51.黒いロングコートの男

 宗谷はテーブルの前に現れた、黒いロングコートの男を観察した。やや青みがかった白い髪の青年で、無表情の中で揺れる碧眼ブルーアイズが一際目立っていた。ある程度恵まれた体格と、革ベルトで背に吊るされた片手半剣バスタードソードからして、十中八九、剣士だろう。ロングコートの下から僅かに聞こえた硬質な音からすると金属製の防具を着込んでいそうだ。


(手強そうだな。雰囲気的にルイーズさんに似てる)


 宗谷は見た目から感じた雰囲気と、第一声の印象から、目の前に立っている黒いロングコートの男をそう評した。


「……おい、セラン。こっちは宴の最中なんだ。時と場所を選べよ」


 メリルゥが少し酔っているのか、不満そうに、黒いロングコートの男を見上げて睨みつけた。彼女の言う「セラン」という単語は、おそらく黒いロングコートの彼の名前だろう。


「メリルゥか、久しぶりだな。――宴の最中に水を差したのは悪かったよ。要件が済んだらすぐ退散する」


 セランと呼ばれた黒いロングコートの男は、メリルゥを一瞥して薄く笑うと、再び宗谷の方を見た。


「俺はセラン。――貴方は多分、俺の事は知らないだろう」

「申し訳ない。イルシュタット自体、久々に来訪したものでね。街の情報そのものに疎いのですよ」

「やはりな。魔将殺しデーモンスレイヤーを成し遂げたのは、イルシュタットに来て間もない、白紙級ペーパー新人ルーキーと聞いた」


 セランは宗谷の事を、ある程度調査済みのようだった。もっとも宗谷が魔将殺しデーモンスレイヤーを成し遂げた事は、冒険者の間で噂になっているようで、それを調べ上げる事自体は、そう難しい事では無いだろう。


「既に御存知のようですが、僕は宗谷と言います。……セランくんと言ったね。メリルゥくんの言う通り、宴の最中なので、もし冒険に関わる話なら」

「――ソウヤさん。貴方が討伐した白銀の魔将シルバーデーモンだが。赤い角では無かったか?」


 宗谷の言葉を遮るように、セランはやや強い口調で質問した。是が非でも答えて貰うと言わんばかりの、碧眼ブルーアイズの強い眼差しが、宗谷に刺さった。

 赤い角の白銀の魔将シルバーデーモンに因縁があるのか、あるいは単純に戦利品として狙っているのか、いずれにしろ、その事に対して何らかの執着があるようだった。


「……いいえ。白銀の魔将シルバーデーモンは赤い角では無かった。これが、その時の戦利品です」


 宗谷は異次元箱ディメンジョンボックスから、少し銀の混ざった黒色の角を取り出して、セランに見せた。

 すると白銀の魔将シルバーデーモンの角を見た、セランの無表情が一瞬崩れた。薄笑い――そして憎悪の形相。それはまばたきすれば、見逃してしまうような刹那の変化だった。


「――要件は済んだ。ソウヤさん、悪かったな」


 無表情に戻ったセランは、ロングコートのポケットから、三枚の金貨を取り出し、宗谷たちの居るテーブルの上に置いた。


「セランくん。赤い角に何か?」

「――いや。これ以上、宴の邪魔をすると、そこの酔いどれエルフに怒鳴られそうだ。退散させて貰う」


 セランは身を翻すと、宗谷たち三人の座るテーブルの傍から、ゆっくりと立ち去って行った。 


「ちっ……相変わらず、陰気なスカし野郎だ。飯が不味くなる」


 メリルゥは舌打ちし、テーブルに置かれた三枚の金貨に手を伸ばすと、一枚をポケットにねじ込み、残りの二枚を、それぞれ宗谷とミアのテーブルの前に置いた。


「あの、メリルゥさん……これ、貰っていいのでしょうか?」

「いいんだよ。情報料と迷惑料のつもりなんだろ。確かセランは白金級プラチナだ。金には困ってないだろうしな」


 手に取った金貨を眺めながら困惑するミアに対し、メリルゥは適当に返事をすると、ジョッキに入った赤葡萄酒ワインを飲み干した。

 メリルゥいわく、彼は白金級プラチナの冒険者らしい。宗谷の推察した通り、かなりの技量と実績を持った冒険者で間違いなさそうだった。


『……なんだなんだ。面白い事になると思ったのに。終わりか』

『セランさん、相変わらずクールで素敵だわ。彼女は居るのかしら?』

『二人の魔将殺しデーモンスレイヤーか……イルシュタットの冒険者も粒ぞろいじゃないか』


 セランが去った後、好き勝手な事を呟く酒場の客の声に、宗谷が耳を向けると、その中に興味をひくものがあった。


(――二人の魔将殺しデーモンスレイヤー? 彼も・・そうなのか)


 宗谷は思わずセランが立ち去った方を振り向いたが、彼は既に冒険者の酒場を後にしたようだった。


「んだよー、ソーヤ。あいつに興味があるのかー?」


 メリルゥは、一人前のハーブ焼きの若鶏を平らげ、既に二皿目に手を付けていた。そしていつの間に二杯目の赤葡萄酒ワインのジョッキをおかわりし、それも半分以上空けているようだった。


「メリルゥくん、ペースが早いね」

「ひひ……飲み比べなら、負けないぜ。わたしは地妖精ドワーフにだって勝てる」

「飲み比べで地妖精ドワーフに勝てる訳が無いでしょう。……ミアくん、今夜は二人部屋で、メリルゥくんの付き添いをお願い出来ますか?」


 心配そうに様子を見ているミアに、宗谷はメリルゥを頼んでみる事にした。酔いが回って上機嫌の彼女を、一人きりにしておくのは少し危険かもしれない。


「わかりました、ソウヤさん。メリルゥさんの事は、私にお任せ下さい」

「……ん? ミア、なんだ? 私とルームシェアするのか? このさびしんぼめー」


 メリルゥが、急にけらけら笑うと、隣の席に居たミアに抱き着いた。


「きゃあ! メ、メリルゥさん……大丈夫ですか?」

「うーん……うううううぅぅ……」


 ミアは抱き着いてきたメリルゥの背中をさすった。メリルゥは少し気分が悪くなったのか、唸ったまま、中々起き上がろうとしなかった。

 その様子を見ていた宗谷は、ウェイトレスを呼び出し、メリルゥの酔い醒ましの為に、オレンジジュースを注文した。宴が終わった後で、先程テーブルの前に現れたセランの事を彼女に聞こうと思ったが、この調子だと難しいかもしれない。


「……ミアくん。こういった事で、神の力を借りるのは本当は良くないと思いますが。もしメリルゥくんの酩酊が、あまりにも酷いようなら、解毒キュアポイズンの術を使ってあげてください」

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