64.さらなる来訪者たち

 来訪者による面子の組み合わせで、話題の傾向は変化していった。

 

 宗谷とドーガ、二人の時は、二十年前の旧友の話題。

 セランを加えた男三人で、赤角レッドホーンと呼ばれる悪魔の陰鬱な話題。

 紅一点となるルイーズを加えた、四人となった酒席の主な話題、というと、もっぱらルイーズの仕事に対する愚痴だった。


「……シャーロットばかり美味しい思いをしてると思うの。少し受付の仕事して、レアキャラのシャーロットちゃんなんて呼ばれて、ちやほやされて、……それじゃあ、私はハズレですかって」

 

 第二受付嬢として稀にしか顔を出さないシャーロットを、レアキャラと呼んだ冒険者が誰なのかはわからないが、ルイーズに対する悪意は無いだろうし、気にし過ぎだろうと宗谷は思ったが、そこには受付嬢としての矜持プライド、あるいは同業のシャーロットに対するライバル意識があるのかもしれない。

 レア云々の些末さまつな愚痴はともかくとして、彼女の呟きからうかがえる業務の負担の大きさは、宗谷の想像通りだった。

 やはりイルシュタットの冒険者ギルドでは、彼女無くして円滑に依頼の仲介を捌く事は難しそうに思える。男三人は、彼女に日頃から蓄積した鬱憤を晴らせればと思い、四人になってから大半の時間を聞き手に回っていた。


(受付嬢のイメージか……確かに冒険者の酒場で、これは不味いだろうな)


 ドーガは髭を撫でながら頷くばかりで、彼女に対する気の利いた事は、宗谷が言わなくてはならなかった。仕事柄そういった事も慣れてはいたが、孤軍奮闘というのは何かと辛いものがある。

 セランも最初こそドーガと同じように相槌を打っていたが、途中から腕を組みながら半分居眠りをしていた。彼にとって彼女の愚痴は退屈だったのかもしれない。


 ルイーズは結局、持ち込んだ葡萄酒の瓶ワインボトルを一人でほとんど開けてしまい、最初落ち込み気味だった彼女も、愚痴を吐き終えた頃には、出来上がったのか、すっかり上機嫌になっていた。いつの間に緑色の外套マントを脱ぎ、先程は見せたがらなかったタイトな赤いワンピースの姿を露わにしている。

 宗谷がそれについて褒めると、ルイーズは嬉しそうな笑顔を浮かべ、ますます上機嫌になった。この調子ならば、明日からの仕事は大丈夫だろう。ただ、これだけ飲んでいるようだと、遅効性の二日酔いがいささか心配であった。



 宗谷とドーガの酒宴が始まって数時間が経過し、部屋の西窓の外では、夕陽が沈みかけようとしていた。

 ルイーズも喋り疲れたのか、口数が少なくなった処で、そろそろお開きという流れになり、宗谷は背もたれにあったスーツのボタンを閉め、明日からの予定をぼんやりと考えていた。


 その時だった。街の外側から、蹄鉄が地を蹴る音と車輪が回る音が、微かに聞こえてきた。

 その音は、四人の居る工房に向けて、だんだんと近づいて来ているようだった。

 

「ふむ……荷馬車じゃな。……しかし、業者にものを頼んだ覚えは無いがのう」


 淡々と呟くドーガだったが、老顔の目付き鋭く、警戒心を露わにしていた。それを聞いた他の三人も、まるで酔いが醒めたように、一瞬で警戒態勢を取った。

 車輪の音が停止すると共に、馬のいななきが聞こえ、続けて、いくつかの着地の足音。

  

「ここが、あのドーガの工房か……本当に警備もザルそうだな。お宝の山じゃねえの」


 外から、男の声がした。


「調べによると、老いぼれジジイの地妖精ドワーフが一人居るだけだ。かっぱらうだけ、かっぱらったら、さっさと街からずらかる・・・・ぞ。十年は遊んで暮らせるぜ」


 これは別の男の声。先程の足音の数から、複数人の集団と推測出来そうだった。


「……おやおや、建物の様子も確認せず、大声で盗みの相談とは。泥棒としては随分と間の抜けた事だ。訓練された盗賊シーフでは無いのかな」


「そうね。それに盗賊ギルドの盗賊シーフが、ドーガさんに手を出す事はあり得ないと断言出来るわ。……荷馬車と、さっきの口ぶりからして、街の外から来た強盗じゃないかしら」


 ルイーズは先程の飲みの席とは打って変わって、凛とした表情で二刀を揃え、臨戦態勢を整えていた。

 鎧は付けず冒険者の装いでは無かったが、赤いワンピース姿で構える二刀は、それはそれで、中々似合うものであった。


 「――何にしろ、さっさと外に出た方が良い気がするな。ドーガ爺さんの工房に入れる訳にはいかない」


 セランが呟くと、自らの得物である片手半剣バスタードソードを手に取った。


「……年に一度くらいか。こういった馬鹿共が外から沸いて出て来よる。……その度、ワシが戦斧バトルアックスで返り討ちにしてるがのう。だが、今日は折角じゃし。……ルイーズ、冒険者ギルドへの依頼という形にしていいかね?」


 ドーガはルイーズに対し、冒険者ギルドへの依頼という形式でお願いをした。


「ドーガさん。そうして頂けると、ソウヤさんの依頼達成に繋がるので助かりますが……良いんですか。ドーガさん一人でも、あの程度の手合いは何とかなると思いますが」

「構わん。ワシは鍛冶師じゃし。戦いは冒険者たちに任せるわい。餅は餅屋じゃよ」


 ドーガは青銅級ブロンズの宗谷に対し、気を利かせたのかもしれない。青銅級ブロンズになりたての|宗谷が白銀級シルバーになるまで、ギルドの規則では最低でも四回の依頼達成が必要となっている。今回ギルドへの正式な依頼としてカウント出来れば、必要な残り依頼達成は三回となる。

 冒険者ギルドとしても実力がある者は、原則として規則を守りつつも、出来る限り早く昇級を果たさせたいという意向があるようだった。


「僕は受ける前提なのだね。まあ、受けるに決まっているが。ルイーズさん、受付嬢である貴方がこの場に居てよかった」


 宗谷はルイーズにお礼を言うと、先程ドーガから預かった、魔銀ミスリル洋刀サーベルを抜いて構えた。

 鋼より少々軽い事を除けば、今まで通りの感覚に近かった。これは良い得物を借りる事が出来たかもしれない。


「三人で愚かな強盗を蹴散らしてくれるかね。……何、銀貨一枚なんてケチな事は言わん、依頼報酬は、一人頭金貨二〇枚。それと武器修理二回分を無料でどうじゃ?」

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