113.勧誘者

 武器鍛冶師ドーガに別れを告げ、工房を後にすると、宗谷は街の中心からやや離れた閑静な広場に来ていた。

 昨晩、ルイーズに預けられたリンゲンの孤児、エミリーに付き添う形で別行動をとっていた、使魔ファミリアのシャミルと待ち合わせの約束をしている。

 以前の休暇中に散策で見つけたこの広場は、喧噪賑やかな中央広場と違い人通りも殆どなく、普段ならば休息に最適な場所だった。


「ソウヤだな。魔将殺しデーモンスレイヤーの」


 その朝の静寂は待ち合わせていたシャミルではなく、聞き覚えの無い男の声によって打ち破られた。

 突然名前を呼ばれ、椅子に腰を掛けていた宗谷が顔を上げると、目の前には見知らぬ壮年の男の姿。隣にはフード付きの外套マントで顔を纏った小柄な女性が一歩下がって待機している。


(冒険者? ……いや、違うな)


 男はやや高い上背に、短く刈り込まれてた黒髪と鋭い眼光。年齢は顔から判断すると、自分より若い三〇代前後に映る。質の良さそうな茶色い外套マントの隙間からは、白銀に輝く胸当てと、見覚えのある洋刀サーベルの鞘が見え隠れしていた。


「ああ、そのソウヤ・・・・・で間違いない。君は?」

「俺はルーカスという。……今、暇を持て余していそうだな」

「暇か。……君とは顔を合わせた覚えはない筈だが。どうして、そう思ったのかな」


 初対面にも関わらず失礼とも取れる物言いを、宗谷は暗にとがめた。

 ただ、暇そうに座っている事を茶化しに来た訳ではないだろう。朝早くの人気ひとけの無い広場である。偶然出会ったという事は、まずありえない。


「……これは失礼した。冒険を終えたばかりと聞いたのでな。暇というのは手空きフリーかどうかの確認だ。煽ろうとか、そういった意図が無いのは、これから分かって貰えるはずだ」

「……ルーカスくん。要件を聞こうじゃないか」 


 するとルーカスは革帯ベルトに吊した革袋を手に取り、宗谷に手渡した。

 微かに聞こえた金属音からして、どうやら革袋には貨幣が入っている。

 宗谷が口を開くと、中には銀貨と違った鈍く上品な光沢を持つ、見慣れない貨幣がぎっしりと詰まっていた。


(白金貨。……それなりの枚数があるな)


 宗谷が顔を見上げると、ルーカスが鋭い眼差しを向けていた。威圧感を感じるが、表情は先程から変化が無いので、元の顔立ちと目付きが鋭いだけかもしれない。


「白金貨二〇〇枚用意した。単刀直入に言おう。これで魔将殺しデーモンスレイヤーソウヤを雇用したい」


 白金貨は一枚で、金貨一〇枚と等価である。つまり、ルーカスの言葉通りならば金貨二〇〇〇枚をもって雇用したいという話だった。

 今までの依頼とは比較にならない程の大金を目にし、宗谷が真っ先に思い浮かんだのは不信感だった。冒険者ギルドではなく個人に近づいて話を付けるという点で、まずは、その内容を疑わなくてはいけない。


「随分と大金だが……ルーカスくん。僕は冒険者なんだ。仕事は一旦、冒険者ギルドを通してくれないか。冒険の疲れは抜けていないが、指名依頼ならば内容次第では仲間と相談して検討しよう」


 やや困惑気味に告げた宗谷の進言を、ルーカスは首を振って否定した。


「冒険者としてではない。俺の仕える主人が優秀な人材を集めていてな。その白金貨は契約金代わり。もし、仲間との別れがこじれそうなら餞別に幾らかばら撒く・・・・といい。ある程度なら使った分は補填しよう」


 ばら撒く・・・・という物言いに、宗谷は不快感を覚えたが、ルーカスはおかまいなしに続けた。


「使用人付きの住家と安定した生活を保証する。魔術師マジシャンギルドとのパイプもある。知識を活かす環境もな。……このような、うらぶれた片田舎で才能をすり潰す事もあるまい」


 どうやら彼の目的は宗谷の登用らしい。そして、ある程度は宗谷の下調べをしている。冒険者を引退し、その主人に仕えろという事だろう。

 一方的な物言いだったが、この件と契約内容が本当ならば、かなり宗谷を買っている事になる。冒険者の最終的な目標として、稼いだ名声を武器に地位の高い者の家に登用されるという話は、この世界において別段珍しい話ではない。

 そして、この案件が出まかせではなく、ルーカスという男がそれだけの力を持っている者だという事は容易に推測出来た。

 

(こういった事も、過去、覚えがない訳ではないが。ここまであからさまなのは初めてだな)


 このルーカスという男が何処から来て、どういった素性の者か。宗谷は自分の推測をぶつけてみる事にした。


「──ルーカスくん、君は王都ドルドベルクの騎士だな」


 宗谷は単刀直入に、推測した事をルーカスに伝えた。


「ほう。……どうして、そう思った?」


 ルーカスは視線も表情も変えず、淡々とした様子で宗谷に言葉を返す。


「提示された条件から、おおよその想像はついたが、それを捕足する情報が三つある。まず、この白金貨はイルシュタットでは殆ど流通がない。そして、このイルシュタットを、うらぶれた片田舎、などとのたまうくらいだ。王都の人間である事は想像が付く」


 宗谷は人差し指で一の数字を作り、さらに続ける。


「次に君が腰に下げている洋刀サーベルの鞘、見覚えがあるな。王立騎士団が愛用している得物じゃないのか。これが二つ目」


 続けて人差し指と中指で、二の数字。

 宗谷は野盗から没収した洋刀サーベルを以前愛用していた事があり、武器屋の主人マスターに王立騎士団の軍用品という事を聞いていた。


「──そして、イルシュタットと冒険者を見下した高圧的な態度。良い御身分だと思ったわけだ。……これで三つ。言ってて今、他にも一つ思いついたが、もうこの辺でいいだろうか」


 言い終えたと同時に、宗谷は白金貨の詰まった袋をルーカスに突っ返した。ルーカスは呆気にとられた表情をしていたが、暫くすると不敵に笑った。


「ふっ……腕っ節だけでは無さそうだ。まさに我が主人あるじが欲しがっている人材だな」

「この街には多少愛着がある。あまり馬鹿にして貰いたくはないな。……それで、僕の返答を聞きたいなら言うが」

「……いや。他に当たりをつけるとしよう。ソウヤ、気が変わったら、いつでも歓迎する。ドルドベルクにある銀天の星亭の主人マスターに俺の話をしてくれ」


 ルーカスは背を向けて広場から去っていった。後ろにいた外套マントのフードで顔を隠した小柄な女性もそれに続く。彼女は足取りが静かな事から、盗賊か密偵の類の訓練を受けていそうだった。名乗らなかった以上、ルーカスとは、どういった間柄かは想像するしかないが、小回りの利く従者といった処だろうか。


(引き抜き、とは言わないな。僕はイルシュタットを拠点としてはいるが、誰かに仕えているわけではない)


 他に当たりをつけるという事は、対象を宗谷一人に絞っていたわけではないのだろう。彼の任務はイルシュタットにおける人材登用と宗谷は断定した。

 その事に対し、言いたい事が全くなかったわけではないが、それ自体は違法行為ではないし咎める立場にない。好条件を提示した側に人が流れていくのは世の常である。


(──仮にイルシュタットに危機が訪れたとしても、王都の騎士団は動きそうにもないな。むしろ弱ってくれた方が好都合とさえ考える者もいるだろう)


 宗谷は溜息をつくと黒眼鏡に指を触れた。

 赤角レッドホーンの騒動で、王都の協力を仰ぐことは考えない方が良さそうだった。どういった決定が為されるかは不明だが、少なくともタダで協力を仰ぐのは不可能とみていい。


「……シャミル、そこに居たのか。出てきたらどうか」


 宗谷は虚空に向けて話かけた。先ほど指を触れた魔法道具マジックアイテムである黒眼鏡に、人型の存在が浮かび上がっていたからである。

 すると透明化インビジビリティの精霊術で隠れていた、シャミルが姿を現した。


「……すみません。出るタイミングを失いまして。好条件のスカウトだったようなので、どうなるのかなとドキドキしました」

「シャミル、彼らの事をどう思った?」

「いやはや、初対面のマスターに対し随分と失礼な輩ですね。鼻持ちならぬ連中です。隣の女性は少し気になりましたが。念の為に警戒をした方がいいかと」

「シャミル。初対面でって事なら、君も大概ではなかったか」


 憤るシャミルに対し、宗谷は呆れ顔で指摘をすると、山小屋で出会った頃の尊大な態度を思い出したのか、目を泳がし始めた。


「……嵐の山小屋で、ミア嬢との憩いの時間を邪魔した事、根に持ってますか」

「根にはもっていないよ。山小屋に居てくれた事を感謝している。……処で今からある事で少し力になって貰いたい」


 宗谷の言葉に、シャミルは安堵の溜息をつきつつ、頼みごとに対する不安からか、何とも言い難い表情を見せた。

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