49.ささやかな宴の始まり

「無事、青銅級ブロンズに昇級を果たす事が出来たよ。今度、二人にはお礼をしなくてはいけないな」


 宗谷はスーツの胸ポケットから、出来上がったばかりの青銅級ブロンズの冒険者証を取り出し、ミアとメリルゥに見せた。


「おー、ピカピカだな。はは、これで二度と燃やさずに済むわけだな」

「流石に青銅級ブロンズの紛失となると、再発行も容易ではないでしょうから。丁重に扱う事にします」


 宗谷は茶化すメリルゥの言葉で、白紙級ペーパーの冒険者証を焼失した事を思い出し、苦笑いを浮かべた。ミアは無言のまま、宗谷の持つ青銅級ブロンズの冒険者証をじっと見つめている。


「わたしが白銀級シルバーになる少し前くらいは、青銅級ブロンズ証は緑青ろくしょうで薄汚くなってたが、ソーヤなら、そうなる前に駆け上がれるかもな」

「まあ、急いで駆け上がるつもりはありませんが、依頼制限もあるので、さらなる昇級を目指すつもりです。……おや、来たようだね」


ウェイトレスが、木製のジョッキに注がれた麦酒ビールを二つ、それとミルクの入った木製のコップをテーブルに運んできた。


「ソーヤは、麦酒ビールで良かったか? 二人分頼んでおいたぜ」

「ここでも、最初は麦酒ビールのようで。……まあ、それで構いません。どうも」


 宗谷は普段麦酒ビールは殆ど飲まなかったが、気を利かせて注文してくれたメリルゥに悪いと思い、特に文句は言わなかった。代わりに運んできたウェイトレスに、飲みたかったウイスキーのストレートを注文した。


「ミアはアルコールはダメで、ミルクなんだってさ。教義の問題って言ってたか? 厳しいんだな、大地母神ミカエラってのは」

「……すみません、御二人に付き合えなくて。二十歳を迎えていれば大地母神ミカエラ様の教えでも問題ないのですが」


 ミアは、ミルクの入ったコップを手にしながら、申し訳無さそうに二人に伝えた。いずれにしろ、未成年と言える年齢の彼女は、アルコール等は飲まない方が身の為だろう。


「酒は無理に付き合う物ではないさ。……それより、ミアくん、大丈夫かね? 元気が無いようだが」

「えっ……はい。大丈夫ですよ。旅の疲れは取れましたし、ちゃんと食欲もあります」


 今日のミアは口数が少なかった。やはり前回の冒険は、色々堪えたのかもしれない。幸い白銀の魔将シルバーデーモン討伐の褒賞金で、数ヶ月分の生活費は賄えるので、次の依頼で切羽詰まる事は無さそうであった。リスクの低い依頼が来るまで待つのも悪くないだろう。


「よし、始めるぜ。……まあ、冒険は良い事ばかりじゃなかったからな。……今回はソーヤの青銅級ブロンズ昇級を祝って。……でいいか? 乾杯」


 メリルゥが音頭を取る。森妖精ウッドエルフにしては、かなり世間慣れをしているようで、その仕切る様子に、宗谷は感心した。前回の依頼の結末を考えてか、三人は慎ましやかに飲み物をかざすと、各々が手にした飲み物に口を付けた。

 それから、しばらく他愛もない談笑をしていると、メリルゥが頼んだと思われる、若鶏のハーブ焼きが、ウェイトレスの手によって運ばれてきた。……その数は五人前。それに加え、ボールに入ったポテトサラダがテーブルの中央に置かれた。


「は……? メリルゥくん。これ、注文オーダーしましたか?」 

「ああ。わたしが頼んだ。安心しろよ、わたしが三人前食べるからな」


 メリルゥは、目を輝かせて鶏肉を見つめていた。真ん中に置かれたポテトサラダ入りのボールを囲むように、テーブルを覆った五皿の鶏肉の陣形フォーメーションに、宗谷は少し気分が悪くなり、思わず口を抑えた。


「……なんだなんだ、ソーヤ、お前なぁー、わたしより全然若いのに、そんなんじゃだめだぜ」

「残念な事に、若くないんですよ。百年引き籠って、成長の止まっていた森妖精ウッドエルフと一緒にしないで下さい」


 宗谷は人間と森妖精ウッドエルフの年齢を同一視するメリルゥに文句を言った。森妖精ウッドエルフは草食の筈だが、旅に出るような森妖精ウッドエルフはやはり何処か違うようだ。二十年前の知り合いの森妖精ウッドエルフもそういえば肉を普通に食べていた。エルフが草食系という言い伝え自体、実は間違っているのかもしれない。


「……ああ? 誰が、胸の成長が残念なとこで止まったって?」

「そんな事は言ってませんよ」


 いつの間にメリルゥは、赤葡萄酒ワインの入った木製のジョッキを手にしていた。宗谷は乾杯の後、料理を待つ間に、彼女がアルコールをお代わりをしたのを思い出した。まだ問題なさそうだが、この感じからして酔うと面倒なタイプに思えるので、注意しておく必要があるかもしれない。


「はい。ソウヤさん」


 ミアがボールに入った、ポテトサラダを小皿に盛り付けて、宗谷に手渡した。同じように、メリルゥと自分の皿にもポテトサラダの盛り付けを終えて、配膳をした。


「ミアくん、ありがとう。すまないね。気を使わせてしまって」

「いえ……あの、ソウヤさん」


 ミアは席を立つと、宗谷の耳元に口を寄せて、小声で囁いた。


「あのですね……ソウヤさんは、これから、どうなさるんですか?」


ミアは宗谷の耳元でそのように囁いた。


「……どうなさるって。ミアくん、それはどういう意味?」


 宗谷はミアの質問の意図が分からず、質問で返した。


「あ、いや……そのままの意味です」

「おい……ミア、なんだ。ソーヤと内緒話なんてして」


 メリルゥが、ミアの耳打ちを指摘した。少し酔いが回っているのか、メリルゥの声は少し大きかった。周囲の客の視線が気になったのか、ミアは、気まずそうにうつむいたまま席に戻った。


「……ちっ、なんだよ。このあとソーヤと、逢引でもするつもりだったのか」

「は……ちっ、違いますよ! メリルゥさん、こんな人目があるところで、なんて事言うんですか!」


 ミアは顔を真っ赤にすると、我慢ならないとばかりに両手を伸ばし、メリルゥの両頬をつまんで引っ張った。


「……こうです!」

「わ、わ、わ、やめろ、いだだだだ!」

 

 身を乗り出しながら、メリルゥの頬をひっぱるミアを見て、宗谷は思わず吹き出しそうになったが、すぐ止めに入った。


「くくっ、ミアくん、ミルクで酔った訳ではあるまい。……何か言いたい事があるのなら、僕にわかりやすく話してくれると助かるのだが」


 宗谷は微笑を浮かべると、新たに注文オーダーした、ウィスキーの入ったショットグラスを呷りながら、何処か挙動がおかしいミアに対し、単刀直入に聞いてみた。

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