106.深奥の迷宮

「ここまでで、何か質問はあるだろうか」


 宗谷は水分補給を終えると、辺りを見回して、白金級プラチナの四人の冒険者に問いかけた。

 すぐに声が上がる事は無かった。目の前に居るのは白金級プラチナの冒険者である。軽い気持ちで赤角レッドホーン討伐に赴いた者はいないだろうが、魔王化エレクトラムという事態は、反応からして、セラン以外にとっては予想外だったに違いない。


「正直……私は、理解が追いついていない。だが、ヤバそうだっていうのはわかった」


 一番先に声を上げたセイレンは、喉が渇いていたのか、革袋に入った水を豪快に飲み干すと、空の袋を無造作に地面に放り投げた。

 

「ルイーズ、赤角レッドホーン魔王化エレクトラムの事は、王都本部に報告が必要だと思うが、向こうから腕の立つ冒険者を引っ張れないのか? ……それと、ランドのジジイをいい加減、深奥の迷宮ディープダンジョンから呼び戻すべきだ」


 続けてセイレンは、イルシュタットの副ギルド長の名前と、宗谷が聞き覚えの無いダンジョンの名前を挙げた。


「……深奥の迷宮ディープダンジョン? 初耳だな」

「……ソウヤさんは、御存知なくても当然です。四カ月ほど前に、王都ドルドベルクの向こう側で発見された、新しい遺跡ですから。下層からは、質の高い魔法の品物マジックアイテムが見つかっていると報告を受けています」

「そうでしたか。そのようなものが王都の方に」

「それで、副ギルド長のランドを中心とした発掘隊を、うちのギルドからも派遣しています。……今、王都ではその話題で持ち切りみたいですね。撃滅強度レベル4の特攻武器も見つかったみたいで。……腕の立つ冒険者には、魅力的な遺跡かもしれません」

 

 深奥の迷宮ディープダンジョンは宗谷の知らない新しい遺跡だった。そして、わざわざ、イルシュタットの冒険者ギルドからも派遣されているという事は、まだ荒らされつくしていない、遺跡の名前から察するに、広大なブルーオーシャンなのだろう。

 宗谷も一冒険者として、興味の引く話だったが、この場では重要な事とは思えなかったので、詳細には口を挟まなかった。

 そして、腕の立つ冒険者にとって魅力的という、ルイーズの言葉。

 赤角レッドホーンの追跡および討伐が、あまりにも困難かつ、実りの少ない案件であるという事を、改めて実感するのには十分だった。


「調査隊を深奥の迷宮ディープダンジョンから呼び戻すというのは、私も賛成です。発掘した物も見てみたいし、一旦、引き上げても良い頃だわ」

「ああ。遺跡で良い成果があればいいがな。……撃滅強度レベル4悪魔特攻デモンベインでも見つかれば、赤角レッドホーンをぶち殺せるかもしれない」


 ルイーズに対し、セイレンは希望的観測を呟きつつも、威勢の良い言葉をみせた。


「……それより、ランドさんが生きてると良いけど。あの遺跡を墓場にすると張り切ってたし」

「ちょっと、フィリス、縁起でもない事を言わないで。……本当に、これ以上はきついから」


 ルイーズが青褪めた表情で、軽口を呟くフィリスを諫めると、非常に苦々しい表情で、溜息をついた。


「まず、ドルドベルクの本部に報告を。その際、ランドじい様と接触して帰還を促しましょう。でも、他の冒険者には期待しない方がいいわ。……神出鬼没の悪魔。今までも、それを追跡していた冒険者なんて、セラン君くらいで」


 ルイーズは呟き終えると、セランの方を見た。意見を振ったのだろう。


「──俺は八年間、赤角を追いかけ回しているが。大半の人間は、自然災害みたいな認識しかしていない」


 セランが、ルイーズの言葉に応じるように、静かに口を開いた。


「一年置きくらいに起きる不幸な事故。そんなものに、わざわざ王都から来てくれる冒険者は居ない。俺だって、個人的な復讐で動いているに過ぎない」


 淡々としたセランの現実的な言葉に対し、一同は沈黙した。

 彼は復讐目的で、赤角レッドホーンをずっと追いかけてきた冒険者である。その言葉は重かった。

 討伐対象の居る場所が固定されていればまだしも、神出鬼没、さらに行方をくらます狡猾な相手となると、その討伐は簡単なものではなかった。

 そして、冒険者は慈善事業ではない。見返りというものがなければ動かないのが普通である。その悪魔の実力が段違いとなれば、尚更だった。ここに居るメンバー全員が、今から相対したとしても、勝てる確証もない程の強敵である。

 

「……だが、魔王化エレクトラムだぞ。本当なら今までとはワケが違う。国王と騎士団だって動くかもしれないだろうが」

「セイレン、凄まなくてもわかってるわよ。……でも」

「セイレンくん。……ルイーズさんが言いたいのは、僕の証言だけでは、信憑性が薄いという事だろう」


 ルイーズの言いづらそうにした事を捕捉するように、宗谷は自嘲的とも取れる笑みを浮かべつつ、言葉を挟んだ。


「ソウヤさん、私はそんな」

「ルイーズさん。今は、現実的な話を。僕とシャミルの目撃した報告は、まず王都では信用されない。自分で言うのも難だが、今の僕は信頼がなさすぎる」


 実績を積み重ね始めたとはいえ、所詮は依頼を三つほどこなしただけの、青銅級ブロンズの冒険者だった。魔将殺しデーモンスレイヤーの偉業を成し遂げようが、その色相応の信頼しかないのは明白である。

 それに加えて、出自が不確かであり、魔術師ギルドに所属していない身。身内であるイルシュタットの冒険者に一目置かれようが、王都で信用を得る事は出来ない。


「それに、逃げ回る赤角レッドホーンを捕捉して、仕留めるのに協力しろというのは、王都の冒険者向けの要請としては難があるな。見返りは払い続けられないだろうし、深奥の迷宮ディープダンジョンが良い狩場であれば、尚更そう思える」


 宗谷の論理的な説明に、セイレンは面白くなさそうに歯軋りをした。彼女はおそらくは利で動くタイプではないのだろう。

 有り体にいえば、正義を信じている。同じ至高神ルミナスの信徒であった、白のファーネの意思と似たものを、微かに感じ取る事が出来た。


「じゃあ、このまま手立てもなく、今まで通りやり過ごせっていうのか。次はイルシュタットだって可能性が……」

「いや、赤角の捕捉方法だが、全くあてがない訳ではない。……古い知人に相談してみようと思う」

「古い知人。……ソウヤさんのですか?」


 ルイーズが興味を引いたのか、宗谷の顔を見た。同時にセランも宗谷の方を振り向いている。

 二人は、宗谷の知人に、伝説的な武器鍛冶師ウェポンスミスであるドーガが居る事を知っている。同格の人材を期待する、気持ちの表れかもしれない。

 

「……性格は悪いが、なかなか頭は切れる。きっと頼れるはずだ。ただ、あまりあてにしないで貰いたいな。──それと、王都の事も良いが、まず、イルシュタット全体で、この危機を共有して貰った方がいいかもしれない」


 宗谷の提案に、ルイーズが力強く頷くように応じた。

 イルシュタットは自治都市である。王都ドルドベルクの王権から離れ、各ギルドの寄合によって街は運営されている。

もし、ギルド間の話し合いで、街として赤角レッドホーンに、莫大な報奨金を支払う事を宣言すれば、今後イルシュタットに集う、冒険者の質を高める事が出来ると同時に、街の人間の防衛意識を高める事が出来るかもしれない。

 街の危険を広める事は、風評的な問題もあるが、リンゲン壊滅は、取り繕いようのない事実である。今後、一般人の目撃情報も馬鹿に出来ないかもしれない。


(──古い知人か。まあ、会わせて貰えるかという処からだな)

  

 宗谷は旧友の事を思い出し、小さく息を吐いた。

 こうなる事を予測し、布石としてぺリトンの護衛を共にしたアイシャに、ある頼み事をしてあった。

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