94.連携攻撃

 青銅の魔兵ブロンズデーモンが、魔術の詠唱の動作に入った。

 相手の思考を散らす為、左右に展開しながら、接近を試みる宗谷とシャミル。


「開」


 シャミルは不敵な笑みを浮かべながら、異次元箱ディメンジョンボックスに手を突っ込むと、四枚の投げナイフを指に挟み、青銅の魔兵ブロンズデーモンに向けて投げつけた。宗谷も内ポケットから手投げ矢ダーツの束を取り、三本をまとめて投擲する。狙いは共に青銅の魔兵ブロンズデーモンの顔面に向けた牽制射撃。


 短い風切り音の後、音を立てて、地面に転がる投げナイフと手投げ矢ダーツ。それらを払い除ける為、回避動作を強いられた青銅の魔兵ブロンズデーモンの体勢はわずかに崩れていた。投擲による牽制射撃の目的は魔術の詠唱妨害。この一瞬の遅延は、青銅の魔兵ブロンズデーモンにとって、致命的であった。


「背後へ」

「承知」


 宗谷は正面から魔銀の洋刀ミスリルサーベルを、詠唱を続ける青銅の魔兵ブロンズデーモンの胴体に向けて、勢い良く振り抜いた。もし相手が詠唱を優先するならば、魔術完成と引き換えに、力任せの一撃を浴びせる事が可能な強烈な斬撃。

 一撃を貰うのは拙いと判断したのか、青銅の魔兵ブロンズデーモンは完成間近の詠唱を中断し、寸での処で魔銀の洋刀ミスリルサーベルの斬撃を赤い剣で受け止め、鍔競り合いの恰好となった。単純な筋力は『色付き』と呼ばれる上位魔族である青銅の魔兵ブロンズデーモンの方が遥かに高く、宗谷はその剛力によって逆に動きを封じられる態勢となった。

 全て宗谷の思惑通りである。力負けして抑え込まれる演出をしつつ、油断を誘い、シャミルに絶好の隙を作る。シャミルは両刃のダガーを構え、青銅の魔兵ブロンズデーモンの背後にスピンをしながら跳躍し、回り込んだ。


 しなやかな着地。そして、連続する風切り音。


 両刃のダガーによる連続攻撃は、青銅の魔兵ブロンズデーモンの背を鮮やかに斬り裂いていった。幾筋の傷跡から、血飛沫が舞う。

 そして青銅の魔兵ブロンズデーモンの振り向きざまの大振りを、シャミルはアクロバットでかわした。


(――流石、猫の幻獣。人間離れした運動神経と動体視力だな)


 宗谷は間髪を容れず、背を見せた青銅の魔兵ブロンズデーモンに向けて、再び斬撃を放つ。今度は青銅色の皮膚を派手に斬り裂いた。


 宗谷とシャミルの対角的な位置取りによって、青銅の魔兵ブロンズデーモンは、どちらか一方に背後を取られ続け、二十秒と立たない内に、背を中心に全身を斬り刻まれていった。この個体は多少の再生能力を持っているようだったが、それによる回復は全く追いついていない。

 そして、動きを止めた一瞬の隙をついた、宗谷の魔銀の洋刀ミスリルサーベルの斬撃が、青銅の魔兵ブロンズデーモンの首を両断した。

 シャミルは口を封じる為、首から切り離され宙に舞う頭部に飛び掛かると、ダガーを青銅の魔兵ブロンズデーモンの口に突っ込み、そのまま勢い良く地面に頭部を叩き落とした。


「完封ですね。流石、マスター

「まだだ。剣が反応し始めた。……特定の言葉ワード発動条件トリガーでは無いらしいな」


 宗谷が指を差した方向では、首無しで横たわる青銅の魔兵ブロンズデーモンの握る赤い剣が輝き、熱を帯び始めていた。


「……これは、炎霊崩壊ファイナルストライク


「シャミル。君は魔術にも精霊術にも通じてるようだが、いずれかで対処出来るか? 出来ないなら僕がやる。メリルゥくんは地穴ピットフォールの精霊術で対処した」


「……なるほど。メリルゥ嬢は、良い精霊術の使い手の様子。……では、私は違ったアプローチを」


 シャミルは目を閉じ、右手を翳すと、精霊術の詠唱動作に入った。


「怒れる炎精霊達よ。我が導きにより、炎の世界へ還りたまえ。『火精霊送還アンサモン・フレイム』」


 シャミルの詠唱が完成し、虚空に赤い円環が浮かんだ。

 そして熱を帯びた赤い剣から、炎のような塊が吸い出され続け、赤い円環の中に消えていく。

 炎精霊が放出された赤い剣は輝きを失い、変哲も無い鈍色の剣に変化していた。


「……送還魔法。なるほど、その手もあったな」


炎霊崩壊ファイナルストライクによって封じられているのは、圧縮された小さな炎精霊の群れです。個々の力は弱いので送還するのが手っ取り早い。森妖精ウッドエルフのメリルゥ嬢は、炎精霊の扱いが苦手でしょうから、地穴ピットフォールで対処したのでしょう」


炎霊崩壊ファイナルストライクの発動条件は何だと思う?」


「いくつか考えられますが、青銅の魔兵ブロンズデーモンの生命力とリンクしてそうですね。生命反応が希薄な状態になると、始動するように設定している可能性も。えげつない」


 分析能力と判断能力。

 そして白兵戦闘、魔術、精霊術。戦闘に関わる技能スキルはいずれも高い水準を備えている。

 宗谷は頷きながら、魔銀の洋刀ミスリルサーベルを納刀した。


「申し分無い。もし君が冒険者になれば、白金級プラチナまで手が届くかもしれないな」


 拍手をしながら使魔ファミリアの方を向くと、シャミルは青銅の魔兵ブロンズデーモンの口に突き刺したダガーの回収ついでに、頭部に生えた角をへし折っていた。『色付き』の角は素材としての用途があり、イルシュタットならば換金する事も可能だろう。


「そして抜け目ない。それも資質だ」


「……抜け駆けのつもりは無いです。生きて戻れたら、換金してマスターと山分けを」


「分かった。回収を終えたら、急いでリンゲンへ向かおう」


 リンゲン入りの前に、シャミルとの連携は試す事が出来た。標準的な青銅の魔兵ブロンズデーモンならば、二人がかりなら三十秒かからず始末出来そうである。今後の赤い剣の対処は、炎精霊の送還術が行使出来る、シャミルに任せるのが良いかもしれない。

 宗谷も牽制射撃に放った手投げ矢ダーツの回収を始めた。青銅の魔兵ブロンズデーモンに跳ね除けられたものの、矢に痛みは無く、まだ繰り返し使えそうな状態だった。

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