第4章 地妖精と来訪者達

47.青銅級の冒険者証

 宗谷たちが引き受けた古砦の救援依頼は、後味の悪い結末を迎えてしまったが、それでも冒険の旅からの帰還を祝い、宗谷、ミア、メリルゥの三人は冒険者の酒場で、ささやかな宴を開く事にした。


「暗くなるのは止そうぜ。それが世を去った冒険者達への礼儀って奴だよ。……そういえば、ソーヤ、お前、青銅級ブロンズになったと言ってたよな」


 冒険者の酒場の前で、森妖精ウッドエルフの少女メリルゥが、宗谷に尋ねた。彼女はやや長めの緑色のおさげと、膝までのスカートといった、幼さが強調されるような身なりと容貌をしていたが、それに似合わず随分とすれていて、言動からしてかなり世慣れをしていた。


「ええ。昨日、報酬を受け取った時に青銅級ブロンズの申請をしておきました。これからギルドに冒険者証を受け取りに行こうかと」


 宗谷はメリルゥの質問に返答をした。彼はこの世界では基本見る事の無い暗灰色ダークグレーのビジネススーツと黒縁眼鏡を身に着け、今日は前回冒険を共にした仲間との別れの挨拶があり、黒い髪を後ろに流し、身なりを整えていた。


 二つの依頼を達成した宗谷は青銅級ブロンズへの昇級が決まったが、本来白金級プラチナの冒険者達が対処するべき白銀の魔将シルバーデーモンを打倒したのだから、白金級プラチナ相当の証が相応しいのかもしれない。だが昇級には、各階級ごとに最低依頼回数というのが定められていて、飛び級は原則認められていない。

 ただ、白紙級ペーパーの冒険者が、魔将殺しデーモンスレイヤーとなる事自体が前代未聞の事件であり、王都にあるギルド本部での月例会議の議題になる事と、その際、何かしらの特例が認められるかもしれないとの事を、ギルドの職員から宗谷に伝えられた。


「それじゃ、ソーヤの青銅級ブロンズ昇級祝いも兼ねて、今日はわたしの奢りだ。ミアも遠慮するなよ」

「……あ、はい。メリルゥさん、ありがとうございます。御馳走になりますね」


 メリルゥに御礼の返事をしたミアは、何処か憂うような表情で、長く煌びやかな金髪を微風になびかせたまま、うつむき加減で考え事をしていた。もし両手を組んでいたら、純白の大地母神ミカエラの神官衣と相俟あいまって、祈りのような動作にも見えただろう。


「冒険者ギルドはすぐ隣だし、今すぐ冒険者証を受け取りに行ってくるとしよう。御二人は先に席を確保して下さい」


 宗谷はミアとメリルゥに一旦別れを告げると、一人、冒険者ギルドへ足を運んだ。




 宗谷が冒険者ギルドに訪れると、ギルドの受付嬢、ルイーズが待っていた。


「……ソウヤさん。こんにちは。青銅級ブロンズ昇級、おめでとう」 


 ルイーズは、宗谷に出来上がっていた青銅級ブロンズの冒険者証を渡した。彼女は普段と変わらずタイトなギルド職員の制服が良く似合っていたが、声と表情に、いつものような冴えが無い。動作で揺れる蜂蜜色の髪が、宗谷の目には、何処か悲しげに映った。


「おめでとう。という割には、随分と浮かない顔だね」

「……ごめんなさい。私はこういった事に、動じない人間だと思ってたのだけど。……全然駄目ですね」


 ルイーズは薄く笑うと、うつむいた。彼女の手配した依頼で、風を断つ者達ウィンドブレイカーズのランディとバドが命を落とし、結果パーティーは解散に至った。

 イルシュタット支部で期待されていた新鋭パーティーだったという事もあり、責任を強く感じているのだろう。あるいはギルド内部で、彼女が依頼を捌いた事に対する、突き上げがあったのかもしれない。普段の明るい彼女を知る宗谷から見ると、落ち込み様は少し深刻に思えた。


「らしくないですね。ルイーズさん、貴方は白金級プラチナの熟練だ。冒険者の死という物に、何度も立ち会っているでしょう。ランディくん達に期待してたのはわかりますが」

「……ソウヤさん」

「長く冒険を続ければ、死に直結する理不尽に一度や二度は必ず直面する。……その理不尽をいかに回避するかという事も、冒険者の資質という物。それは貴方が一番良くわかってる筈だ」

「でも、私が決めた事が、この結果を……」

「貴方のせいではない。それを言いたかった。もしかしたら、誰かに何かを言われたのかもしれないが、それは結果論という物だ」


 宗谷の強い言葉に、ルイーズはうつむいて暫し沈黙していたが、やがて口を開いた。


「……ソウヤさんが、白銀の魔将シルバーデーモンを一人で倒したと聞きました」

「僕一人で何とかなった訳ではない。皆の力を合わせた結果だよ」

「でも、それでも、殆ど一人で討ち果たしたと聞きました。……ミアも、メリルゥも、トーマスくん達も、私の判断で、みんな死なせてしまうところだった。ソウヤさん……とても感謝しています」


 お辞儀をする、虚ろげなルイーズの瞳が、少し潤んでいるように見えた。彼女を見た第一印象は、タフでしたたかな女性だったが、やはり今回の件は、相当に堪えているようだった。


白銀の魔将シルバーデーモンを、ほぼ単独で倒せる人間なんて、私の知る限りでは……どうして、そんなに強いんですか?」

「僕の能力は、他人に誇示出来るような物では無い。こうやって今、生き長らえているのも、ずる・・をしたようなものだ。……申し訳ないが」


 宗谷は、女神エリスの祝福による蘇生を思い出して、目を閉じ首を横に振った。あのような奇跡の力が、今回死んでいった者達にも備わっていたらと思うと、若干、不公平アンフェアを感じずにはいられない。


「それでは、ルイーズさん。僕がこなせそうな仕事があれば、またお願いします。……今回の件は、不運が重なったイレギュラーな物でしょう。僕は今後も、貴方を全面的に信頼しています」


 宗谷はルイーズに微笑むと、身を翻して、ギルドの入口に向けて歩き出した。


「あの……ソウヤさん」


 ギルドから立ち去ろうとする宗谷を、ルイーズが呼び止めた。


「剣の相手なら申し訳ないが、遠慮願いたい。きっと貴方の方が腕が立つ」 

「違うんです。あのですね……もし……」


 宗谷が振り向くと、ルイーズと目があった。ルイーズは一瞬硬直し、顔を真っ赤にすると、慌てて両手で顔を抑えた。


「どうかしましたか?」

「……いえ、なんでも。今日は……調子が狂うわね…………あの、ソウヤさん、また会いましょう」


 ルイーズは顔から手を退けると、取り澄ました表情で、いつものように微笑みながら、宗谷に別れを告げた。励ましの言葉で、多少元気が戻っただろうか? 剣の達人で、何時も隙のない構えを見せているルイーズが、今日は隙だらけのように宗谷は感じた。

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