58.シャーロットのお願い

「……魔術師ギルドですか? ええ、それは勿論。顔なら割と出してます。魔術師ギルドからの依頼の調整役も、あたしが務めてたりしてますし」


 冒険者ギルドの第二受付嬢であるシャーロットは、冒険者ギルドと魔術師ギルドの依頼の橋渡し役も務めているようだった。

 魔術師ギルドに対し関わりが大きいのであれば、彼女の好意の確認も含め、一度頼んでみようと宗谷は思った。  


「なるほど。ここからは、お互い小声で話そう。あまり他者に知られたくないのでね」


 宗谷は周囲に人が居ない事を確認した。まだ朝早い事もあり、幸いながら他の冒険者の姿は無かった。


「……実は僕は、魔術師ギルドとの繋りが無くてね。莫大な入会費なんて馬鹿らしくて払えやしないし、今後も個人的には関わる事は無いだろう」


 自らが魔術師ギルドと縁が無い事を伝えた宗谷は、そこでシャーロットの様子を伺った。

 それが意外だったのか、少し驚いたような表情を浮かべているように見えたが、宗谷は話を続けることにした。


「で、本題なんだが、魔術師ギルドで取り扱いをしている魔術師の杖マジシャンスタッフが必要なんだ。欲しいのは杖じゃなくて、杖に付属した魔石だが。顔を出した時に、調達しておいて貰えると助かる。先にシャーロットくんには御代を手間代込みで渡そう」


 宗谷の話を聞き終えたシャーロットは、何やら納得したようなと表情に変わっていた。

 魔術師ギルドに所属していない魔術師マジシャンは稀であり、基本的にはあまり良い顔をされない。彼女が魔術師ギルドに関わりの無い、はぐれ者の魔術師マジシャンをどう思っているのだろうか、これからの会話でわかるだろう。


「……ソーヤ様、やっぱりモグリの魔術師マジシャンだったんですね。確かにソーヤ様の実力があれば、魔術師界隈で話題に登らない筈が無いですからね」


 シャーロットは目を閉じて、少しの間、頬に手を当てて考え込むような仕草をしていたが、考えがまとまったのか、口を開いた。


「……今から魔術師ギルドに入会しませんか? ソーヤ様の実力ならば、入会費なんて必要ないですよ。むしろ実力を知ればギルドの方から欲しがる筈ですし。特待枠で間違いなく入れると断言してもいいです」 


 ある程度予測していた展開であったが、シャーロットは魔術師ギルドに勧誘をしてきた。

 彼女の言う通り、特待枠で魔術師ギルドに入会は出来るだろう。だが、宗谷にはそうしたくない理由がいくつかあった。


 魔術師ギルドに関わる以上、習得しているあらゆる魔術の秘匿は出来ない。

 宗谷は女神エリスに教わったり、古代遺跡から発掘した魔術書で、魔術師ギルドに知れ渡っていない遺失魔術ロストマジックをいくつか習得していた。その内いくつかの術は、公開すれば魔術師ギルドで禁呪と指定される可能性が高い。

 以前スレイルの森で、幽霊ゴーストであるコニー少年との対話に行使した、幽体離脱レイスフォームのような危険を伴う術は、ギルドの発行している魔導書に、新たな頁として記載される事はまず無いと言って良い。


「特待を断言できるとは言うが。シャーロットくんは、僕の魔術の実力がどれくらいだと思っているのかね?」


 宗谷は自らの魔術の力量を、冒険者ギルドに報告した覚えは無かった。

 白銀の魔将シルバーデーモンを倒したという事で、高く見積った予想をしている可能性はあるが、シャーロットが、自分をどれほどの実力と考えているのか宗谷は聞いてみた。


大導師グランドマスター級。あくまで、あたしの予想ですが」

「おや……どうして、そう思ったのかな」


 大導師グランドマスター級という予想は今の宗谷の実力に相違無かった。その予想に根拠があるのかどうか、確認しておく必要があるかもしれない。

 宗谷は少し表情を険しくすると、シャーロットに対し追及した。


「ソーヤ様が引き受けた古砦の救出依頼。実は冒険者ギルドの正職員として、現地に調査に赴きました。あたしは調査役の一人です」


 シャーロットから意外な発言が飛び出した。白銀の魔将シルバーデーモンとの戦闘終了後、彼女が馬車で現場に駆け付けた職員の一人だとしたら、あの時、既にシャーロットと顔を合わせていた可能性が高い。


「あたしはフードを被ってましたからね。気づかなくても当然と思います。そして白銀の魔将シルバーデーモンに残された痕跡。あれは大導師グランドマスター級の魔術師マジシャンしか行使できない魔装砲撃ペネトレイトの」

「それ以上は言わなくていい」


 宗谷は舌滑らかなシャーロットの言葉を遮った。彼女は思ったよりも、はるかにしたたかで、食えない相手のようだった。

 思えば黄金級ゴールドの冒険者証を持つ盗賊シーフでもある彼女が、簡単な相手の筈がない。軽く親しみやすい態度も、相手を油断させる為の仕草に過ぎないのだとしたら大した物である。


「なるほど。シャーロットくん。どうやら初めまして、では無かったようだ。……悪い子だな。いや、僕が軽率だったようだ」

「ごめんなさい。二度目まして・・・・・・、というのも可笑しいと思ったので。でも、あの時は紹介を交えた挨拶なんて出来ない状態でしたから。ソーヤ様はあたしたち調査隊と入れ違いで帰ってしまいましたし」


 シャーロットは宗谷に頭を下げて謝罪した。

 確かにあの時点では、挨拶と言う挨拶を交わしていなかったのは間違い無い。事後処理の為にギルド職員を呼んだので、引継ぎをする形で、疲労の激しかった宗谷たち一行は早々とイルシュタットに帰還していた。

 

大導師グランドマスター級という君の予想を、誰かに漏らしたかね?」

「いいえ、してません。する必要も、するつもりもないですよ。自ら公表してないという事は、ソーヤ様が実力を隠したいのかもしれないと思ったので」


 シャーロットは唇に指をあて、微笑みながら、宗谷の問いを否定した。


「……シャーロットくん、君は盗賊シーフの顔もある。まあ、実の処、僕の魔術の腕を言いふらされても多少の面倒事が増えるだけで、大した問題ではない。だが、君が信用に値するかどうかは、今後の付き合いに関わるだろう」

「……そこは信用して貰えると嬉しいですね。ソーヤ様の機嫌を損ねるメリットなんて、あたしにありませんから」


 先程から主導権を握られているような気がした宗谷は思わず溜め息をついた。ミアやメリルゥと言った裏表の無い素直な者と比べると、会話が慎重にならざるを得ない。

 宗谷は額に手を当てて、考え込むような仕草をすると、意を決して、口を開いた。


「では、信用しよう。……とりあえず今は魔術師ギルドに入るつもりは無いんだ。それで、魔石の調達を君にお願い出来るかどうかを、改めて君に聞きたい」


 宗谷の質問に対し、シャーロットは口に手を当てて妖艶に微笑んだ。


「調達します。大導師グランドマスター級まで辿り着ける魔術師なんて、魔術師ギルド内でも、ほんの一握りで。……とても尊敬してます。あの、その上で、一つだけお願いが」

 

 媚びを含んだような猫撫で声で、彼女は続けた。


「今度、大導師グランドマスターのソーヤ様に、魔術の御指導をお願い出来ないでしょうか? ……それなら魔石はあたしの私物を差し上げます。要望があれば、盗賊シーフとしてのお仕事もしますし……。あの、なんでも、あたしに出来る事なら遠慮なく申し付けて下さい」


 シャーロットは頬を赤らめながら、目を輝かせて宗谷を見つめた。大袈裟に言えば、瞳にハートマークが浮かんでいる、と言ったような、言い方が出来なくもないだろう。


「……わかった。暇がある時にでも手解きすると約束しよう。人が来たようだね。失礼するよ」


 冒険者の一団がギルド内に入って来たのを見て、返事に迫られた宗谷は、取り急ぎ簡単な約束を交わすと、シャーロットに別れを告げた。

 微笑みながら手を振る彼女を見ていると、気のせいかもしれないが、他の冒険者の来たタイミングを見計らって選択を迫ったように感じなくもない。

 魔術の実力が広まる心配は無くなりそうだったが、新たな厄介事を抱えてしまったのかもしれない。交わした約束を思い返した宗谷は、思わず顔をしかめた。

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