67.夜風と追憶
相変わらず、双子の月は厚い雲に覆われたままで、明かり無しでは、夜歩きには向かない夜だった。
少し宙に浮かぶ、魔法の明かりを頼りに夜道を足早に進むのは、ビジネススーツを着た男と、赤いワンピースの女が二人。だんだんと強まってきた夜風は肌に冷たく、共に風避けの
「ルイーズさん、折角の休暇中と言うのに、これから冒険者ギルドで仕事とは
「いえ。こういった事態に対応するのも仕事の内です。それに、今日は良い運動になりました。……ソウヤさん、ごめんなさい。酒の席の事だけは、どうか忘れてください」
「このような仕事だ。愚痴りたくなる事もあるでしょう。お気にせずに。そのような事で、貴方の価値は何も損なっていない」
宗谷が微笑むと、ルイーズは恥ずかしそうに、
ジャッカルたちが来た時の仕事の手際を見る限り、彼女の仕事ぶりは何の心配も無さそうだった。気が乗らなくても、やるべき事を頭と身体が覚えているのだろう。
「……ソウヤさん。私が来る前、セラン君とは、どんな会話をしました?」
「彼は口数が少ないね。でも、一つ大事な話をしたよ。
宗谷の言葉を聞いた、ルイーズが表情を
セランの話だと、彼女はイルシュタットの近隣にあるルギノ村が
「やっぱり。……彼には、それしかないものね。でも、
ルイーズは、
「ルイーズさんも因縁があるのかね?
「いえ。セラン君みたいに、個人的にどうこうという訳では。……でも、イルシュタットの近くの村を二つ滅ぼされています。これ以上、被害を出す前に何とかしなくては。……それに、この街だって、いつ襲われないとは限らないのだから」
一陣の強い風が吹き、ルイーズの
足を止めて風をしのぐ彼女に合わせ、宗谷もその場に留まり、手で
イルシュタットには、何人もの
だが、いくつもの街や村を滅ぼした実績のある
やはり、悪魔に対抗する為の準備を整えなくてはいけない。
その存在の恐ろしさについて、宗谷は嫌と言う程思い知らされていた。つい最近でも、四つ腕の
宗谷は強い風に吹かれながら、二十年前、少年の魔術師レイだった時の事を追憶した。
◇ ◇ ◇ ◇
『あらあら、レイったら、そんなに私に逢いたかったんですか? ……他の仲間は残機が無いのに、貴方ばかり死んでますね。マイナス100万点です』
ある冒険の時の事。レイは
仲間のロザリンドを
そして、死から目覚める場所は、大抵が庭園の木陰で、女神を名乗る蒼い髪の女性が、嫌味事を
『……仕方無いだろ。僕は祝福で甦れると、仲間に周知されているからな。身体を張る必要があるんだよ。……それより、エリス。僕に魔術の続きを教えろ』
『やっと私を頼りましたね。今度は、どのくらいのレベルまで?』
『
死ぬ度に、女神エリスにより、上位の魔術を教わる事が何度かあった。
レイがこの性悪女にモノを教わろうとする時は、パーティーメンバーで、知と術を競うライバルとも言える、
『
上位の魔術を理解するのに、女神の修練の下、何年もの時間がかかった。レイは魔術の理論を解する優れた適正を持ち合わせていたが、天才と呼ばれる領域には手の届かない人間だった。
エリスから渡された、汚い文字で記された
この女神とは一体何者なのだろうか? 宗谷は一時期、エリス及び女神達の正体を探りたいと考えた時期があったが、やがて無意味と悟り、それを止めた。
『レイ。お前ってさ。死に戻ってくると、強くなってねーか? いつの間に
『……お前に勝つ為に、この世の果てで、魔術の修行をしてきたんだよ。嘘じゃない』
『ああ? 世の果てで誰に教わったってんだよ? 死神か?』
『くくっ、まあ似たような物か。……ラナク、死神の事を一つ教えてやるよ。……死神は字が汚い』
◇ ◇ ◇ ◇
(死に戻りのレイか……僕は仲間の誰よりも弱かった。二十年の
宗谷は、ライバルだった旧友や、屈辱的な女神との修練の日々まで想起してしまい、思わず苦笑いを浮かべた。
「……ソウヤさん。どうかしましたか?」
ルイーズが声をかけた事により、宗谷は続けていた追憶を止め、現実に帰った。
そして、二人を
「いえ。少し考え事を。……もし今後、
「……ソウヤさんに、そのように言って頂けるのは心強いですね。今度副ギルド長に伝えておきます」
「もっとも、ミアくんと組んでいる間は、無理はしないつもりですが。彼女は良い資質を持っているよ。きっと、優れた
『必要なのは経験と敬虔』という親父らしい洒落を思い付いたが、状況を考え、宗谷は言い止めた。
彼女の優れた資質の裏付けという物を、幽霊の少年の救済で目の当たりにしている。
「私もそう思います。たまに見せる強い意志は、
ルイーズが頭を下げた。彼女は
◇
冒険者ギルドのある区画に差し掛かる前に、宗谷は魔法の明かりを打ち消した。
建物の灯りが増え、特に魔法を維持しなくても、ゆっくり歩く分には差支えが無くなっていたからである。魔術師ギルドに所属していない為、必要以上の魔術を使うのもあまり好ましくないだろうし、丁度雲間も切れ、双子の月の明かりも注ぎ始めていた。
「ソウヤさん、ありがとうございました。あの……また機会があれば、飲みましょうね。制服は……まあ、そのままでいいわ。本当は非番だし」
ルイーズは宗谷に微笑みつつ、自宅に戻るのが
冒険者というのは大半がフランクな物だし、ルイーズならば、かえって受けも良さそうなので、私服を気にする必要は無いのではと宗谷は思ったが、着ていた赤いワンピースは、私服としては少し派手に映ったので、彼女のイメージ的に、大っぴらに晒したくないのかもしれない。
「それでは、また後日。ええ、また機会があれば。ただ、お酒の量は気を付けるように。ドーガさんの処なら構わないですがね」
宗谷は微笑み返すと、冒険者ギルドに入り、仕事に臨むルイーズを見送った。
見送りを終え、外で
この世界の質素な食事にも大分慣れたが、現実世界の料理が恋しくなる事があった。もっとも、塩気の足りない、あっさりし過ぎているスープに慣れてきた今は、現実世界の食事の方が、口に合わなくなっているかもしれない。
宗谷はそのような事を考えつつ、空いたテーブルに着くと、味気の無いスープとサラダ、飲料水をウェイトレスに注文する事にした。
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