114.使魔の思惑

 広場にやってきた王都からのスカウトらしき二人組を拒むと、宗谷はシャミルと今後について話し合う事にした。

 ある程度の距離まで近付けば、使魔ファミリアとはテレパシーによる会話は出来るが、脳に声が反響する感覚が心地良いものではなく、乱れが起きて不鮮明、さらに僅かながら魔法力を消耗するので、安全な場所では直接会話するのがベターだった。


マスター赤角レッドホーンという大きな懸念もありますが、まずはイルシュタットに無事帰還したという事で、改めて仕えるものとして意見を。一部辛辣かもしれませんが、御容赦下さい」

「辛辣? ……僕に何か落ち度があったというのか」


 反射的にそう問い返したものの、落ち度で思い当たる節が全くないわけではない。だが、知り合って一週間も経っていない猫妖精ケットシーに分かるのは、外面の一部分に過ぎない筈である。

 宗谷は身構えつつも、意見を聞く事にした。


「まず、英雄物語になる程の輝かしい実績を持つマスターが家無しという点です。安全な住み家の一つくらいは所有しているものかと思っていました。流石にこのような広場で話し合いというのは、いかがなものかと。……失礼を承知で聞きますが、この二〇年間の空白の間は何をしていたのですか?」


 まるで圧迫面接をするかのような、歯に衣着せぬシャミルの質問に対し、宗谷は渋面を隠さなかった。

 宗谷がどういう経歴を辿って来たかの詳細は、作り話をルイーズに伝えた事はあったが、誰にも真実は伝えていない。異世界転移という突拍子もない話であり、仮に知らせたとしても心から信じて貰える可能性は低い。

 そして白銀のレイである事を知っている僅かな者も、二〇年の空白を追跡する術は存在しなかった。全てを知っているのは呼び寄せた元凶ともいえる女神エリスだけである。


「それについては言えないし、誰にも言うつもりはない。……二〇年間遊び惚けていた訳ではないが、この世界で地位や財産を築けていないのは間違いない」

「自分磨きとか、そういうあれではないですよね。今のマスターは強いと思いますが、話に聞く白銀のレイのえげつなさは感じられません」


 さらに辛辣な意見。この妖精猫ケットシーは意外とお節介なのかもしれない。山中に引き籠った賢者の相手をしていたとなれば、御節介で働き者でなければ務まらないのは明白だったが、こういった一面があるのは意外だった。


「では、遊び惚けていたという事で構わない。辛さから逃れてぬるま湯に浸っていたのは事実だ」


 宗谷は程々の労働と生活に甘んじていた事だけ白状した。


「だが、仮に家を手に入れたとして誰が管理をする。使用人を雇う余裕はない。……シャミル、君がしてくれるのか?」

「私は長年イスカールの隠者のお世話をしてました。買い出しを始めとして、調理に掃除に洗濯に、御命令とあらば、あらゆる世話をするつもりです。……というより魔術師が使魔ファミリアを持つ用途は本来そういうものでは?」


 使魔ファミリアの本来の役割をシャミルが指摘すると、宗谷は言われてみればと納得した。シャミルが人型の時に身に纏っている燕尾服は、執事としての役割を担っていた事を示唆しているように思えた。


「それはそうだが。……家を買えと?」

「私の使魔ファミリアとしての本領を発揮できると約束します。……先の王都のスカウトに心が動いたわけではないのであれば」

「それはない」


 宗谷は二〇〇枚の白金貨を思い出しつつも即答で返すと、シャミルは安堵したような表情を浮かべた。


「……それと、聞けば仲間と離れ、独りで寝泊まりしているとか。ミア嬢たちと距離を置いているわけではないですよね」


 どうやら宗谷が寝ている間に、ミアやメリルゥと接触していたようだった。宗谷は嫌な予感がしたが、シャミルの話は遮らず、とりあえず聞くことにした。


「ミア嬢と生活を共にしていないのは、どうしてですか」

「彼女はメリルゥくんと一緒に寝床を共にしている。安全を踏まえても何も心配は無い」

「……私はかの白銀のレイと同じように、いつか皆の前から姿を消さないか心配しています。……これだけは、はっきりと。残された者は傷つきますよ」


 宗谷は黙ったまま、それを聞いていた。

 それと同時に、シャミルの意見に対し指向性を感じ取っていた。


「シャミル。やけに僕をイルシュタットに縛り付けようとしているな。……そういえば、帰り道の道中ではエミリーくんに懐かれていたようだが、あれから何かあったかな」


 宗谷はリンゲンの生存者の少女であるエミリーとは距離を置いていた。気掛かりではあったが、彼女にかける気の利いた台詞が全く思い浮かばず、帰り道でエミリーに接する事が出来たのは、保護者となったルイーズと、懐かれているシャミルだけである。

 情けない事だが、その対応については猫妖精ケットシーであるシャミルの方が長けていたと言わざるを得ない。この使魔が頼もしく感じると同時に、自らに対し不甲斐無さを覚えた一件だった。


「ええ、その事で昨夜は、エミリーの居るルイーズ嬢の自宅にお世話になりました」

「そうか。彼女はどんな様子だった?」


 エミリーと呼び捨てになるくらいの仲にはなっている。ある程度のコミュニケーションが取れているのは羨ましく思う処であったが、歳を重ねた自分には同じような事はまず出来ないと確信している。


マスターはルイーズ嬢に、かなり好意を持たれている印象を受けましたが。……ミア嬢という者がありながら、どうするつもりですか」

「シャミル」


 宗谷がシャミルの言葉を遮った。


「……僕が聞きたいのは、エミリーくんの事だが」

「すみません。……エミリーについては、まだ何ともです。正直言えば猫妖精ケットシーの私に、人の心が完全に理解出来るわけではなく」

「それは人同士だろうと完全に理解出来ないものだ。……もし、シャミルがそうしたいと思ったのなら、引き続き仲良くして欲しい」


 一拍置き、宗谷はさらに続ける。


「君の言ったことは前向きに考える。少なくとも白銀のレイのように、急に消えたりはしないから安心してくれ」

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