50.自己評価と再評価

「いえ、あの……ソウヤさんが、白紙級ペーパーを卒業したので、私の役目は終わりですよね……ああ、言ってしまいました」


 ミアの弱々しい呟きを聞いた、宗谷とメリルゥが真顔に変わった。


「……ミア、お前、ひょっとして、ソーヤに捨てられると思ったのか?」

「メリルゥさん、違います。元々私が、白紙級ペーパーだったソウヤさんの付き添いという形で、御一緒させて貰っていたので……捨てるとか捨てられるとか、そういう話ではないんです」


 ミアはメリルゥに弁解した後、自信無さげにうつむいた。少し酔いが醒めたのか、宗谷を見るメリルゥの表情は、真剣な眼差しに変わっていた。


「メリルゥくん、そんな目で見ないで下さい。……まあ、そういう形で、僕がミアくんに冒険の付き添いをお願いしたのは事実です」


 宗谷がミアに目を向けると、彼女はすっかり自信を喪失している様子だった。少し調子が悪いのかと思っていたが、ここまで思い悩んでいたのは予想外だった。

 前回の依頼で、彼女の知り合いだった風を断つ者達ウィンドブレイカーズが、二名の死亡者を出して解散した事も、精神メンタルに強く影響を及ぼしているかもしれない。


「そうだった。白紙級ペーパーの付き添いという形で、君を頼ったのだったな」

「でも、実際は立場が全く逆でした。このあいだも私の力が足りなかったせいで、ソウヤさんを危うく死なせてしまう処で……」

「ミアくん、顔を上げたまえ」


 その強い口調に、ミアは反射的に顔を上げ、目の前の宗谷を見た。


「宴の席だし、この場でとやかく言うのは止そう。だから、一つだけ。ミアくん、自分の悪い処ばかり探すのは良くないな」


 宗谷はミアに対し、そのように諭した。自分の落ち度を探し出す事は実に簡単で、宗谷も草原でミアを助ける時に一度しくじりかけたし、古砦で白銀の魔将シルバーデーモンに遭遇した時も不用意に強襲を受けてしまった。後になって思えば、という事はいくらでもある。

 その事の反省は無論必要だが、減点方式によって自己評価を下げ、自信を喪失させるだけの反省をするくらいなら、まだ何もしない無反省の方がマシという物だろう。


「君は少なくとも、青銅級ブロンズの冒険者としての務めは十分果たしていると思う。今の段階で、それより上の役目が果たせなくても、責められる話ではない」


 これまで一緒に二度の依頼をこなしたが、彼女に落ち度と呼べる物は無かったように思えた。解毒が果たせなかったのも白銀の魔将シルバーデーモンの放った暗黒術による致死毒によるもので、彼女の今の実力では、治療出来なかったのも仕方の無い事だろう。

 後は冒険者としての身近な比較対象が、経験値の高い宗谷やメリルゥであった事も、彼女にとっては酷な事だったかもしれない。


「そういえば、ミアくんが一度だけ、青銅級ブロンズを超えた力を発揮した事があったな。……コニー少年の事、覚えているだろう。彼を救えたのは君だけだ。僕は救う手立てを持っていなかったし、正直言うと、君があの場で少年を救えるとも思っていなかった」


 宗谷はスレイルの森の湖畔で出会った、幽霊ゴーストの少年の事を想起した。ミアは長い祈りの果てに、救済サルベイションという上位の神聖術ホーリープレイを奇跡的に発動させて、少年の魂を救った。あの映画のような幻想的な映像が、未だもって宗谷の記憶に鮮明に刻みついていた。


「あれは私の力では……大地母神ミカエラ様から授かった力で」

「神聖術は祈り手の能力だよ。神官クレリックである君はそう思えなくても、僕はそう捉える。資格の無い祈り手に対して、神が力を貸す事はないだろうから」

 

 あれだけの奇跡を起こしても、全く自信に繋がっていないのは勿体ない話だった。やはり、達成した事の偉業を讃えて、彼女に自信を付けさせるべきだったかもしれない。


「こうやって、今、三人で宴を催せているのは、君のお陰でもある。……そうだろう、メリルゥくん」


 宗谷は真剣な表情で、黙ったまま話を聞いていた、メリルゥに問いかけた。


「……そうだな。コニーも、わたしも、ミアに救われたんだ。ずっと感謝してる。あの時の事は一生忘れない。……そうだ。もし、ソーヤに捨てられたら、その時はわたしと組もうぜ」


 メリルゥは笑いかけながら、ミアの肩に手を回した。


「捨てるとは人聞きの悪い。まあ、確かに僕も言葉が足りなかったのは申し訳ないと思う。……その上で僕は、君から言葉を貰いたいな。ミアくん」


 宗谷は少し微笑むと、意地悪そうな表情を浮かべ、ミアに言葉を促した。


「……ソーヤ、どうしてイジワルするんだよ」

「メリルゥくん、立場という物がある。僕みたいなおじさんが、ミアくんをこれ以上は自分の意向だけで連れ回す訳にはいかない。彼女の神官クレリックとしての力を頼りたい冒険者は、他にも沢山いるでしょうし」


 それから三人の間に、しばし沈黙が訪れたが、やがて不安そうにしていたミアが、決心したように口を開いた。


「ソウヤさん。では、単刀直入に……もし迷惑でなければ、今まで通り、冒険を御一緒させて頂けませんか」

「では、そのように。ミアくん、今後ともよろしくお願いします」


 ミアが絞り出した言葉に対し、宗谷は少し微笑みながら頷くと、彼女に握手を求めた。ミアは恥ずかしかったのか、わずかに宗谷から視線を反らしつつ、それに応じた。 


「ふん……結局一緒か。延々と痴話喧嘩を見せつけられた気分だよ。御馳走様だな」


 メリルゥは冗談めかした口調の後、木製のジョッキに入った、赤葡萄酒ワインを一気に呷った。


「メリルゥくんも、もし良ければどうだろうか? 君の行使する風精霊シルフは本当に頼りになる。それに白銀級シルバー持ちが居れば、依頼の選択肢が広がるのでね」

「……何だよ。ミアには自分から言わせたのに、わたしの事は遠慮無く勧誘するんだな」

「まあ、年上相手ですから」


 少しニヤついたメリルゥに対し、宗谷は真顔で答えた。


「……ソーヤ、お前、わたしを年増扱いする気か。まだそんなに肉体年齢は高くないんだぞ」

「さっき鶏肉の事で、私より若いのに駄目だの、僕に説教したのは君でしょう。論理が破綻している」

 

 宗谷とメリルゥの口論を見ていたミアが、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。


「さて、メリルゥくんの勧誘は後回しにして、とりあえず宴を再開するとしよう。料理が冷めてしまう」



 宗谷が気を取り直し、ハーブ焼きの鶏肉にフォークを伸ばそうとした処だった。宗谷たち三人が座るテーブルに、黒いコートを着た長身の男が近づいて来た。真っ白な髪で、黒い鞘に納められた片手半剣バスタードソードを背負っている。そして彼は、宗谷の目の前で足を止めた。


「……暗灰色ダークグレーの服装、黒髪、黒眼鏡、特徴通り。……貴方がソウヤか? 白銀の魔将シルバーデーモンを討伐したと聞いた」


 この男が現れた為か、周辺の客が少し騒めいているように見えた。宗谷が黒いコートの男を席から見上げると、彼の碧眼ブルーアイズが虚ろに揺れていた。

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