107.野営

 一行は野営の準備に入った。 

 まだ生存者や、魔物も潜んでいる可能性が低いながらもあったが、既に視界は悪く、効率良く捜索を行う事は不可能であり、また白金級プラチナの四名は、イルシュタットからの強行移動によって、幾分か疲労の色を見せていた。

 そして、ルイーズを除く全員が、大小あれど魔法を行使し、魔法力マジックパワーを消耗している。明日以降の事を考えれば、休息を取るという選択肢以外はなかった。


「見張りは私とフィリスが交代で。明け方から行動を開始します。フィリス、いい?」

「わたしはそれで構わないよ」

 

 ルイーズの提案で、魔法力マジックパワーの消耗が殆どなく、感覚の鋭さに長けた二人が見張りに付く事となった。

 二人に申し訳ない気持ちはあったが、魔法力マジックパワーの回復には、質の良い睡眠が必要となる。相当の魔法を行使してきた宗谷は、合理的な判断で、遠慮無く休ませて貰うことにした。

 

「ルイーズさん。明日以降は、どういった予定で」


 宗谷は外套マントに包まりながら横たわり、楽になった姿勢で、ルイーズに問いかけた。

救出した少女エミリーの事もある。宗谷個人としては、長く留まらない選択を取るだろうと考えているが、赤角レッドホーンを仇敵にしているセランも居る。それを踏まえ、念の為の確認だった。


「明日一日捜索して、終わり次第、イルシュタットに引き上げましょう。……申し訳ないと思うけど、今、全ての対応は出来ないわ。それと、セイレンに死霊アンデッド化の防止の結界を施して貰う形になるわね」


 明日、処理しきれない程見つかるであろう、リンゲン住人を埋葬して回るのは、労働力が必要だった。生存者の捜索が最優先であり、手をかけていられないというのが現実である。

 それらは、後々イルシュタットから、派遣することになるのかもしれないし、街に踏み入れるのが危険と各ギルドの話合で判断されれば、この地域は当分の間、破棄される事になるかもしれない。

 全ての住民を個別に弔う事は出来ない。その為の応急処置が、死霊アンデッド化の防止という事になるのだろう。


「……セラン君、それでいいわね? 赤角レッドホーンを追うという選択は取れない」

「──俺一人が、意気込んだ処で、勝てる相手じゃない事くらいは理解している」


 セランは、ルイーズが下した判断に、了承はしているようだった。

 個人的な感情としては、納得してはいないだろう。だが、現実もきちんと見据えている事に、宗谷は安堵した。


「セランくん。リンゲンに引き返して来る可能性もゼロではない。その時は、すぐ集合し、全力で当たろう。かなりの巨躯だ。山岳から飛来すれば、容易に目視できる」


 とは言ったものの、赤角レッドホーンの目的が召喚した白銀の魔将シルバーデーモンの共食いだったと考えると、最早リンゲンには用がないと宗谷は踏んでいた。 

 ──共食いによる成長。明確な目的と思われる事を、観察出来た事は収穫だったかもしれない。

 戯れに滅ぼしているわけではない。必要以上の凄惨な虐殺を行っている事からして、そういった嗜好もありそうだが、それだけが目的ではない。

 

(……共食いによる成長か。襲う間隔が開くのは、身体に馴染むまで、時間がかかるからだろうか。慎重さの表れとも取れるが)


 短期間での共食いによる成長は出来ない。あるいは、本格的な討伐対象にならないように、ほとぼりが冷めるまで時間を開けている。

 前者ならば、次の目標となる集落が決まるまで、少しの猶予がありそうに思えた。

 後者ならば、本格的な討伐対象になっても、物ともしない力をつけた時、世界を陥れる、恐るべき魔物に転じる事になるかもしれない。

 そして魔王化エレクトラムが進んでいる今、そう遠くない事に思えた。

 

「私はルイーズの言った通り、リンゲン全域に聖域化サンクチュアリを張る。……それで半日以上はかかるな」


 セイレンの気怠そうな声。半日の儀式となれば、相当気を張る作業となる。

 

「広域になりそうだが。君一人で魔法力マジックパワーは足りるのかね?」

「当然足りない。本来なら神官クレリック達の補助が必要だが、ここまでは連れてはこれなかったからな。……魔法力結晶マナクリスタルを六個、冒険者ギルドから預かってきている」


 聖域化サンクチュアリ。高位の神聖術で、広範囲に渡り、神聖な結界を張る退魔の術式で、特に遺体の死霊アンデッド化を防止する効果がある事で知られていた。神殿が管理する大墓地などでは、すべからく張られている。

 この術は効果範囲を広げる事で、消耗度合が変わってくる。通常では一人で、リンゲン全域をサポートすることは不可能だった。


魔法力結晶マナクリスタルか。全部使う事になるのだろうな」

「時間をかけられないからな。対赤角レッドホーン用だが、こういった事態も想定して預かってきた。虎の子だが、四の五の言っていられない」


 魔法力マジックパワーを肩代わりする事の出来る宝石、魔法力結晶マジッククリスタル

 宗谷は暫く目にしてなかったが、二〇年前は、良く手にし、六英雄のパーティーで共有していた。当時の相場でも、一粒で金貨三〇〇枚は下らない貴重品である。

 駆け出し冒険者ではまず手が届かない、あるいは幸運にも見つけたら、売却にあてた方が良いと言われる魔法の品物マジックアイテムであり、魔法力マジックパワーが足りない時の、ここぞという時の備えとして、上級の冒険者には重宝された。今がここぞという時に当たるのだろう。


「セイレン、聖域化サンクチュアリを頼むわね。……護衛は誰を残した方がいい?」

「護衛か。そうだな……」


 セイレンは少し考え込んだ後、口を開いた。


「ソウヤの飼い猫。確か妖精猫ケットシーと言ってたな。……魔法はどれくらいいける」

「……私ですか? ……魔術と精霊術なら、それなりには使えますが」

「……二重術師ダブルスぺラーか。中々優秀だな」 

「セイレンくん、シャミルは優秀だよ。青銅の魔兵ブロンズデーモンならば、一人でも対処出来る」


 シャミルの品定めするセイレンに、宗谷が後押しするように口を挟んだ。

 

「……じゃあ、妖精猫ケットシーの手を借りるとするか」

「え?」

 

 シャミルは自分が指名されると思っていなかったのか、驚きの声を漏らしつつ、驚愕するような表情を浮かべた。


「おい……嫌なのか」

「……いえ、滅相もない、嫌ではないです」


 セイレンに凄まれ、シャミルは隣で横たわる宗谷の方を振り向いたが、宗谷は眠りにつく為、既に目を閉じていた。

 宗谷がシャミルを後押ししたのは理由がある。二距離間のテレパシーによる通信が可能な事を考えると、別行動をとった方が、それぞれの活動場所での状況判断がしやすくなる点。

 後は、青銅の魔兵ブロンズデーモンと遭遇した時の、爆破を巻き起こす剣の対処要員としてである。精霊術によって、比較的簡単に対処に当たることが出来る、シャミルとセランは、別行動を取った方が良さそうとの考えだった。


「ルイーズ。助けた子──エミリーは、どうするんだ?」 

「セイレン、貴方の傍で待機よ。……当然、街の光景を見て回らせるわけにはいかないわ。それに、帰り道の事もあるから、体力を温存させてあげて。……というわけで、シャミル君」

「はい」

「エミリーを任せていい?」


 エミリーは既に眠りについていた。あまりリンゲンに長居はさせたくないが、今は人員が足りない。もう一日だけ待ってもらう事になりそうだった。

 

「ええ……まあ、自信はありませんが、任されてみます」


 シャミルは自信なさげに返事をした。世捨て人の隠者だった魔術師マジシャンの使魔である。

 幼子供相手のシリアスなコミュニケーションには慣れていないだろう。

 

 ともあれ、大体の方針はまとまった。

 日中のリンゲン捜索と並行し、セイレンによる聖域化サンクチュアリの結界展開。その後、イルシュタットへの帰還となる。

 リンゲンの護衛依頼から連鎖した、此度の宗谷の冒険も、ようやく一区切りが付きそうな処まで来ていた。

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