44.後の処理と帰還
女神の祝福を受け、永遠の眠りにつく筈だった、宗谷の肉体は復活を遂げた。
土の匂い。おそらく砦の外まで運び出されたのだろうか。宗谷が薄目を開けると、既に空は深青に染まり、数多の星が輝き始めていた。
「ソーヤ、おい、死ぬな! 死ぬなよ……うう、ちくしょう……」
目の前ではメリルゥが、悲痛な声を上げて身体を揺すっている。どうやら、死んでしまったと思い込んでいる様子だった。無理もない。今、まさに死んで、生き返ったばかりなのだから。
「……やあ、メリルゥくん」
宗谷は身体の感覚が戻った事を確認すると、不意に手を伸ばし、メリルゥの両肩を掴んだ。
「う……うわああああぁ!」
不意打ちを受けたメリルゥが悲鳴を上げ、
「成仏しろ!」
「失礼な。今死ぬなと言ってたばかりでしょう。まだ生きてます」
宗谷は上体を起こし、ビジネススーツに付いた土埃を払い落とすと、両手で崩れた髪を後ろに流した。
「……ソーヤ、お、お前、……完全に、鼓動が止まったのに……それに……毒はどうした?」
メリルゥは呆気にとられた表情で、震え声でぶつぶつと呟き出した。
「ちょっとした
宗谷がメリルゥの顔を見ると、目が真っ赤になっていた。
「……え? はあ、泣いてねーよ。塵が入ったんだ……人の生き死にくらいで、この、わたしが泣くわけないだろ」
そう言いながら、目をこすり、鼻を啜っているメリルゥを見て、宗谷は微笑を浮かべた。
「素直で無いですね。……ところでメリルゥくん、あれから何時間くらい経ちましたか」
宗谷は適当な大きさの岩を見つけ、腰を掛けると、星空を見上げて呟いた。砦に侵入したのは、日が落ちる前だったので、数時間は経過しているだろう。
「そうだな……三時間くらいか? ……とりあえず、ソーヤとミアとレベッカ、後はランディの身体だけ入口まで運び出しただけだよ」
宗谷が辺りを見回すと、ミアが毛布に包まれて眠りについていた。魔力枯渇による昏睡は、もうしばらく目覚めに時間がかかるだろう。
「……トーマスくんは?」
「あいつはギルドに救援要請に行った。遺体もあるし馬車が必要だろうからな。……レベッカもあんなだし、砦内部もめちゃくちゃだし、とっ散らかってて、わたしたちじゃ手に余る。村への説明やらの後処理は、ギルドの連中に任せるべきだな」
誘拐された村人三名の救出は失敗に終わった。三人とも既に儀式の生贄に使われていたので、最初からその芽自体が無かったかもしれない。ランディ率いる、
宗谷はレベッカを見ると、泣き疲れたのか、うずくまる様に眠りについていた。傍にはランディの亡骸が一緒だった。
「……厳しい結果になった。メリルゥくん、君の言う通りになってしまった」
「……まあ話を聞く限りはな、厳しいと思ったよ。……残念だけど、わたしたちは全力を尽くしたし、救援のわたしたちが誰も死ななかっただけマシだ」
「それは確かに。
「……そうだ。ソーヤが生きてたなら、当然これはお前が受け取るべきだ」
メリルゥが、無造作に地面に置かれていた角を拾い上げると、宗谷に手渡した。
「おや……僕が貰っていいのですか。今後の事を考えるとありがたい物だが」
メリルゥが渡したのは
「お前をおいて他に誰がいるんだよ。……これで
「それを名乗りたいとは思わない。一人で成し遂げた訳でも無いし相討ちだ。過大評価と言うものだろう」
宗谷は今後の事を考え、少し気が滅入っていた。相討ちではあるが、
「……ソーヤ、少し顔色が悪いな。寝ておけよ。見張りはわたしに任せろ」
「メリルゥくん、君も疲れている筈だ」
「先輩の言う事は素直に聞いておけよ」
「それでは、お言葉に甘える事に。……眠くなったら、いつでも起こして交代を要求して下さい」
体調は実の処、女神エリスの祝福により万全である。だが、メリルゥに余計な心配をさせるのも悪いと思い、宗谷は焚き木の前で
翌日。早朝に宗谷が目を覚ますと、先にミアは目を覚ましていた。
「……ソウヤさん、おはようございます。……無事で良かった。ごめんなさい、私の力不足で」
魔力枯渇による昏睡で、良く眠れた筈の彼女も、瞳は充血し、目の回りに泣き腫らした痕があった。
「……メリルゥくんは? 結局、一晩見張りを任せてしまったか」
「私と交代で眠りにつきました。夜明け前くらいです」
メリルゥは大の字になって眠りについていた。毛布をかけたのはミアだろうか。メリルゥの方が疲れてた筈なので、申し訳ない事をしたと宗谷は思った。
「ミアくん、回復を良く頑張ってくれた。
「……私がお役に立てたでしょうか。自分の無力を嘆くばかりです」
「ミアくん、あまり自分を過小評価し過ぎるのは良くないな。……それより気分はどうかね。トラウマになりかねないくらい厳しい戦いだったが」
「大丈夫です。今は落ち着きました……それよりレベッカさんの方が」
ミアは俯き加減で、レベッカの方を向いた。レベッカも既に目を覚ましていて、ランディの亡骸の傍で虚ろな表情で座っていた。
「レベッカくん」
宗谷はレベッカの方へ近づいた。ミアもそれに倣い、ゆっくりと歩み寄る。
「……ソウヤさん。助けて頂いて、ありがとうございました。ミアも、ありがとう。ランディに
だが、ランディを蘇らせることは叶わないだろう。それを行える者は、宗谷が知る限りでは一人しか居ないし、それも大昔の話で、その人物が今どこに居るかさえわからない。
「君の魔法に助けられた。礼を言う。あと、借りた
「……いえ。気にしないで下さい。それに、もう、いいんです……ソウヤさん、すごい
レベッカの声は活力を失っていた。愛する幼馴染を失ってしまったのだから無理もない。何を言うのも辛いだろうから、そっとしておくべきかと思ったが、宗谷はあえて口を開いた。
「レベッカくんと、ランディくんは幼馴染と言ってたね」
「……はい」
「……レベッカくんを真っ先に逃がしたのは、幼馴染の君を助けたかったのだろう。突入に反対した君に対する、責任を感じたのかもしれない。……血気盛んで挑発的な子だったが、僕は嫌いではなかった。ルイーズさんも良い才能を持っていると言っていた。……勇者である彼の冥福を祈ろう」
それを聞いていたレベッカは、肩を震わせて涙を流し始めた。ミアが慰めるように彼女に寄り添う。宗谷は沈痛な面持ちでそれを見ていた。
(また、泣かせてしまった。――気の利いた事も言えない、自分という存在がいい加減、情けなくなるな)
宗谷が天を仰ぐと、自らの心持を表すかのように、空は鉛色に染まっていた。
冒険者ギルドから派遣された、二台の馬車が到着したのは、それから二日後の朝の事だった。これからギルドの職員が砦に入り、砦内部で起きた事の調査を行うようだ。
発生した事件の経緯や、討伐報酬対象の
ギルドの職員に後処理を任せ、宗谷たち討伐隊の五名を乗せた馬車は、イルシュタットの街に向けて走り出した。
こうして五人が生きているのが幸いとも言えるくらいの出来事だったが、依頼自体は、後味の悪い決着になってしまった。とにかく今は全員、肉体的にも精神的にも休息が必要だろう。
帰路の馬車に揺られながら、宗谷は日記帳代わりにしている、羊皮紙製のノートとペンを手に取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます