66.仕来たりと落とし前

 日は沈み、双子の月は空に立ち込めた雲に覆われていた。宗谷が魔術で造り上げた『照明ライティング』の光源だけが周辺の暗闇をほのかに照らしている。

 宗谷、ドーガ、セランの三人は、倒した男を中央に一纏めにして、囲うように見張りながら、ルイーズが戻るのを待った。


「ほう、明かりの魔術か。便利そうじゃな。……まあ、ワシは夜目が利くから関係ないがのう」


 地妖精ドワーフは洞窟で暮らす種族の特性上、暗視ナイトビジョンという生まれ持った特殊能力があるので、基本灯りを必要としない。それを考えると工房への襲撃に夜ではなく、夕方を選んだ事自体は、決して悪い選択では無かったのかもしれない。暗がりの悪い視界で、地妖精ドワーフ相手に不利になるのは、襲撃者の方である。


「ドーガさん、暗視ナイトビジョンとは便利そうですね。僕の眼鏡にも、そういった機能があれば助かったのですが」


 宗谷はドーガの返事に、この場に居ない女神に対し、当て付けを込めて言った。

 そこには、もし庭園から場を盗み見ているのなら、次回逢う機会があれば用意しておいて欲しいという期待も込められていた。


 セランは木に寄り掛かり、黙したまま、強盗たちの見張りを続けていた。氷雪精霊召喚サモン・スノーフラウを含め、昼間から複数回の精霊術を行使していたので、疲れがあるのかもしれない。精霊術の他に疲労の原因があるとすれば、長時間に渡るルイーズの愚痴だろうか。


 ◇


 半刻程すると、ルイーズと共に今朝方、宗谷との因縁にケリのついた、盗賊ジャッカルと相棒の戦士ライドがやってきた。

 ジャッカルの方は、さらに四人のガラの悪そうな集団を率いている。引き連れた集団の中の一人は、昨夜の尾行で一悶着あった、ラットの姿もあった。


「ソウヤの旦那。……いやあ、流石です。鍛冶工房で、ルイーズの姉御とデートですかね? 何なら、洒落た雰囲気の場所を紹介しますぜ」

「ルイーズさんに失礼だろう。言葉に気を付けたまえ。……後ろの集団は君の部下か?」

「へぇ、その通りです。これから不届きなクソ強盗共の取り調べをさせて貰います」 


 軽口を叩くジャッカルは、眼帯を爪でひっ掻きつつ、ニヤつきながら部下に指示を出していた。

 身体検査により、持ち物を押収された強盗たちは、ロープで縛られた後、蹴り倒され、再び地面に転がされていく。そして転倒した荷馬車の荷物検査。これも二名の盗賊により、念入りに行われていた。


「……ライド君。監視をお願い。御免なさいね、こんな仕事ばかり」

「ルイーズさんが、気にする事では無いです。俺に任せてください」


 ルイーズが申し訳無さそうにライドに伝えると、彼は胸に手を当てて、彼女に敬礼した。


「――もう見張りの必要は無さそうだな。俺は帰る。ドーガ爺さん、ソウヤさん、また会おう。――ルイーズ。報酬は後日、冒険者ギルドで」


 セランは眠たそうに欠伸あくびをすると、黒いロングコートのポケットに手を入れて、ゆっくりと立ち去って行った。


「……けっ、スカシ野郎が。しかし奴に加えて、ルイーズの姉御と、ソウヤの旦那か……ははっ、運の無い強盗だこと」


 ジャッカルは、セランに対し陰口をつぶやいた後、あまりにも間の悪い強盗たちを嘲笑した。


 ◇


 ジャッカルの部下の盗賊シーフたちが行った調査の結果、荷馬車の中から、偽装された商売証が発見された。物議を醸しだす物証が出てきた事に、思わずジャッカルは顔を歪めた。


「偽装した商売証を使って、最寄りの南門から侵入したと考えられるわね。帰りは……まあ、二度とイルシュタットに戻らないなら、門を強行突破すればいいのかしら」


 ルイーズがジャッカルに対し推論を伝えた。偽装商売証を確認しているジャッカルも、確かに、とばかり頷いた。


「……衛兵の阿呆が。……まあ、それなりに精巧に出来たブツだ。ぱっと見騙されても仕方ねぇか」


 ジャッカルは偽装商売証をひらひらさせながら、顔をしかめると、面倒くさそうに頭を掻いた。


「……偽装商売証の出所は何処かしらね? 貴方の処が関わりないといいのだけど。それと南門の衛兵が買収されている可能性はどうかしら。いずれも今の段階では否定できない。そちらで・・・・きちんと・・・・、調べて頂戴」


 ルイーズの声には普段の抑揚の利いた心地良い物とは違い、冷たさが混じっていた。


「へい、姉御。了解です!……ったくよォ、誰に断って、イルシュタットで商売してんだテメェは!」

「……うぐッ!」


 ジャッカルが腹いせとばかりに、強盗のリーダーらしき大男の腹を無造作に蹴り上げる。

 突然の激痛に、ロープで縛られている大男が、吐瀉物と共に嗚咽を漏らした。


「てめぇらは、連れ帰って拷問してやる。二度とモノを握れると思うなよ」


 ジャッカルは言い放つと、激痛に顔を歪める大男の顔に唾を吐き捨てた。


「ジャッカル。彼らを、どう始末するつもりかね?」

「……ソウヤの旦那は聞かない方がいいでしょう。……まあ、罪状吐かせて、盗賊の掟に従って処分させて貰います。少なくとも見せしめが必要ですわ」


 彼らは街の外から来た強盗のようだったが、イルシュタットの偽装商売証が出てきた事で、街に共犯者が居る可能性も高くなってきた。

 それについては、拷問で口を割らせる事になるのだろう。そして、見せしめの重さが、犯罪の抑止に効果的なのは間違いない。


 ジャッカルの言った、モノが持てなくなるというのは、イルシュタットの盗賊ギルドの掟がどのような物かは知らないが、腕の腱を切られるか、あるいは指を詰めると言った処だろうか。

 あるいは、罪状次第でそのまま始末される可能性もありそうだった。当然死人はモノを持てない。


「もしや、ご慈悲を、と? ……それは、ソウヤの旦那の頼みでも流石に」

「まさか。僕は正義でも、悪人でも、ましてや聖人のつもりも無い。好きにしたまえ」


 宗谷は肩をすくめ、興味が無い事をジャッカルに伝えた。

 盗みを生業とする者たちのルールに口を挟むつもりは宗谷に無かった。それに対し否定も肯定も無い。不可侵の領分である。

 大地母神ミカエラの教義で必要以上の殺生を禁じているミアなら、良い顔をしなかったかもしれないが、仮にこの場に彼女が居ても、やはり口を挟むべき事ではないだろう。


「あまり物騒な事は勘弁して欲しいのう……近所迷惑じゃ。まあ、ワシが招いたと言えなくもないんじゃが」

「へへ、ドーガの旦那。盗賊ギルドに保護料を納めませんかね? 旦那の稼ぎからしたら、端した金で、こういった不遜な輩から、工房を見張りますぜ」


 ジャッカルは揉み手をしながら、ぼやいたドーガに対し商談を始めた。

 盗賊ギルドは縄張りの保護といった、所謂いわゆる用心棒的な稼業も行っている。保護料を納めている店や地域で、今回のような行為があれば、即刻、制裁の対象となり、街で賞金首扱いとなる。

 今回はルイーズのツテで盗賊ギルドに顔を繋いだが、この地域が保護下にあれば、もっと素早く彼らは制裁に動き出していた筈だった。


「……盗賊シーフに見張られるなんて、薄気味悪くて敵わん。……と、言いたいが。まあ、周辺には世話になっている施設もあるからのう。ワシが折れて、この一帯の治安の為になるというのであれば、考えておくわい」


 意外にもドーガは、ジャッカルの提案に前向きな発言をした。周辺に迷惑がかかるのは避けたいという、義理堅い一面がある彼らしい答えではあった。


 ◇


 調査も終わり、強盗たちはジャッカルの指示の下、盗賊ギルドに連行されていった。落とし前として、これから過酷な拷問が行われるのだろう。

 最後にライドが、宗谷とドーガ、ルイーズの三人に挨拶に訪れた。普段と同じように、物腰の柔らかい、礼儀正しい青年で、やはり口の悪いジャッカルの相棒として、バランスが取れた人物であるように感じた。

 ただ、仮にもジャッカルと組んでいる男である。冷酷な事も手慣れているだろうし、盗賊たちに同伴するという事は、盗賊ギルドとも少なからず関りがあるのだろう。見た目通りの礼儀正しい青年とは、別の顔もあるのかもしれない。


「僕もそろそろ御暇おいとましましょう。……ドーガさん、今日は色々とありがとうございました。また今度、土産を持参して、お礼にうかがわせて頂きます」

「ソーヤ……今度は、冒険の土産話でも聞かせてくれぬかね? 後は酒じゃな。お主の活躍を楽しみにしておるわい」


 ドーガは、宗谷と握手を交わすと、髭を撫でで笑った。

 理解のある旧友に会えたのは、宗谷にとって、今日一番の収穫であった。イルシュタットに居る間は、また彼に頼る事になるだろう。

 

「……小娘、報酬三人分、金貨が90枚入っとる。確認するがいい。一旦、冒険者ギルドを通した方がいいんじゃろう?」


 ドーガが、待機中に準備をしておいた、依頼の報酬の入った袋をルイーズに手渡した。


「ドーガさん、本当にありがとうございます。……私も今度、お酒を持参して、飲みに来ますから」


 ルイーズがお礼を言うと、宗谷の時と違い、ドーガは顔をしかめた。あれだけ仕事の愚痴を垂れ流されては、無理も無いかもしれない。

 

「休暇中に御苦労様です。予期せぬ事もありましたが、今日は楽しかった。ルイーズさんは、これから冒険者ギルドに?」

「ええ、ソウヤさん。事後になりますが、ドーガさんの依頼の事を、まとめなくてはいけません。あと依頼料として預かった金貨の引き渡しと、強盗関連の報告書。……ああ、もう、忙しくなるわね」


 ルイーズは髪をかきあげて唸った。となれば、冒険者の宿の近くにある、冒険者ギルドまでは一緒の道程みちのりとなりそうだった。


「では、ルイーズさん、冒険者ギルドまで送りましょう。月が雲隠れして、夜道が少し暗くなりそうだ」


照明ライティング』の仄かな灯りを揺蕩たゆたわせて、宗谷はルイーズに微笑みかけた。

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