56.白銀級ペア再び

 武器屋を後にした宗谷は、その足で冒険者ギルドに向かう事にした。武器屋の主人マスターの話では、地妖精ドワーフの鍛冶師であるドーガに製作を依頼する際、今は冒険者ギルドに紹介状を書いてもらう必要があるらしい。

 ドーガは二十年前に世話になった古い知人ではあったが、こちらは以前と違い、宗谷と呼び名を変えている上、見た目も昔とは違っていた。過去に名乗っていたレイという名を、相手が覚えているかどうかも確かではない。以前の事は忘れられている事も考えて、正式な手順も用意しておいた方が良いだろう。


 冒険者ギルドの前で、宗谷は見覚えのある二人組に遭遇した。


「……げっ! アンタは」


 ギルドの入り口で声を上げたのは、ぼさぼさの赤い髪を後ろで結んだ眼帯の男、白銀級シルバー盗賊シーフ、ジャッカルだった。


「……おや、手間が省けたね。ジャッカルと言ったな。君を探していたんだ」


 宗谷は中指で眼鏡を抑えると、ジャッカルを睨みつけた。彼は前回引き受けた古砦の救出依頼の時に一悶着あった男で、態度がでかく威圧的だった。おそらく宗谷の事を格下の新人ルーキーと侮っていたからであろう。

 そして昨夜、宗谷を尾行した盗賊シーフ、ラットの上司で、尾行は彼の命令の下で行われたらしい。その事を今から問い詰める必要がありそうだ。


「ちょ、ちょっと待て! ……魔将殺しデーモンスレイヤーの旦那に、喧嘩を売る気はねえよ!」


 ジャッカルは目を見開くと、両手を突き出しながら大声で弁解した。こないだの威勢は何処へやら、宗谷が魔将殺しデーモンスレイヤーとなった今は、随分と弱気のようだった。


「僕を尾行していたラットという盗賊シーフが、君の差し金と白状した。下っ端をけしかけて、喧嘩を売るのが盗賊の流儀なのか?」

「あ、あの野郎ォ……俺の名前は出すなと言ったのに……いや、確かに魔将殺しデーモンスレイヤーの旦那の情報を集めろと指示はした。だが尾行して追い回せとまでは言ってねえ! ……クソッ、あいつ尾行なんてロクに出来ねえだろうに」


 ぶつぶつと呟くジャッカルの身体が、小刻みに震えていた。本当の事を言っているかは半信半疑だが、尾行の指示はしていないらしい。

 ジャッカルは顔を強張らせ、力無く崩れ落ちたかと思うと、突然土下座を始めた。その唐突な変わり身を目にして、宗谷は吹き出しそうになり、思わず口を抑えた。


「僕が何故ここに来たかわかるだろう。これから冒険者ギルドに報告でもしようと考えていたのだがね」


 冒険者ギルドに行くのはドーガへの紹介状を書いて貰う為だったが、この際、昨夜の尾行の件も報告しておくべきかもしれないと宗谷は思った。

 魔将殺しデーモンスレイヤーの称号を笠に着て威張るつもりはないが、今後も昨日のように追い回される可能性があるのは、鬱陶しい事この上無いだろう。


「冒険者ギルド……それだけは、マジで勘弁してくれ。頼む」


 地面に頭をこすりつけるジャッカルを見て、彼の相棒である白銀級シルバー戦士ファイター、ライドが唖然とした表情を浮かべていた。


「……ジャッカル。ソウヤさんを尾行なんてしてやがったのか」

「ライド、お前からも謝ってくれよ。魔将殺しデーモンスレイヤーになった旦那を怒らせる気なんて無かったんだ」


 ライドは額に手を当てて溜息を付くと、宗谷の方に振り返った。


「ソウヤさん、この馬鹿が失礼な事をしたようだ。申し訳ない。……それと、魔将殺しデーモンスレイヤーおめでとう。やはり貴方は只者ではなかったのだな」


 ライドは、ジャッカルの事を謝罪しつつ、宗谷の魔将殺しデーモンスレイヤー達成に対する祝辞を述べた。


「ライドくんが謝る事では無い。討伐の方は、本当に紙一重だった。正直生き残れたのは、幸運だったとしか言いようがない」

「そうか……俺はあの時、行かなくて良かったと思ってる。白銀の魔将シルバーデーモン相手では、何も出来なかっただろう。……それと、ランディは残念だったな。良い剣の使い手だった」

 

 ライドは勇者ランディと、同じ剣士として多少の交流があったようだ。性格は正反対と言えるくらい異なっていたが、同じ白銀級シルバーの剣士として、その死に思う処があるのかもしれない。


「……フン、ソウヤの旦那には悪かったと思ってるが、あの勇者野郎は別だ。無様に死のうが、何とも思わんね。……俺のやる仕事を、下賤だなんだと蔑んでやがったからな」


 ジャッカルが地べたに座ったまま、肩をすくめながら悪態をついた。犬猿の仲だったのだろう。ランディの死が確定した今でも、彼は態度を改めることは無かった。


「ランディくんは、少し正義感が先走っていました。君のような、露悪者を受け入れられなかったのだろう」

「ソウヤの旦那ならわかるだろ。冒険者は綺麗な仕事ばかりじゃねえ。俺達みたいな汚れた歯車だってな、世の中には必要なんだよ」


 ジャッカルは自嘲気味に吐き捨てた。ライドはジャッカルの言葉を否定も肯定もせず、黙って聞いていた。彼はジャッカルの相棒である。彼と共に、汚れ仕事を積極的に引き受ける事を生業とする冒険者なのだろう。

 冒険者ギルドは、明確に違法な依頼こそ請け負っていないが、いわゆる一般冒険者が引き受けたがらないような、グレーな仕事というのも数多く存在していた。


 宗谷も二十年前の異世界転移の際、あまり評判の良くない領主の依頼で、農民の一揆を鎮圧する仕事を冒険者ギルドを介して引き受けた事がある。

 その時は事態を把握し、仲間と奔走し、どうにかして両陣営の和解成立まで持ち込んだが、力を持って鎮圧するというのが、一番手っ取り早く、実入りのある解決法だっただろう。


「まあ、ランディくんは理想が過ぎたとは思います。確かに君のような存在も、冒険者ギルドには必要なのでしょう」


 宗谷は一拍置いて、さらに続けた。


「それはそれとしてだ。まだ君を許したわけではない。ミアくんに失礼な物言いをしたのが、僕としては引っ掛かっている」


 ジャッカルがミアに対し、卑猥な言葉を投げかけた事を宗谷は指摘した。


「は……はは。ミアちゃんには今度謝っておくよ。申し訳無かったと言えばいいかな?」

「それは僕から伝えておこう。今後、彼女には近寄らないでくれ」


 宗谷の威圧的な態度に、ジャッカルが再び怯え始めた。どうやら先程から立ち上がりたくても立ち上がれないらしい。脅しが過ぎただろうか。彼にもプライドがあるだろうし、この辺りで切り上げた方が良いだろう。


「……まあ、このくらいにしておこう。君は盗賊ギルドの幹部なのだろう? 今後世話になる可能性もある。友好的に行こうじゃないか。……だが、以後気を付けてくれよ。紳士で居たいんだ」


 宗谷は腰の抜けた姿勢のジャッカルに手を差し伸べると、昨夜、怖がられた営業スマイルをあえて浮かべてみた。

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