せてくれようって気は分かるけど、あそこに客がいてもいなくても、完璧な舞台をするんだと思う。多分そういうところが……寂しいんだ」
「あーなるほど……分かるかも。完璧すぎて隙がないんだよね。悩んでも団員同士でなんとかすると思うし。そういうとこもいいんだけどさぁ……なんつーか届けてくれないんだよね、こっちまで。舞台後にインタビューとかもしてるけどさ、裏までお人形みたいなんだもん。失言とか絶対しない安心感はあるけど、どこまでも作られてるんだよね」
「ねぇ、恭介ってまだ活動してるの?」
「昨日調べてみたら、まだやってるらしいよ。超キャパ下がってたけどね。前だったら信じられない会場でやってる」
「……見に行っちゃう?」
「マジ? ……行っちゃおっか」
二人で机の上に腰掛けながら、ずっと笑っていた。
少し前に当たったライブチケットを眺める。五つのグループが揃うライブらしい。演劇以外を生で見るのは初めてだけど……これで最後かもしれない。とりあえず当分チケットは取らないと心に決めて、行くことにした。
天井が無い外の会場。とても大きなところで、数々のトップアーティスト達はここで様々な伝説を作ってきた。
一応ツカサ様の所属する白色のペンライトを持って、会場を眺めた。演劇のときよりみんなラフな感じで盛り上がっている。スタンド形式というのも大きいだろう。
「あああ……っ!」
冷めてきたとはいえ、つい最近まで死ぬ程好きだった人達だ。始まったらちゃんとテンションは上がっていた。ツカサ様が現れた瞬間涙も出てきた。
全員で歌った後、それぞれのグループが順に出る。腕も疲れてきた頃、一通りが終わった。この後は全員がまた出てきて、アンコールもあるはずだ。
タオルで汗を拭いてステージを眺める。やっぱり彼らはトップだ。凄く引き込まれる。普段どれだけ努力しているかが伺えた。こんなに頑張ってる彼らがつまらないなんてはずはない。あんな三流アイドル達は所詮甘えなんだ。たまに戻ってもいいけど、私は彼らを追いかけたい。追いつかなくても、追って追って……そのまま死にたい。
わっと歓声が上がった。衣装を変えて全員が並ぶ。それぞれ個々のグループもいいけど、一緒に歌う姿はとても楽しそうだ。こんな満面の笑みを見るのは珍しい、いや初めてかもしれない。
涙と汗を雑に拭いて、必死に腕を上げた。少しでも彼らに届くように。
「……あれっ?」
一瞬音が聞こえなくなったのは気のせいだろうか。思わず周りを見た次の瞬間だった。
誰かが膝をついてステージに倒れた。悲鳴が湧き上がる。倒れた彼を支えようとした彼もまた、力尽きたように倒れてしまう。
「……どうしたのかな」
「顔を押さえてる?」
「どこか痛めた? 怪我? 貧血?」
色んな声が聞こえてきた。完全に歌は流れなくなっている。そのうちBGMも止まって、スタッフが裏から現れた。
「どうしたの……ねぇっねぇっ!」
ざわざわと、心配や困惑の声が広がっていた。
「大丈夫……っかな、どうしよう」
泣き出してしまう人や、大声で名前を呼ぶ人、ステージに上がろうとする人までいて、客席はめちゃくちゃになっていた。
ふと目の前が暗くなる。照明が消えた空っぽのステージ。これが表しているものは、彼らの転落かもしれない。
「嘘……嘘だよね?」
無理しすぎたのかな……。もう頑張らなくていいから、ただ生きていてほしい。
手を合わせて祈った。
これ以上苦しまないで……彼らを苦しめないで。
そんな想いは、上で輝いている星に届いただろうか。
――それ以来彼らがステージに現れることは無かった。
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