59.地妖精ドーガの工房へ

 冒険者ギルドを後にした宗谷は、ギルドの隣にある冒険者の酒場で、地妖精ドワーフの鍛冶師ドーガへの手土産にする為、店の酒では一番の高級品である、二十年物のウィスキーの瓶を一本購入した。

 価格は金貨一二枚。それなりに値が張ったが、宗谷は武器作製を頼みに行く立場であり、何よりドーガは二十年来の古い知人である。

 それらを考慮すれば、宗谷にとって出費は十分許容範囲内であった。


 そのついでに、冒険者の酒場の主人マスターに、ドーガの工房の所在地を聞いておく事にした。先程、冒険者ギルドに訪れた時、ギルドの第二受付嬢であるシャーロットに場所を聞いておくべき事だったのだが、途中で話が脱線してしまい、間の抜けた事に、宗谷はその事を失念していた。

 幸い酒場の主人マスターは職業柄、イルシュタットの情報に通じており、情報料も高級ウィスキー購入のサービスという事で、宗谷は無料タダで所在地を教えて貰い、さらに簡易な地図を書いて貰った。

 知らない場所でも手軽に検索が出来る、現実世界の感覚がまだ完全に抜けていない事に、宗谷は手渡された手書きの地図を見ながら、思わず苦笑いを浮かべた。


(心配なのは、黄金級ゴールド以上の冒険者でなければ、本来、紹介は受けられないという事だな)


 シャーロットの話によれば、まだ青銅級ブロンズの冒険者である宗谷は、ドーガの紹介を受けられる立場に無かった。

 魔将殺しデーモンスレイヤーの名声があるから青銅級ブロンズでも大丈夫に違いないというのは、こちらが都合良く解釈しただけに過ぎない。


黄金級ゴールドを持つシャーロットくんに、後日オフの時に付き添ってもらうという手もあったが。……流石にこれ以上、彼女に借りを作る訳にもいかないだろう)


 彼女には、魔術師ギルドで取り扱う魔石の調達をお願いしたばかりである。御代を渡し損ねたが、それについては宗谷が魔術の指導をする事と引き換えに、タダで差し上げるような事をシャーロットは言っていた。

 だが、魔術の指導など一朝一夕で出来る事ではない。宗谷が教えられる事など、数時間では限度があるだろう。体裁良く会う為の口実だろうと宗谷は思った。


 シャーロットとの約束に対し、若干の後悔を感じていた宗谷だったが、とりあえず休暇中にすると決めていた仕事は片付きつつあった。一応ながら魔石調達のあても出来たし、懸念していた眼帯の盗賊シーフジャッカルとの因縁はあっさりと決着がついた。後は、折られた洋刀サーベルに代わる、冒険用の武器の調達のみである。

 酒場の主人マスターから受け取った手書きの地図を頼りに、宗谷はドーガの工房へ向かった。


 地図によると工房の所在地は、イルシュタットの南門の近くにある離れの一軒家だった。この周辺は店も少なく、居住するにはやや不便に思えるが、イルシュタットの南方には山岳地帯が広がっている。近場には採掘した鉱石を炉で加工する工房もあるようだ。素材調達の都合、鍛冶場としての機能を優先すると適してそうではあった。

 あるいは、森妖精ウッドエルフのメリルゥが森から切って離せないのと同じように、彼ら地妖精ドワーフも山の近くに拠を構える習性があるのかもしれない。

 宗谷は足を止めると、目の前にある建物を見た。工房は地妖精ドワーフの住処なだけあり、石造りによる堅牢な物だった。工房の煙突からは煙が立ち昇っていて、中からは一定のリズムで打たれる金槌の音が聞こえた。

 玄関に嵌め込まれた金属板には、『ドーガ・グランディの武器工房』と文字が刻まれている。ここで間違いないだろう。宗谷は玄関の呼び鈴を鳴らしてみる事にした。


「こんにちは。ドーガさんは居ますか?」


 即座に返事は無かったが、宗谷が一分程待っていると、作業にキリがついたのか、金槌の音が止み、建物の奥から足音が近づいて来るのがわかった。

 そして足音が止まると、目の前にある玄関の扉がゆっくりと開き、姿を現わしたのは、宗谷より頭二つ分背の低い、白髪と白髭を蓄えた中年の地妖精ドワーフだった。


「……誰じゃお主は。見ない顔だな。雰囲気からすると武器商人か? 営業ならば、他を当たってくれい」


 鍛冶師ドーガ。今は仕事の制限をしているとの事で、体調が悪いのかと心配したが、宗谷が見た感じでは、姿は以前とそれ程変わっていないように思えた。地妖精ドワーフの寿命は人間の二倍近い上、元々彼が老け顔のせいでもあるだろう。

 簡素な作業着を纏った、仏頂面の地妖精ドワーフを目にした宗谷は、以前の冒険の記憶も相俟あいまって、急に懐かしさが込みあげてきたが、以前ドーガと知人だったのは、自身が少年時代に名乗っていたレイであって、宗谷として・・・・・ではない。

 宗谷はドーガに対し、初対面のつもりで挨拶をする事にした。


「初めまして、宗谷と申します。高名な鍛冶師であるドーガさんに、武器作製の依頼をお願いしたいと思い伺わせて頂きました。此方が冒険者ギルドの紹介状です」

 

 宗谷は微笑むと、シャーロットが書いた紹介状を手渡した。

 紹介状を受け取ったドーガは、蝋封を剥がすと、取り出した手紙を広げて文に目を通し始めた。

 暫しの後、紹介文を読み終えたドーガは白髭を撫でると、疲れたような表情を浮かべ、大きなため息をついた。


「ふむ……ソーヤとな。全く聞かぬ名前じゃな。……青銅級ブロンズ? ワシが仕事を制限してると知って居るのかね? ……それに、この紹介状……どうも筆跡がおかしいのう」


 ドーガは怪訝な表情で宗谷を見た。疑いの目を向けているように見える。もしかしたら偽装文だと思っているのかもしれない。

 普段、ドーガへの紹介状を書いているのは、受付嬢を務めているルイーズだろう。受付代理の立場であるシャーロットが紹介状を書くことは稀で、それで筆跡に違和感を感じているのかもしれない。

 そういえば、シャーロットが普段より丁寧に紹介状を書いたと言っていた気がする。それがかえって仇となっている可能性もありそうだった。兎にも角にもドーガの反応の悪さに、宗谷は思わず顔をしかめそうになった。


魔将殺しデーモンスレイヤーとあるが、本当かね? ……まあ、それはどうでもいい。武器を作るのは黄金級ゴールド以上の冒険者とワシは決めておる。すまないが、今日は帰ってくれ」


 ドーガのあまりにもそっけない態度に、宗谷は苦笑を浮かべた。この様子では、黄金級ゴールドの冒険者証でも提示しない限り、取りつく島も無さそうだった。

 彼は昔から妙に頑固な処があった。自分の定めた規則ルールに厳格である。嫌な予感は当たってしまったが、以前と変わっていない事に対し、宗谷はかえって安心感を覚えた。

 だが、宗谷としてもドーガに言われた通り、諦めて帰るわけにもいかなかった。武器の新調の有無は、今後の冒険に係わる事である。

 以前ならば、のんびり二度目の異世界の冒険が出来ればいいと楽天的に考えていた事もあったが、前回の白銀の魔将シルバーデーモンとの死闘を経て、宗谷の認識も変化していた。

 大切な仲間を守る力は必要だ。その為なら多少のずる・・をしても仕方ないだろう。宗谷は少し迷ったが、意を決し、ドーガに普段と違う者として話しかける事にした。


「本当に変わらないな。その頑固さで鉄が打てるんじゃないのか?」


 宗谷は軽口を叩くと、先程の丁寧さとは打って変わって、挑発的な視線をドーガに向けた。


「……なんじゃ、お主。失礼な! ……何と言おうと」

「……僕だ。わからないか? まあ仕方ないな。それに簡単にわかって貰っても困るからな。安心したよ」 


 宗谷は、周辺に誰も居ないことを確認すると、指を振りながら魔術の詠唱を始めた。


「魔力は装う。その姿は自在になる。『変身トランスフォーム』」


 詠唱と共に立ち込めた魔力の煙が払われると、宗谷は少年の姿に変わっていた。

 背丈は宗谷と変わっていなかったが、目付きは鋭く、髪は無造作に、そして銀色に輝いている。きちっとした身なりで洗練された宗谷と比べ、その姿には棘があり、荒々しい雰囲気があった。


「……まさか、お主……レイか?」


 目を剥き驚くドーガの顔には、深く皴が刻まれていた。感動の再会というのは、少し乱暴な方法になってしまったが、止む無き事だろう。

 それに二十年前の事を明らかに出来る相手が、宗谷としても欲しかった。ドーガは頑固で面倒な部分もある性格だが、それと同じくらい口も堅く、そして義理堅い。彼は信用出来る。ここで明かしても、それがイルシュタットに伝わる事は無いだろう。


「ドーガ爺さん、二十年ぶりの再会というのに、随分つれないじゃないか。折角、再会祝いとして爺さんの好物を買ってきたというのに。コイツは要らないのか」


 変身トランスフォームの魔術により、魔術師レイに姿を変えた宗谷は、高級ウィスキーのボトルを掲げ、悪戯っぽく笑った。

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