99.逆境と資格
宗谷の
その
彼女は自身に何が起きたのかわからず、宗谷に抱きかかえられたまま、目を大きく見開き、呆気にとられた表情を浮かべていた。
「遅れて済まなかった」
「あっ……あの……」
宗谷は簡潔に謝罪すると同時に、目を細めて作り笑いを浮かべたが、少女の表情には困惑しか見えなかった。リンゲンは悪魔の手によって廃墟と化し、少女自身がたった今、殺されようとしていたのだから、無理もない事である。
その怯えには、きっと不信感もあるのだろう。『怪しい者ではない』と、主張するには説得力の無い身なりである。勇者然とした見栄えのする恰好なら、あるいはミアがいてくれたら、ここまで警戒されなかったかもしれない。
だが、今そのような些末な事を気にしている場合ではなかった。
「シャミル、彼女を連れて逃げろ」
宗谷は名も知らない少女をシャミルに預けた。少し足を痛そうにしていたが、神聖術の使い手がいない今、我慢してもらう他はなかった。
勿論、切った布で応急処置を施せるような状況にもない。五体の
距離にして二十メートル程。後十カウントでもすれば、接敵する間合いである。
「
「
「はっ……御無事で! お嬢様、失礼を!」
「あっ!」
シャミルは足を怪我をしている
足が遅いわけではないが、人一人抱きかかえての高速移動は限界がある。体力的にずっと抱えたまま速度を維持するのは難しく、いずれ追いつかれる可能性が高いだろう。
──やはり、ここで足止めが必要である。宗谷は攻撃動作を行う五体の
(
大爆発を巻き起こす厄介な剣もあるが、それを含めても、恐れることは無いはずだった。宗谷には女神エリスの加護がある。一度なら完全回復を齎す再生が可能なのだから。
白銀のレイなら自死まで計算に入れて戦い、そして女神の庭園から出戻って来るだろう。
だが、宗谷はその戦術に対し、強い抵抗があった。
やはり六英雄の一人と称された、白銀のレイに遠く及ばない。
二十年の平穏が齎した
知られたくない恥ずべき過去、それ以前の問題である。まず名乗り上げて良いだけの資格が無い。
勿論、宗谷が手を抜いているわけではない。申し分ないと呼べるくらいには実力の発揮は出来ている筈である。白銀のレイという少年が、潜在能力の全てを驚異的な水準で発揮し続けていたに過ぎない。
あらゆる攻略の為に余念がなかったその在り様と、持てる手駒を最良に使いこなす為の高い意識。それはガチ勢とでも形容するべきものだったのだろう。
あの領域まで、歳を重ねた自分がどこまで近づけるのか。実践を積み重ねて勘を取り戻すしかない。
『──開け』
宗谷は
五体の内、三体の
【【――魔ノ蛇ヨ、目標ヲ追尾シ喰ライ付ケ。『
後方に陣取るニ体の
一体がそれぞれ四発、計八発の魔弾が宗谷に向け、うねるような軌道を描き、牙を剥く。
「──あらゆる魔は、魔によって霧散する。『
歪曲しながら飛来する魔弾が、身体に喰らい付く寸前に、宗谷の選んだ魔術は完成した。
八発全ての魔弾は、着弾寸前で淡い霧のように霧散していく。
(
身に降りかかる、あらゆる魔法の拒絶を行う魔術。それは、援護魔法や回復魔法も対象となる諸刃の剣であり、使いどころが難しい魔術であったが、一人戦う今の状況なら打ってつけであった。
だが、魔術によって隠れたり、飛行して逃げたりすることも、
魔術の効果が打ち消されたのを見て判断したのだろう。後方から
これで一対五の集団戦となる。宗谷はミアと出会った草原で、野盗と対峙した事を思い出していた。
違いは、あの時は野盗集団であり、今回は『色付き』と呼ばれる
「ははっ」
宗谷は頬を歪め、不敵に笑った。逆境になると浮かび上がる悪癖。そして、その逆境こそ自分が最も力を発揮出来る事を宗谷は知っている。
普段平穏を望むのは、このような逆境を、深い部分で好む事を知っているからかもしれない。この事をメリルゥが聞いたら、きっと怒るだろう。
「──さて、接近戦と行こうじゃないか」
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