48.魔将殺しの名声

 受付嬢のルイーズから青銅級ブロンズの冒険者証を受け取った宗谷は、冒険者ギルドの隣にある冒険者の酒場に入ると、先に来店したミアとメリルゥが居るテーブルを探した。


「お前らなぁ……これから宴会なんだよ。しっしっ、どっかいけよ」


 酒場に入ると、メリルゥの声が聞こえた。喧嘩腰の言葉からして、何か揉め事だろうか? 宗谷が声のする方に視線を向けると、壁際のテーブル席に居るメリルゥとミアの傍に、冒険者と思わしき二人の男が立っていた。


「メリルゥさん、随分つれない態度だな。宴会というなら、これから一緒にどうだろうか? 俺たちもさっき冒険を終えたばかりなんだ」

「そうそう。二対二なら丁度いい。ミアちゃん、メリルゥちゃん、今後の話も含めて、食事でもしながらさ」


 一人は胸当てブレストプレートを纏い、長槍ロングスピアを担いだ短髪の男。もう一人は、学院アカデミーの制服を着こなし、左手に魔術師の杖マジシャンスタッフを持った長髪の優男。戦士ファイター魔術師マジシャンのコンビと言った所だろうか。二人とも若く洒落ていて、口調は軽薄な印象を受けた。そして、しつこく食い下がる二人に対し、メリルゥは不快感を全く隠さなかった。


「……おい、ミア、言ってやれ。お前らみたいなチャラい奴らは、私の趣味じゃないって」


 メリルゥは、黙って見ているミアに言葉を促した。


「……あのですね、折角のお誘いですが、これから」

「ミアちゃん、僕達は君のような神官クレリックを探してるんだけど、なかなか見つからなくてね」


 魔術師風の優男は、先手を取るようにミアの言葉を遮ると、ウインクをしながら、ミアの両手を握った。


「ミアちゃん、今、フリーなんでしょ? それとも、メリルゥちゃんとコンビなのかな?」

「えっ……あの、私は……」


 ミアは何か言いかけたが、言葉を途切らせ、うつむいて押し黙ってしまった。宗谷は、テーブルの会話が一区切りするのを待つつもりだったが、男の態度が徐々にエスカレートしているのを見て、割って入ったほうが良さそうだと判断した。


「……ミアくん、メリルゥくん、待たせたね。遅くなって申し訳ない」


 宗谷はわざとらしく手を上げながら、ミアとメリルゥが居る、テーブルの方に歩み寄った。


「あっ、ソウヤさん」

「ソウヤ……? なになに、ミアちゃんの知り合い?」


 優位に進めていた話の腰を折られ、魔術師風の優男は、あからさまに不愉快そうな口調だった。

 

 その時、ソウヤという名前に反応したのか、酒場内が少し騒めいた。


「ん……ソウヤだって? ……あの魔将殺しデーモンスレイヤーになったっていう、ソウヤか?」

「あいつかソウヤ……そう言われてみると、どこか雰囲気がある」

「へぇ……彼が。後でサインでもお願いしてみようかしら?」


 宗谷に対し、酒場にいる客の視線が注がれた。続けて、誰かの口笛の音。白銀の魔将シルバーデーモンを討伐した宗谷の名は、ここ数日で急速に知名度が上がっていた。実際、気の早い冒険者が、勧誘の為に接触して来たが、宗谷はそれに対し断りを入れたばかりだった。

 この二人組は冒険から帰ったばかりで、悪魔殺しデーモンスレイヤーを成し遂げた宗谷の名は、まだ聞き及んでいなかったようだ。


(やれやれ。……だから、良い事ばかりではないと言ったのだ。面倒な)


 宗谷は、辺りに聞こえないくらいの小さな舌打ちをし、眼鏡に手を当て嘆息した。現実世界で、部長補佐の昇進を固辞し続けた事を思い出した。宗谷の順調な昇進に対し、先輩から恨みを買った事もあった。面倒ごとが増えると、とにかくストレスが溜まる。それは自己顕示欲というちっぽけな物に対して全く帳尻が合わない。


「……ちぇっ、なんだ。……魔将殺しデーモンスレイヤー様が相手じゃ立場が無い。退散するよ……。じゃあね、ミアちゃん」


 魔術師風の優男は、両手を大袈裟に広げ、降参のポーズを取ると、そそくさとテーブルから退散した。


「おいおい……待ってくれ。魔将殺しデーモンスレイヤーか、とんでもないな。……すまない、邪魔したね。メリルゥさん、また機会があれば」


 長槍ロングスピアを担いだ戦士風の男も諦めた様子で、先に退散した優男を追う。


「ちっ……ソーヤ、遅かったじゃないか。どこで油売ってやがったんだ」


 メリルゥは、余程二人組の男にイラついたのか、近づかれた原因と言えなくもない、宗谷の遅参を叱責した。


「すまなかった。少しルイーズさんと話し込んでしまってね。……ところで、先程の御二方は、知り合いかね?」

「わたしは知らないよ。その割に、やけに馴れ馴れしい、軽薄そうなヤツらだったが……まあ、態度からして、ミア目当てだろ」


 メリルゥが恨みがましくミアを睨むと、ミアは申し訳なさそうに、ぎこちなく笑う。こうは言っているが、戦士風の男はメリルゥに対して、ちょっかいを出していたようにも見えた。それぞれが、ターゲットを決めていたのかもしれない。


「ごめんなさい。彼らについては私もよく知りません。……専業の神官クレリックは稀少らしくて、ああいった勧誘は以前からたまにあったので」

「……神官クレリックが見つからないとかどうとか、ナンパの手口に決まってるだろ。あのロン毛、ミアをこーんな、いやらしい視線で見てたぞ」


 メリルゥがジト目で、ミアの育った胸を凝視すると、視線に気づいたミアは、慌てて身体を両手で抑えた。


「しかし、ソーヤもすっかり有名人だな。魔将殺しデーモンスレイヤー様と知り合いで、わたしも鼻が高いぜ」

「あまり言いふらしたりしないで貰いたいね。それにメリルゥくん。君だって、それを名乗る権利はあったのだから」

「そんな不相応な称号はいらない。あの中で名乗っていいのはソーヤくらいだ。諦めろ」


 メリルゥとミアも、魔将殺しデーモンスレイヤーを成し遂げたパーティーの一員だったので、それを名乗る権利はあったが、二人とも辞退した。

 実力不相応の称号は、メリットよりデメリットが大きいと判断した為だった。宗谷も辞退したかったが、冒険者ギルドの意向として、パーティーの誰かしら最大貢献者に、称号を付与したいという意向から、満場一致で宗谷に決まった。彼一人で成し遂げた訳ではないとはいえ、一人与えるとしたら彼を置いて他も無いだろう。

 

「まあ、仕方ありませんね。……ところで、もう注文オーダーはしたのですか?」


 宗谷は着席すると、いつもより息苦しく感じた、スーツのネクタイを少しばかり緩めた。

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