63.来訪者の女

 赤角レッドホーンまつわる重い話で、すっかり沈み込んでしまったのか、宗谷、ドーガ、セランの三名は、しばらくの間、誰一人声を発する事も無く、黙々と酒を飲んでいた。

 その責任を感じたのか、沈黙を破ったのは、この中で一番寡黙と思われていたセランだった。


「――陰気なスカシ野郎。で、間違いないだろう」


 セランは昨夜メリルゥが吐いた陰口を交え、自嘲気味につぶやいた。


「……まあ、君が陰気かどうかは、ともかくとしてだ。僕にとっても重要な話だったと思う。……処でセランくん。イルシュタットには、赤角レッドホーンに対抗出来うる冒険者はどれくらい居るのかね」


 宗谷の質問に対し、セランは目をつぶり、あごに手を当てながら、考えをまとめている素振りを見せた。


「――ルギノ村の虐殺で、急遽討伐部隊を結成した時、白金級プラチナの冒険者が揃えられるくらいには居る。討伐は空振りに終わったが。参加したのは、俺と、冒険者ギルド副長のランド爺さん、至高神ルミナス司祭プリーストセイレン、半妖精ハーフエルフ狩人ハンターフィリス、後は……」


セランが最後の名を言いかけた丁度その時、玄関からノックの音がした。


「ドーガさん、いらっしゃいますか?」


 女性の声が響いた。それは、宗谷にも耳馴染みのある、抑揚のある流暢な声だった。


「――あいつだ。ソウヤさんも良く知っているだろう」


 セランがつぶやくと、宗谷はほどと言わんばかりに頷いた。


「ふうむ……今日は来客が多いのう。小娘! 仕事は今日はしとらんぞ! それで良ければ上がってくるがいい」


 ドーガの叫び声に反応したのか、玄関の扉が開く音がした後、廊下から、気配を殺したような静かな足音がした。 

 応接間に現れたのは、緑色のフード付き外套マントに身を包んだ、スタイル抜群の女性の姿。手には高級そうな赤葡萄酒ワインボトルを持っていた。

 被ったフードの隙間からは、ウェーブのかかった蜂蜜色の髪が見え隠れしていた。


「……ソウヤさん? それにセラン君まで……二人とも、知り合いだったの?」


 驚きの表情をもって、応接間に姿を現したのは、冒険者ギルドの受付嬢、ルイーズだった。


 ◇


「ソウヤさん、どうしてドーガさんの仕事場に……」


 ルイーズは、手に持ったグラスの赤葡萄酒ワインを口にしながら、宗谷に質問した。青銅級ブロンズの立場では、ドーガは絶対に依頼を引き受けないと分かっていたのかもしれない。その考えなら実際正しく、ドーガと二十年前に面識が無ければ、宗谷は門前払いを食らう処であった。

 あるいは、本来ドーガの紹介状を書く役割を担ってると思われるルイーズが、紹介状を書いていない事もあるのかもしれない。


「実はドーガさんとは昔に交友があってね。ただ、今現在は仕事の制限をしてると聞いたので、念の為、ギルドの受付で紹介状を書いて貰ったんだ……ええと、彼女は何と言ったかな」

「シャーロット?」


 宗谷がとぼけて名前を忘れたフリをすると、ルイーズは冒険者ギルドの第二受付嬢の名を挙げた。


「そうそう。シャーロットくんだ。……まあ、書いてもらった紹介状は全く効果的では無かったが、どうにかしてドーガさんに僕の事を思い出して貰ってね。今こうして再会祝いをしている訳だよ」


 ルイーズを納得させる為、宗谷は嘘の無い説明をした。

 どうにかして・・・・・・と言う部分は、変化ポリモルフの魔術で、宗谷の少年時代の姿である魔術師マジシャンレイに姿を変えたという点は伏せてはいるが、大筋では間違ってはいないだろう。


「なるほど。そういう事でしたか。……まあ、ソウヤさん程の実力をお持ちなら、別に不思議な事では無いですね」


 ルイーズは、宗谷の言い分に納得したようだった。


「……ところで小娘。何しに来たんじゃ。仕事か? 飲みか?」


 ドーガの言い方は、ルイーズが時折ここに飲みに来る事があるような口ぶりだった。


「いえ……もしドーガさんの手が空いていたら、久々に武器の強化をお願いしたい。……なんて思ってましたが。この分だと仕事は無理そうですね」


 ルイーズが、着用している外套マントをめくり、腰のベルトに下げられた小振りの三日月刀シミターの柄を見せた。護身用なのか、部屋の隅に下ろした長剣ロングソードと違い、このような酒宴の席でも身に着けているようだ。

 めくれた外套マントの隙間からは、タイトな赤いワンピースがちらりと見えた。


「おや、私服ですか。似合いますね。……いや、失敬。盗み見て、こんな事を言うのは、良くなかったな」

「あっ……」


 宗谷が目を細め、薄く微笑むと、ルイーズは恥ずかしそうに、緑色の外套マントで、隙間から見え隠れしたワンピースを覆い隠してしまった。


「これ、室内で外套マントくらい脱がんか。乙女の恥じらいのつもりかのう。……小娘には、そういう素振そぶりは似合わんじゃろ。バケモノみたいに強い癖に頬を赤らめるな。薄気味悪い」


 ドーガが呆れ顔で指摘すると、ルイーズは形相を変え、ドーガを睨みつけた。宗谷はそのやり取りに笑いそうになり、眼鏡を抑える振りをして誤魔化していた。


「……武器を預けて、もし夕方、ドーガさんの都合が付きそうなら、再度来訪して飲もうかなとは思ってました。今日はオフなので」


 オフが急遽なのか予定された物なのかは定かでないが、今日は冒険者ギルドの受付には、第二受付嬢のシャーロットが入っている。

 風を断つ者達ウィンドブレイカーズの依頼仲介の失敗が尾を引いているのだろうか。昨日に続き、ルイーズは普段のような冴えがまだ見られず、元気を取り戻せていないように見えた。


「ルイーズ、仕事の依頼はともかく、酒は冒険者の酒場で飲めばいいだろう。アンタは近くに自宅だってあるのに、何でわざわざドーガ爺さんの処に」


 セランがルイーズに対し、呆れたように呟いた。


「あのねえ、セラン君。そういう訳にはいかないの……人目があるんだから。受付嬢のイメージを大事にしないと。それに貴方達だってドーガさんの仕事場で、こんな日が高い内から飲んで、人の事言えますか?」

 

 ルイーズが、セランに反論する形でもっともらしい事を指摘した。


「……いや、それについては申し訳ない。セランくんも、ルイーズさんも、今日はドーガさんに依頼する為に来たのでしょう。折角の予定を再会の宴で潰してしまって。まあ、僕もドーガさんへの依頼が本来の目的でしたが」


 旧友との二十年振りの再会やら、赤角レッドホーンやらで本来の目的から離れてしまったが、宗谷がドーガの仕事場におもむいたのは、四つ腕の白銀の魔将シルバーデーモンに破壊された武器の新調の為だった。


「おお、そうじゃったな……ソーヤ、どんな武器を使いたいんじゃ?」

「片刃の洋刀サーベルだと助かる。僕が今まで使っていたのは、どうも王都の騎士団の物だったらしい」

「ふむ……少し待っとれ」


 ドーガが応接間のテーブルから席を外し、数十秒後すると、一本の剣を手に取って戻って来た。

 そして鞘から刀身を抜くと、美しく輝く刃を見せた。


「貴重な魔銀ミスリル洋刀サーベルの一振りじゃよ。王都の騎士団仕様の物より使い勝手はいいぞ。銀貨5万は下らん」


「……ドーガさん、すまないが、僕はそんなお金は持っていない。金欠気味なんだ。前途ある若者に気前良くし過ぎてね」


 宗谷は、お手上げといったように肩をすくめて見せた。


「……今日の酒瓶代で、無期限の貸しにしておく。じゃが当然紛失したら弁償じゃ。お主は魔術で道具をしまえるから盗難も心配いらんし、魔銀ミスリル製だから壊されることはないじゃろうが……」


 銀貨120枚分の高級ウィスキーで、銀貨5万以上する魔銀ミスリル洋刀サーベルの無期限のレンタル。魔銀ミスリルの武器は、大事に扱えば半永久的に使用出来る。正直、破格と言っても良い値段だった。

 魔銀ミスリルは稀少性があり、鋼より強く、しなやかで、金属そのものに修復能力がある。それ故に魔銀ミスリルを加工出来る職人は滅多に居ない。そして、ドーガはそれが出来る数少ない鍛冶師の一人だった。


「……あら、良い剣。魔銀ミスリルっていいわよね。でも、私の剣も相当な物よ。長剣は、竜の牙から造られた魔剣で……」


 ルイーズは赤葡萄酒ワインを飲みながら剣について語り出した。既に二杯目で、ほんのりと顔が紅潮している。

 宗谷はその光景に、既視きし感を覚えた。

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