96.赤と漆黒の白銀

 シャミルは崖の傍にある茂みに身を潜ませ、リンゲンの街の中央広場に陣取る、赤角レッドホーンと名付けられた白銀の魔将シルバーデーモンと、漆黒の角を持つ白銀の魔将シルバーデーモンの二体を睨みつけている。

 宗谷は使魔ファミリアの能力の一つである視覚共有により、シャミルの視線を借りて同じように二体を監視しつつ、崖から少し離れた杉の大木の傍で、何時でも魔術を行使出来る臨戦態勢を整えていた。


『……マスター赤角レッドホーンの体色……まずいのでは』


 シャミルとの視界共有により映し出された、赤い角の悪魔。白銀の体色を持つ巨躯が、薄らと金色の輝きを帯びているのが確認出来た。


まずいな。黄金ゴールドがかった白銀色シルバー。……魔王化エレクトラムが進行している』


 魔王化エレクトラム。成長を重ねた白銀の魔将シルバーデーモンの体色が、黄金こがね色に近付いていく現象。

 白銀の魔将シルバーデーモンの中でも、選りすぐりの強さを持つ証でもあり、学者の一説では、魔王化エレクトラム進行の果てに、黄金の魔王ゴールドデーモンに成るとされていた。


魔王化エレクトラムが進行した白銀の魔将シルバーデーモンでも、かの六英雄が一人、白銀のレイならば、勝てますか?』


ほぼ単独で一人・・・・・・・なら、魔王化エレクトラムの進行した個体を討伐した事はある。が、そうせざるを得ない、悪手とも呼べる状況下での話だ。勝てるなど断言出来る程、甘い相手では無い。ましてや白銀の魔将シルバーデーモンを二体同時に相手にして勝てる者など……』


 宗谷は呟きながら、六英雄最強である、白い聖女フィーネを思い出していた。彼女ならば今の絶望的な状況を、個の力で打破出来るくらいの絶対的な力を持っている。


白い聖女フィーネなら、この状況でも立ち向かい、そして勝てるだろう。或いは、あの性悪な女神なら。……いずれにしろ、僕では無い。歯痒いな)


 宗谷は怒りの感情を堪え、端整な顔を僅かに歪めるに留めると、黒眼鏡を指で軽く抑えた。そして共有された視覚に映りこむ、二体の白銀の魔将シルバーデーモンを忌々しそうに睨み、監視を継続した。


『シャミル。中央広場に描かれている破滅神ラグナスの方陣。あれを用いて悪魔召喚を行使したのかもしれない』


 宗谷は、勇者ランディ率いる風の断つ者達ウィンドブレイカーズと、古砦の白銀の魔将シルバーデーモンとの死闘を想起した。あの時も事件の元凶に、破滅神ラグナス闇司祭ダークプリーストが関わっていた。


『成る程。破滅神ラグナス闇司祭ダークプリーストが、近くに潜伏しているかも』


『だが『色付き』を召喚するには、強度の高い魂が必要だ。簡単ではない。僕が最近直面したケースでは、闇司祭ダークプリースト自らの命と引き換えに、白銀の魔将シルバーデーモンの召喚を果たしていた』


『……自らを生贄に。中々の狂信者ですね』


 二人が描かれた破滅神ラグナスの方陣らしき物を分析してる内に、中央広場に再び動きがあった。二体の白銀の魔将シルバーデーモンの元に、青銅の魔兵ブロンズデーモンの群れが集まって来たのである。

 数は六体。全ての個体が爆発を引き起こす引き金トリガーを備えた、赤い剣で武装していた。


『……白銀シルバーが二体、その内一体の赤角レッドホーンと呼ばれる個体が魔王化エレクトラムの兆候。加えて赤い剣で武装した青銅ブロンズが六体。……今、見えてる範囲だけで二対八』


 シャミルが戦力状況を簡潔に伝えた後、言葉を一旦区切った。


『……マスター。ここは大人しく救援を待つべきかと。草妖精グラスウォーカーの少年が、イルシュタットまで無事に辿り着けたならば、あと半日は、かからないかもしれない』


 続けて消極的な提案するシャミル。眼前に映る悪魔の群れに対する恐怖心からか、宗谷はそのテレパシーに若干の揺らぎを感じていた。集中が乱れているのかもしれない。

 

『止むを得ないな』


 宗谷は死に戻りと呼べる祝福を、女神エリスから受けている上、上級悪魔である『色付き』との闘争に慣れている事もあって、比較的冷静に状況を分析出来ていた。そして、現段階で戦闘を挑む事は無謀と判断した。

 今、灰塵と化した崖下のリンゲンの街に侵入する事は、剣歯魚サーベルフィッシュの群れが生息する湖を泳ぐような物だろう。

 大人しく救援を待つ、それ以外の選択の余地は現状無さそうに思えた。


(……確か、イルシュタットに居る白金級プラチナの冒険者で、僕が知るのは五名。ルイーズさんと、セランくん)


 宗谷が面識のある白金級プラチナの冒険者は、二刀の達人である受付嬢のルイーズと、魔将殺しデーモンスレイヤーのセランの二名。突発的に発生した依頼で、二人の実力の一端を目にし、申し分無い実力の持ち主である事は確認していた。

 それに加え、三名の冒険者の存在を、鍛冶師ドーガの工房で、セランと酒を酌み交わした時に聞いていた。


至高神ルミナス司祭プリーストセイレン。半妖精ハーフエルフのフィリス。……後は副ギルド長のランド爺さんと言っていたな。……随分と懐かしい名前だ。あのランドさんだとすれば、七十を越えてることになるが。未だ現役なのか)


 宗谷は二十年前、レイとして活動していた頃に、ランドという名の男と面識があった。白兵戦闘を好む豪快な魔術師マジシャンの中年で、当時既に白金級プラチナの冒険者だったと記憶している。魔法戦士という意味では、宗谷と同じスタイルと言えるが、彼は魔術師と思えない程の恵まれた体躯で、巨大な戦鎚ウォーハンマーを得物として用いた。初めて見た時、宗谷は彼を戦神ラガシアの神官戦士と勘違いしていたのを思い出した。


(……ともかく、セランくんの言っていた白金級プラチナの冒険者達が、全員イルシュタットに居て、この場に駆け付けてくれるのならば……この状況でも、やりようはある)


 都合の良い皮算用である。宗谷はその事を自覚していた。

 だが救援メンバーに能力の高い者が揃わないのならば、いずれにしろ街に踏み込める状況ではない。宗谷は再び戦術的な思考を巡らせつつ、再び悪魔たちの監視を続けた。

 中央広場に現れた六体の赤い魔兵ブロンズデーモンは、二体の白銀の魔将シルバーデーモンに対し、円陣を組むように囲んでいた。そしてその円の中には、赤い角の白銀の魔将シルバーデーモンと、漆黒の角の白銀の魔将シルバーデーモン。二体は何やら言い争いをしている様子だった。


『……喧嘩? シャミル、連中の声は聞こえるか?』


『いえ、少し遠過ぎますね。……私が近付きましょうか? あるいは魔法を』


『無理はするな。気取られるとまずい。……それに、何やら様子がおかしい』


 違和感を感じた宗谷が、崖の茂みから動こうとするシャミルを諫め終えたと同時の、一瞬の出来事だった。

 赤角レッドホーンが突然、漆黒の角の白銀の魔将シルバーデーモン目掛けて拳を振り上げ、顔面を強打した。

 その不意打ちをまともに受けた、漆黒の角の白銀の魔将シルバーデーモンは、何かが潰れたような鈍い音と共にバランスを大きく崩し、地面に崩れ落ちた。


『は……仲間割れ!?』


 驚愕するシャミル。この行動は宗谷にとっても予想外だった。

 同格の『色付き』同士が、反目し合う事は基本的には無い。魔族の絶対君主である、白金の主プラチナロードの教義に反するからである。だが、映し出された視界では白銀の魔将シルバーデーモン同士の争いが始まっている。


 二体の白銀の魔将シルバーデーモンの横顔は対照的だった。

 よろめきながら立ち上がる、漆黒の角の白銀の魔将シルバーデーモン。不意打ちに対し、怒り心頭の様子で、耳を劈くような大きな咆哮を上げた。

 対する赤角レッドホーンは、その様子を見て、面白可笑しそうに顔を歪め、おぞましい邪悪な笑みを見せた。


『……あの赤角レッドホーン。まさか』


 宗谷の頭の中に、二つの可能性が思い浮かんでいた。

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