108.最後の捜索
翌日の早朝。その日は快晴になると確信できるくらいには、空には雲一つ見当たらなかった。
捜索に赴くのは、宗谷、ルイーズ、セラン、フィリスの四名。
セイレンは
「異変を察知したらすぐに連絡します。上空に向かって
「ああ。近ければテレパシーでもいい。異変が目視出来るようなら、すぐ駆け付ける」
シャミルは自信なさげな表情を見せていた。その原因と思われる、エミリーはまだ少し早い時間の為か眠りについていた。
元は隠遁した老魔術師の
道中、成行で
セイレンは既に儀式の準備に入っていた。
普段の言動から来る粗野な印象は無く、目深に被った
「……私たちも行きましょう。一人でも多くの生存者を見つけられるように」
ルイーズは双剣を
それに呼応するように、準備を整えた三人はほとんど同時に頷いた。
◇
だが、ルイーズの想いも空しく、捜索によって新たな生存者が見つかる事はなく、そして、夜の闇が隠していた凄惨な景色は一同に影を落とし、自然と言葉数を少なくしていた。
目に付くものの殆どが綺麗な状態ではなく、その事は、エミリーがいかに奇跡的な生存を果たしたかを示していた。
「……エミリーを置いてきて正解だわ。とてもじゃないけど」
呟くルイーズが語気を強めていた。
建築物だったものの残骸。大雨が齎した汚泥。そして、それらにまみれた数々の遺体。
ただ、三人は
多少の動揺や怒りはあっても、決して取り乱すことは無かった。彼らは今後も、
◇
正午くらいの時間帯に、小休止を行う事になった。
生存者は一向に発見出来なかったが、破壊された街の至るところから
捕食されていた
生贄の数と質により、異界へと繋ぐ
そして、その痕跡を人為的に消すような働きも確認できた。汚泥に埋もれて消されているのもあるが、物理的、あるいは魔法的手段によるものと思われるものも存在した。
「セランくん。以前の集落で、このような痕跡は?」
「──無かったと思う。あるいは、気付かなかっただけかもしれない」
「もしかするとだが。……痕跡を完全に消し去る前に、僕達が乱入した形になったのかもしれないな。昨日残っていた
宗谷は推論をセランに伝えると、セランもそれに同意した。
宗谷とシャミルの二人がリンゲンに到着したのは、昨日の昼過ぎ、丁度、共食いが行われるタイミングだった。
リンゲン護衛の依頼途中という偶然が重なったおかげであるが、かなり早いタイミングで
(それが、ある程度わかった事は収穫だろうが……何とも言えないな。この有様で良いと言える筈がない)
もし仮に
その事を想像した宗谷は背筋が凍るのを感じた。渦中のリンゲンで何が出来ただろうか。住民はおろか、護衛対象や仲間を守る事すら出来なかった可能性が高い。
「ソウヤさんの到着が早かったのは間違いないです。
「本当に逃げ足の早い手合いのようだ。では、今まで殺されたのは殆どが一般人という事になるね」
「ええ。以前から冒険者の死傷者は殆どいないみたいです。リスクを避けているのでしょう。……最初は北方地域を中心に。それから冒険者の集う王都周辺を飛び越して、イルシュタット側に……この辺りなら大丈夫と、高を括られているんだわ」
ルイーズは据わった目で、やり場のない怒りからか、握り締めた拳を震わせていた。
実際に今回でイルシュタット周辺の三つの集落が滅ぼされた事になる。そう値踏みされ、実際上手くやられてしまったと考えられなくもない。
「ルイーズ、凄い顔をしてる。……それにしても何もないね。昨日の
フィリスが弓の弦の調子を見つつ、どこか冷めた声で呟いた。
彼女はミアと似た長さの長髪で、髪型も揃った前髪を除けば似ていたが、色はしっとりした濡羽色の髪、そして空虚な黒目と
「フィリスくん、君は冷静だな」
「ソウヤさん、誉め言葉として受け取っていいですか」
フィリスは死臭を嗅ぎつけた鴉を見上げながら呟いた。
一瞬、標的にしようとしているのかと思ったが、一向に矢を手に取らない処を見ると、どうやら、そのつもりはないらしい。
「勿論。
「光栄ですね。……まあ、感情的になっても仕方ないですから」
感情の高ぶりが所作に影響する事もなく、漏らした殺気で相手に悟られることもない。
なっても仕方ないで冷静でいられるものなら、それは一つの才能なのだろう。
宗谷はそこまでは達観出来そうになかった。昔と比べ落ち着いたとはいえ、多感な少年時代を過ごしていたのである。そして、本来の性質が少年時代の方に近いのかもしれないと、今回の一件で痛感していた。
◇
小休止後、再び探索が行われたが、後は、もういくつかの
リンゲン住民の生存者も、新たな
そして、空が茜色に染まる夕方頃、リンゲンの中心部辺りから眩い輝きが放たれるのが見えた。セイレンの
輝きの後、神聖な空気を纏った一陣の風が奔り抜けたように感じた。
『──
シャミルのテレパシーによる通信が、宗谷の頭に届いた。
『ああ、確認できた。こっちの探索も終わりだ。これでイルシュタットに引き上げる事になるな』
『
『居なかった。……だが、居なかった確認をするのも大切な事だ。……エミリーくんの様子はどうだ』
その質問に対し、シャミルがなかなか応答しなかった。問題なかった事を確認をしたかった宗谷は、少し表情を強張らせた。
『シャミル。何かあったのか』
『あ、……いえ。……随分と懐かれてしまったようなのですが。……どうしたら』
『……わかった』
宗谷はシャミルとのテレパシーを一方的に切ると、無言のまま目を閉じて、
リンゲンでの事は終わってしまった事である。これから何か前向きな事を考えなくてはいけないのだが、今は思い付かなかった。まずは十分な身体と脳の休息が必要かもしれない。
暗澹とした気持ちを抱えつつ、宗谷は救援に来た一行と共に、イルシュタットの帰路についた。
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