77.霧雨降る山道での遭遇

 霧のような細かい雨が降りしきる最中さなか、護衛隊の一行は再び移動を再開した。

 夕日は西に殆ど沈みかけ、ようやく目標の山小屋まで近付いて来た頃、突如強い向かい風が吹き付けた。


『怪物だ。気を付けろ』


 荷馬車の先頭を歩き、警戒に当たっているメリルゥの声が、突然、荷馬車の周囲で反響した。

 前方では、メリルゥが立ち止まっている。


「おお、今のは……メリルゥさんの声が反響しましたが?」

「ペリトンさん、これは風の囁きウィンドウィスパーという、音響範囲を絞って音声を伝える精霊術です。メリルゥくんが何かに遭遇したようだ。……ラムスさん、荷馬車を止めて下さい」


 宗谷は御者のラムスに荷馬車の停止指示を出すと、道端に落ちている大きめの石を両手に拾い上げ、魔術の詠唱を始めた。


「――石塊よ。兵と化し我が命に従え。『石塊兵ロックゴーレム』」


 宗谷が詠唱を終え、両手の石を投げつけると、二体の石塊兵ロックゴーレムに姿を変えた。


命令オーダー石塊兵ロックゴーレムA、B共に、荷馬車を守れ」


 宗谷は石塊兵ロックゴーレムを護衛に付かせると、魔銀の洋刀ミスリルサーベルを抜刀し、立ち止まったメリルゥが居る前方に向かった。


「メリルゥくん、怪物とは?」


 メリルゥが指差した方角、十五メートル程先には、赤黒い剣を手にした、全長二メートル程の青銅色の怪物が山道を塞いでいた。

 その周りには、翼の生えた小悪魔インプが八匹。


「……まさか青銅の魔兵ブロンズデーモンとは。これは想定外だな」

「ソーヤ、こないだからどうも悪魔に縁があるな。……野良悪魔デーモンなんて早々居る物なのか?」

「いや。……『色付き』が魔界から来るには、何かしらの手段が必要です。しかし、これは……道を塞いでいるのか」


 色付きとは青銅の魔兵ブロンズデーモン以上の上級悪魔の事を指していた。青銅の魔兵ブロンズデーモンは色付きとしては最下級に当たるが、それでも白銀級シルバー以上の冒険者が数名で当たらなければ、確勝と言えないくらいの戦闘力を持っている。

 今の護衛隊は三名が青銅級ブロンズの冒険者であり、それに加え、戦闘力の無い護衛対象も居る現状、決して甘く見れる相手では無かった。戦闘力の高くない小悪魔インプも、これだけ数が揃うと厄介である。


「……ソウヤさん、メリルゥさん、敵ですか?」


 後方からミアが心配そうに声をかけた。アイシャ、タット、ペリトンも荷馬車の傍で警戒態勢に入っている。


青銅の魔兵ブロンズデーモンが道を塞いでいる。それと小悪魔インプが八匹。仕掛けてくる様子は無いが……ミアくんは神聖術の準備を。アイシャくん、もし戦闘が始まったら、照明ライティングの魔術を中心に投げ込んで貰えるだろうか?」


 宗谷の指示に、凛とした表情で力強く頷くミアに対し、アイシャは眼鏡奥の目を泳がせ、神官の杖クレリックスタッフを握り締める手が、少し震えていた。彼女の方は実戦経験に乏しいのかもしれない。


「タット、小悪魔インプくらいは足止め出来るのか?」

「そっちなら大丈夫だよ。青銅の魔兵ブロンズデーモンはちょっと無理かも。……おっかないなぁ。オイラ、色付きなんて初めて見たよ」


 メリルゥの問いかけに、タットは苦笑いを浮かべつつ、スリングショットを構えていた。その動作に緊張した様子は無く、小悪魔インプの足止め役ならば、問題無く務めてくれそうだった。


 ぺリトンも青銅の魔兵ブロンズデーモンの名を聞いて、驚きの表情を隠さなかった。色付きは、小鬼ゴブリン豚鬼オークと呼ばれる妖魔とは次元が違う存在である。無理もないだろう。


「山道を塞いでいる。という事は、リンゲンに行くには、ここを押し通る必要がある。……ペリトンさん。どうしますか?」

「えっ? ……ソ、ソウヤさん、悪魔殺しデーモンスレイヤーの貴方なら勝てるのでしょう? メリルゥさんも黄金級ゴールドに近い実力と仰ってたではないですか。……ここまで来て帰るわけには。……大損になってしまう」


 ぺリトンは狼狽しつつ、宗谷に悪魔殺しデーモンスレイヤーとしての実力を確認した。頭の中では冒険者に支払うお金と葡萄酒ワイン調達の、金勘定が働いているのかもしれない。


「勝てますよ。ですが青銅の魔兵ブロンズデーモンが、何者かの命令で山道を塞いでいるとしたら、この先、これ以上の危険がある可能性を否定出来ません。……勿論、気まぐれに塞いでいる野良悪魔デーモンという可能性もありますが」


 宗谷はペリトンに説明しつつ、前方の青銅の魔兵ブロンズデーモンを睨みつけた。向こうから仕掛けてくる様子はない。かといって、退く様子も無いようだった。


「ペリトンさん、押し通るなら、わたし達から先制攻撃を仕掛ける。退くならば、わたしの風精霊シルフやソーヤの石塊兵ロックゴーレムデコイにしながらこの場から撤退する。……どうするかは、依頼人の貴方が決めて欲しい」


 メリルゥがペリトンに決断を迫った。

 視線は青銅の魔兵ブロンズデーモンに向けたまま、精霊術の詠唱を行う体制に入っている。いずれにしろ風精霊シルフは召喚するつもりなのだろう。


「……メリルゥさん。私は葡萄酒ワインを調達する為、リンゲンへ行きたいのです。どういった理由で青銅の魔兵ブロンズデーモンが道を塞いでいるか、私には見当が付きませんが……付かないからといって退く理由にはなりません。……貴方達の力でらちを明けて貰えるでしょうか?」


 ぺリトンは、先へ進む選択を示した。ならば、依頼人の要望に応える必要があるだろう。

 宗谷とメリルゥは一瞬お互いの顔を見合わせると、小さく頷いた。


 霧雨が降りしきる薄暗がりの中、戦闘が始まった。


「――魔の蛇よ、目標を追尾し喰らい付け。追尾魔力弾ホーミングミサイル


 宗谷は魔術の詠唱を完成させ、五指から魔力弾による先制攻撃を、青銅の魔兵ブロンズデーモン小悪魔インプの集団に向けて放った。


【――魔ノ蛇ヨ、目標ヲ追尾シ喰ライ付ケ。追尾魔力弾ホーミングミサイル


 宗谷にやや遅れる様に青銅の魔兵ブロンズデーモンが同術の詠唱を始め、やや遅れる様に空いた手から魔力弾が放たれた。どうやら魔術を行使できる厄介なタイプの青銅の魔兵ブロンズデーモンらしい。

 ただ、宗谷が五発の魔力弾を放ったのに対し、青銅の魔兵ブロンズデーモンは三発。差し引き二発の差が魔術の実力差とも言えた。そして、相殺出来なかった二発の魔力弾が二匹の小悪魔インプに炸裂し、撃墜した。


「――四方よもに吹く風の精霊よ。メリルゥの名の契約をもって、その姿を顕現しろ。『風霊召喚サモン・シルフ』!」


 宗谷に続き、メリルゥが詠唱を完成させると、旋風つむじかぜと共に半透明の乙女の姿をした風精霊シルフが姿を現した。


「悪魔共、死にたいならかかってこい! わたしと風精霊シルフが相手になってやる!」


 風精霊シルフの召喚を終えたメリルゥが、短弓ショートボウに矢をつがえて勇ましく叫ぶと、青銅の魔兵ブロンズデーモンと、六匹の小悪魔インプが、此方に向かって一斉に飛びかかって来た。

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