第6章

93.黒猫と紳士

 仲間たちと別行動を取り、リンゲンに繋がる山道を早足で歩く二人の姿があった。

 一方は、ダークグレーのビジネススーツを身に纏う、黒髪、黒眼鏡の魔術師マジシャン

 もう一方は、人型を取り細身の燕尾服を纏う、黒髪で中性的な容姿をした、猫妖精ケットシー使魔ファミリア

 道は昨日の豪雨により、やや・・ぬかるんではいたが、天候は回復に向かいつつある。東の空からは、眩しい陽射しが差し込み始めていた。



「まさかマスターが、かの六英雄が一人、白銀のレイとは! ……何故、隠していたのですか。いや、今もミア嬢には隠してますね」


「それは君への課題だと言っただろう。……当時、良かれと思っていた事が、今現在においても最善とは限らないという事だ」


「ふむ。……つまりマスターは、白銀のレイだった頃の事を良く思っていないと」


 やけに明るいテンションで、にこやかに話かけてくるシャミルに対し、宗谷は鬱陶しそうに顔をしかめた。


「理解しているのなら、その話は止めてくれ。……処でシャミル。君は想像以上に軽いな。というより、昨晩とキャラが全く違うようだが。僕としては、昨夜の太々しい態度の方が好みだったのだが、今のが君本来の性格なのか?」


 昨晩感じ取った雰囲気から、シャミルを円熟した老猫と勝手に思い込んでいたが、今の姿と態度からすると、思った以上に若い猫妖精ケットシーなのかもしれない。まるで御喋りだった会社の部下を相手にしているような気分だった。


「……昨晩のは、以前のマスターを真似したものです。私は亡くなったイスカール山の隠者の意思を継ぐつもりで居たので」


「……イスカールの隠者の物真似だったのか」


「ええ。正にあのような感じのお方でした。……主従関係を考えると流石に失礼に当たると思うので、一旦止めようかと。……いえ、まさか数か月で、新たなマスターに仕える事になるとは思っても居なかったので」

 

 シャミルの淡々とした説明に、宗谷は残念そうな表情を見せた。シャミルが以前仕えていたイスカール山の隠者。やはり存命の内に一度会ってみたかった。

 もしシャミルが真似たままの人物であったのならば、老練かつ多少の悪戯好きで、ユーモアと義理堅さがあると言った処だろうか。そして世俗を嫌う変わり者。この猫妖精ケットシーは、酒の買い出しもさせられていたようなので、酒を酌み交わす事も出来たかもしれない。


 そして宗谷はシャミルの方を振り返り、たった今、懸念として思い浮かんだ事を、一言伝える事にした。


「もし仮に僕が死んでも、僕の真似だけはしないでくれ」


 今の自らの装いは、二十年後、還暦が近づいた自分にはどのように映るだろうか。やはりこれも恥ずかしい黒歴史のように思えてしまうのかもしれない。もしそうならば、この宗谷という紳士気取りの仮面ペルソナも、若気の至りの極みだった、白銀のレイと本質的には変わらないと言えるだろう。

 その時は行く末は決まっている。宗谷はシャミルが仕えていたイスカールの隠者のように、人目を離れ、辺境に隠遁する将来を夢想した。


 ◇


 二人は山道をさらに進む。

 その途中、路上で泥に塗れた男性の遺体を発見した。ただれた顔に、焼け焦げた服。火傷が致命傷に至ったのかもしれない。


「……リンゲンの住民かもしれませんね」


「感傷に浸っている暇はない。今は先を急ごう」


 宗谷は若干の申し訳無さを感じつつも、遺体を避けて、先を急ぐ事にした。シャミルもそれに続く。


(……思えば、護衛中、リンゲンから来る旅人とすれ違う事がなかった。元から往来は少ないとは思うが、異変の予兆とも取れた筈だ)


 人工衛星が存在しない、この世界における視覚による情報は大変貴重な物で、視覚で負えない分は、頭を働かせ推測する必要がある。そういった不自由さに対し、宗谷は未だ完全には慣れきっていなかった。

 此度シャミルを使魔ファミリアに迎えようと考えたのも、リンゲン救出の手助けをして貰う事が第一義であったが、足りないネットワークの一端を担ってくれる事に期待したという事もあった。宗谷はシャミルに対し、その役割をこなせるか聞いてみる事にした。


「シャミル。猫妖精ケットシーは、猫を従わせる事が出来るというのは本当か?」


「よく御存知で。私は、猫の王と呼ばれる幻獣ゆえ」


「そうか。このリンゲン救出が終わった後の事を考えている。君が、野生の山猫から話を聞く事が出来るのであれば、今後活用させて貰うかもしれない。イルシュタットに留まる間も、街の野良猫に顔が利くなら、とても助かるな。盗賊ギルド顔負けだ」


 セラン曰く、イルシュタット南西に二日程にあるルギナ村が半年前、赤角レッドホーンにより滅ぼされた。

 そして今回はイルシュタット南東方面、二日程の場所にある、リンゲンの街。

 それらを繋ぐ、イルシュタット南方の山岳地帯。もしかしたら、赤角レッドホーンが山岳地帯を根城にしている可能性もある。シャミルが山猫に顔が利くのであれば、何かしらの情報が得られる可能性もあるのではないかと宗谷は考えた。


「なるほど。そういう事でしたら、私に御任せ下さい。……おや、マスター。どうやら、あちらに御出迎えが」


 シャミルの猫目が鋭くなった。右目の金色のオッドアイがぎらぎらと輝く。

 目の前の道を塞ぐのは、またしても、鬼のような形相と青銅色の肌をした体長3メートル程の巨躯。色付きと呼ばれる、青銅の魔兵ブロンズデーモンだった。

 霧雨の遭遇時と違い、数体の小悪魔インプを同伴はしていないが、その右手には、見覚えのある赤黒い剣。


「……尋問している暇は無い。始末しよう。一つだけ。あの剣は炎の精霊力によって、強い爆発を引き起こす。奴が死にかけるか、手を離すか、それともキーワードがあるのか、発動条件トリガーが今一つわからないが、起動が始まったら魔法的な対処が必要だ。……処理はシャミル、君に任せる」


 リンゲン突入前に、連携を確かめつつ、この若い猫妖精ケットシーの実力を見る良い機会かもしれない。

 宗谷は異次元箱ディメンジョンボックスから魔銀の洋刀ミスリルサーベルを取り出し、抜刀した。

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