65.工房の迎撃戦

 工房の玄関の外で、抜刀と思わしき金属音がした。

 強盗らによる物だろう。工房内に突入する準備が整ったのかもしれない。


「――小さき風精霊よ。静かなる歩みを。『静音歩行サイレントウォーク』」


 セランの精霊術により、僅かに開いた西窓から一陣の風が吹き込み、部屋に居る四人の足に纏わりついた。

 それは足下から発せられる音に限定し、消音する風の精霊術だった。


「――これで足音の心配はない。武器の金属音だけ気を付けてくれ。後は声だな」


 セランは外に気付かれない程度の小声で忠告した。

 宗谷、ルイーズ、セラン、三名の冒険者は、玄関前に並ぶように陣取って迎撃態勢を整える。

 依頼人となったドーガは数歩下がり、まるで監督のように両腕を組んで様子を見ていた。即席の依頼を引き受けてくれた三人に対し、絶対の信頼をしているようだった。


「……入り口が狭い。私が迎撃しつつ、先陣を切って外に躍り出るわ。ソウヤさんはその後で。タイミングはお任せします。セラン君は精霊術で援護して」

「――また精霊術か。まあ、斬り込みはルイーズに任せる」


 小声でつぶやくルイーズに対し、セランは少し不服そうだったが、渋々うなずいて、黒いロングコートから、氷の精霊術を行使する為の白い宝玉オーブを取り出した。


「ルイーズさん、僕が先に出よう。このスーツは優れた耐刃性を持つ特注品だ。貴方は防具を身に着けていない」


 宗谷がルイーズの普段着と思われる、赤いワンピース姿を見て提案した。達人剣士ソードマスターとはいえ、生身の肉体を斬られれば痛手を負うし、かすめただけでも服が台無しになる。

 それと彼女は、多くアルコールを摂取していたので、酔いがどれくらい残っているのも心配だった。


「あら、ソウヤさん、御心配なく。私が父から学んだ二刀の剣術は、防具無しを前提とした物ですから」

「ふむ。……では、白金級プラチナ達人剣士ソードマスターのお手並み拝見と行きましょう。だが、貴方が飛び出す前に、やはり僕が一手を」


 宗谷は魔銀ミスリル洋刀サーベルを左手に持ち替え、スーツの内ポケットからある物・・・・を取り出し右手に構えると、ルイーズは了解したとばかりにうなずいた。



 強盗が、工房の扉を蹴破った。

 並んで入口に現れたのは二名の男。手にはそれぞれ幅広剣ブロードソード小型の盾バックラーを構えている。

 宗谷は間髪入れず、向かって右側の男に対し、今朝方、武器屋の主人マスターの薦めで購入した手投げ矢ダーツ投擲とうてきした。狙いは武器を手にしている右手首。


「……ぐあああぁっ!」


 風切り音の後、宗谷の狙いたがわず、男の右手首に手投げ矢ダーツが深々と刺さった。

 右側の男は痛みから幅広剣ブロードソードを滑り落とし、苦悶の表情を浮かべ、絶叫する。


「……なっ!?」


 右側の男の絶叫に反応した、左側の男の一瞬の隙をつき、ルイーズが跳躍する。

 そして、交錯。ルイーズの両刃が二度空を切り、彼女は、左側の男と右側の男の真ん中をすり抜けて、音も無く着地した。


「……ッ!?」


 左側の男は小振りの三日月刀シミターによって、腹部を革鎧ごと切り裂かれ、右側の男も長剣ロングソードの一撃により、肩口から縦に切り裂かれた。


「ぐあっ」

「――ごほっ」


 鎧袖一触。

 男たち二人はよろめくと、ほぼ同時に、スローモーションに崩れ落ち、ルイーズは倒した男達を一瞥もせず、蜂蜜色の髪を揺らしながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

「二人同時とは。流石ですね」

「ありがとう。手投げ矢ダーツが牽制として効果的でした。さあ、外に出ましょう。残りは何人かしら」



 黄昏迫る夕暮れの空の下、工房の外で武器を構えていたのは、三人の男。

 彼らは悲鳴により、工房内の異常に気付き、突入を控えていたようだった。

 近くに停めてある荷馬車にも、一人見張りが座っているのが確認出来た。見えてる範囲の強盗は残り四人。


「……くそっ、冒険者だと! ……俺達の計画がバレてたのか!?」


 三人の男の中で、リーダーと思わしき大男が叫んだ。頭髪を剃りあげ、サイズの合わない革鎧を身に着け、両手持ちの大斧グレートアクスを構えている。

 この大斧グレートアクスを使いこなすのであれば、相当のパワーがありそうだ。それなりに強敵だろう。


「荷馬車を用意したのは悪くないが、工房の中を確認せずお喋りが過ぎたようだ。そして、僕達が居合わせたのは偶然に過ぎない……はは、致命的に運が無いな。せいぜい30点と言った処か」


 宗谷は眼鏡を、自由になっている左手の指で抑え、相手の傍で挑発するように不敵に笑った。


「……くそがッ!」


 リーダーと思わしき大男は、自棄やけになったのか、大斧グレートアクスを宗谷に向けて振り下ろした。

 宗谷は大振りを冷静にサイドステップでかわすと、ドーガから預かった洋刀サーベルで、大男の胴体を一閃する。


「……魔銀ミスリル洋刀サーベルか。流石ドーガさんの作品だ。素晴らしいと言う他に無い」


 宗谷はドーガに感謝の言葉をつぶやきつつ、大男に対して刃を向け直したが、大男は吐血しながらよろめく・・・・と、手から大斧グレートアクスを滑り落とし、少し遅れて仰向けに倒れた。

 大男の無力化を確認した宗谷が辺りを見回すと、ルイーズが既に残り二人の男を片付け終えていた。


(見逃した。……天性の剣才。血によるものだろうか。恐ろしいな)


 父から二刀を教わったと彼女は言っていたが、二十年前、剣聖と呼ばれた二刀使いの青年に宗谷は心当たりがあった。ルイーズは彼の娘かもしれない。そうだとしたら、常人では持ち得ない、生まれ持った天賦の才があるのは間違いなさそうだった。


「バケモノ……もう駄目だ……逃げるしかない!」


 荷馬車で様子を見ていた見張りの男が、荷馬を操作し、工房から一人逃げ出そうとしていた。


「――宝玉オーブに封じられし氷雪の精霊よ。セランの名の契約をもって、その姿を顕現しろ。『氷雪霊召喚サモン・スノーフラウ』」


 詠唱を終えたセランが召喚したのは、宝玉オーブに封じられた、雪女のような装いをした、氷と雪を司る精霊、氷雪精霊スノーフラウの本体だった。


「――氷雪精霊スノーフラウ。男と荷馬車を止めろ。ただし殺すな」


 氷雪精霊スノーフラウはセランに微笑むと、宙を舞い、動き出したばかりの荷馬車にあっさりと追いついた。そして、氷の息吹により、荷馬車の車輪と路面一帯を一瞬にして凍結させていく。

 路面凍結アイスバーンにより車輪がスリップすると、荷馬車は派手に転倒し、男は馬車から身を投げ出され地面に叩きつけられた。痛みに呻き声をあげ、這いずって立ち上がろうとしている処を、息吹の追撃で足元を氷漬けにされ、男は完全に身動きを封じられた。


「――済まないな。荷馬に罪はないが」


 氷雪精霊スノーフラウを行使したセランが、若干申し訳無さそうにつぶやいた。

 荷馬の方は地面に身体を打ち付けて、起き上がれないままだったが、幸い脚は無事で、命に別状は無さそうだった。


(――召喚術。彼も相当の使い手だな。精霊術の技量は風精霊シルフを行使するメリルゥくんに匹敵するか)


 宗谷はセランの精霊術をそう評価した。召喚された氷雪精霊スノーフラウ風精霊シルフと互角の高い戦闘力を持つ。彼の剣術を見る事が出来なかったが、手にしているのは悪魔特攻デモンベインの魔剣で、魔将殺しデーモンスレイヤーを成し遂げている。剣技においても優れた使い手である事は間違いないだろう。


 目に見える範囲の強盗を全て無力化し、宗谷は警戒を継続しつつも、武器を鞘に納め、一呼吸ついた。


「ソウヤさん、お見事でした。……セラン君も、お疲れ様」

「ルイーズさんこそ。瞬く間に四人とは。失礼ながら、少しばかり酔いを心配してましたが、全くの杞憂だったようだ。……セランくんも大した精霊術の腕だ」


 宗谷はルイーズの腕を絶賛しつつ、馬車を足止めしたセランの精霊術を褒めた。


「――まあ、氷雪精霊スノーフラウの御蔭だ。これで報酬を貰うのも悪い気がするが。――処でルイーズ、こいつらの始末は?」


 ルイーズはセランの問いに対し、少しの間、考え込むような仕草をし、そして暫くの後、憂鬱そうに溜め息をついた。

 何となく想像は付くが、彼女にとって好ましくない決断をしようとしているのかもしれない。


「……まあ、計画的犯行でしょうし、これだけ派手にやらかしたら、落とし前は必要だわ。始末屋ジャッカルを呼ぶ事にしましょう。申し訳ないけど、二人はドーガさんと一緒に、ここで彼らを見張ってて頂戴。私が盗賊ギルドに取り次いでくるわ」


 ルイーズは、宗谷の知る盗賊シーフの名をあげると、緑色の外套マントを羽織り、颯爽と立ち去って行った。

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