57.ギルドの第二受付嬢


 冒険者ギルドの受付にルイーズの姿は無く、代わりに見覚えの無い職員が事務仕事をこなしていた。金髪のボブカットの女性で、ルイーズと同じようなギルドの制服を着用していたが、やや開いた胸元が煽情的な印象を与えている。

 うつむき加減で書類にペンを走らせていた彼女は、カウンターに近寄る宗谷の足音に気づいたのか、作業を中断すると顔を上げた。


「あっ……噂のソーヤ様じゃないですか。魔将殺しデモスレの」


 受付の女性職員は初対面だったが、どうやら相手は宗谷の事を知っているようだった。

 第一声の印象は、受付嬢としては随分と軽い口調で、不真面目で気安いといった物だった。もっとも企業に居るような、堅く礼儀正しい受付嬢は、荒くれた冒険者たちには受けが良くないのかもしれない。


「初めまして。僕を御存知のようで……ルイーズさんはお休みでしたか」

「いえす。ルイーズさんは今日はオフですよ。初めまして。第二受付嬢のシャーロットと言います。あくまで代理なので、受付嬢として会う事は少ないと思いますが、よろしくです」


 宗谷はその口ぶりから、会社に居た軽い雰囲気の新人女性社員を思い出した。

 だが、真面目そうには見えなかった新人女性社員は、意外にも一年目から営業実績が良かった。

 冒険者と依頼人の仲介は簡単な仕事ではない。冒険者ギルドも顔だけの人選をしているという事は無いだろう。


「ソーヤ様。ルイーズさんから年配の方とは聞いてたんですけど……相当イケてますね。イケオジです。モテるでしょう?」

「そう言われたのは、この街では初めてだよ。……しかし、君はルイーズさんにも増して軽いな。冒険者ギルドの方針なのかね?」


 誉め言葉自体は額面通りに受け取ることは出来ない物の、決して悪い気はしなかった。

 だが素面しらふのまま、彼女のテンションに合わせて会話を続けるのは、辛いものがあったので、態度を少し改めるよう、遠回しに指摘した。


「ごめんなさい。失礼しました、今から真面目にやります……ソーヤ様、こんにちは。仕事をお探しですか?」


 先程とは打って変わって、凛とした表情と抑揚の効いた心地良い声。こうなると途端に理知的に見えてくるのだから不思議な物である。

 ただ、制服の胸元が開いたままなので、そちらに目を向けると、やはりそうでもない気がした。だが、その事はあえて指摘する必要は無いだろう。


「いや、依頼は当分受けない。地妖精ドワーフの鍛冶師、ドーガの事は知ってるかね? 紹介状が必要と聞いてね」


 その言葉で、シャーロットは来訪した目的を察したのか、引き出しから用紙を取り出すと、ドーガに宛てる紹介状の作成を始めた。

 ペンは小気味良い音を立てながら白紙を滑り、黒インクによる文字を羅列していく。筆記作業に慣れているのか、中々の達筆だった。

 

「ドーガさんの紹介は、本来は黄金級ゴールド以上の冒険者という決まりなんですが。うーん、ソーヤ様は多分大丈夫ですよね……なんたって魔将殺しデモスレですから」


 うすうす予想は出来ていたが、紹介に必要な冒険者等級ランクが足りていないようだった。確かに比較的獲得が容易な青銅級ブロンズにまで紹介してしまうと、ドーガが鍛冶の仕事量を制限してる意味が無くなってしまうだろう。

 シャーロットはペンを止め、書き終えた紹介状を折り畳み、封筒の封蝋を施すと、宗谷に手渡した。


「シャーロットくんは、字が綺麗だね。良く上手いと言われるだろう?」

「よく言われます。お褒め頂き光栄です。ソーヤ様の紹介状という事で、いつもより集中して書かせて頂きました」


 先程は遠回しに叱りつけた形になってしまったので、今度は良い点を褒める事にした。

 すると、シャーロットは、嬉しそうに照れ笑いを浮かべた。よく言われるという事は、字が綺麗な事は、彼女の自慢の一つなのかもしれない。

 

「字が綺麗なのは良い事だよ。僕の魔術の師は、とんでもなく字が下手でね。それはもう酷い物だった。翻訳トランスレイトの術が必要なくらいにね。……失礼。魔術の話など、するものではないな」

「あは、ソーヤ様。いきなりですが、あたしの職業って何に見えます?」


 宗谷の愚痴を聞いていたシャーロットが笑いながら、唐突に質問をした。


「冒険者ギルドの第二受付嬢では無いのかな」

「受付のお仕事は、ルイーズさんのオフのサポートですから。あたしは現役の冒険者ですよ。というか、冒険者ギルドの正職員の条件が、黄金級ゴールド以上と決まってるんで」


 シャーロットは制服の胸ポケットから、黄金色に輝く冒険者証を取り出し、細い指先でくるくると回しながら、宗谷に提示した。

 黄金級ゴールドという事は、先程入り口で出会ったライドとジャッカルの白銀級シルバー二人組や、森妖精ウッドエルフのメリルゥよりも優れた冒険の功績を残したという事になる。やはり、不真面目そうに見えて、中々の能力の持ち主であるようだ。


「いい指捌きだ。盗賊シーフかな。達筆といい、手先が器用に見えるね」

「流石。半分正解です」


 盗賊シーフの技術の一つとして、筆跡模倣というものがある。誰もが出来る訳ではないが、それが出来る盗賊シーフは当然字が上手い。達筆な彼女もその能力を持っていそうだった。

 そして半分正解という事は、彼女は兼業なのだろう。宗谷は顎に手を当てて考え込む仕草をしたが、目の前のシャーロットに結びつく仕事が盗賊シーフ以外、咄嗟に思い当たらなかった。

 神官クレリックと言うには少し軽薄そうに見えるし、狩りをするような姿も想像出来ない。細腕と綺麗な手からして戦士ファイターという事も無さそうだ。


「……うーん、やっぱり見えないですか。ソーヤ様。驚かないで下さいよ」


 シャーロットは目を閉じると詠唱を始めた。この詠唱構成は、宗谷も良く知る術の一つだった。


「――闇を照らす明かりとなれ。『照明ライティング』」


 詠唱が終わると、彼女の手のひらから、眩い光球が浮かび上がり、天井から部屋全体を照らし始めた。


「ああ、僕と同業か。……いや、失礼。魔術師マジシャンなら、文字を書き慣れてておかしくないな」


 宗谷は魔術師マジシャンという選択肢を、彼女の印象から、無意識に除外していた事の軽率さを反省した。

 人を見かけで判断するのは危険である。何事にも通じる事だが、冒険者は特にその事を肝に銘じておかなくてはならないだろう。

 

「こう見えて、いいトコ出の令嬢だったって言ったら信じます? 父親は王都で宮廷魔術師やってたりします。縁切ってますけど」


 シャーロットは舌を出すと、制服の胸ポケットから、今度は魔術師ギルドの会員証を取り出して宗谷に提示した。魔術師ギルドに入会するには、大金が必要となる。

 よって魔術師マジシャンを志す者は、大半が中流以上の裕福層、あるいは学費免除の特待生に選ばれるくらいの明晰な頭脳を持った者に限られた。彼女の家も、父親が宮廷魔術師である事から、裕福なのだろう。

 前回一緒に冒険した女魔術師のレベッカは、魔術師ギルドに入会してなかったが、師にあたる祖父が、魔術師ギルドに籍のある導師マスターで、出入りが許されていたようだった。

 魔術師ギルドに全く関わりが無く、魔術を会得している宗谷みたいな存在は、この世界では、かなりの例外で、マイノリティな存在といってもいい。


「こう見えて御嬢様だった時期がありまして。教室では清楚なスカートとブラウス着てお勉強してました。好みじゃないですけど、学院アカデミーの制服、今度ソーヤ様に見せてあげます」

「どうして僕に見せようと?」

「さっきの態度からして、ソーヤさんの好みって、あたしと反対の、清楚でお淑やかなタイプですよね。……ミアちゃんみたいに、私もイメチェンしようかな、なんて」

 

 シャーロットは、本気か冗談か判別しかねる事を呟きながら、ボブカットの内に巻いた金髪を指先で弄んでいた。

 宮廷魔術師の父親を持つ家柄で、魔術師ギルドの学院アカデミーで英才教育を施されたであろう令嬢が、どのような経緯で、盗賊シーフや冒険者に身を崩したのか少し気になったが、それを堂々と聞くのは流石に失礼だろう。  


「軽いのが嫌いな訳ではないよ。ただ、素面しらふでは、ノリについていくのが大変なんだ。おじさんなんでね」


 宗谷は彼女の機嫌を取る為に弁解した。昔と違い、軽さに対し若干の苦手意識があるのは、歳のせいというよりは、企業で礼節と作法を強制され、長年かけて飼い慣らされた事が大きいかもしれない。

 

 性格の軽さはともかくとして、盗賊シーフにして魔術師マジシャン、そして黄金級ゴールドの冒険者にして受付嬢代理。様々な仮面を持つ彼女の能力に、宗谷は少し興味を持った。

 彼女は有用だろう。盗賊シーフという顔もあり、完全に信用は出来ないが、ここで一つ繋がりを作っておくのも悪くないかもしれない。


「シャーロットくん。君を見込んで頼みがある。今後、魔術師ギルドに顔を出す予定はあるのかね?」


 休暇中に達成しておきたかった予定の一つである、魔術師の杖マジシャンスタッフに付属した魔石の確保。魔術師ギルドに所属している彼女ならば容易だろう。

 魔術師ギルドに繋がりが無い宗谷は、思い切ってシャーロットに頼んでみる事にした。

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