45.報酬と一つの別れ

 砦での激闘を終え、イルシュタットに帰還してから三日後。冒険者ギルドから報酬が正式に渡される事になった。

 小鬼ゴブリンの首が計二六体で金貨五二枚。村人の安否確認で金貨十二枚。破滅神ラグナス闇司祭ダークプリースト討伐で金貨二五〇枚。ランディとバドの安否確認で金貨一二枚。それに加え、白銀の魔将シルバーデーモン討伐の特別報酬が金貨五〇〇枚。全て合算すると金貨八二六枚分の報酬。


 金貨八二六枚を五等分すると、一人あたり金貨一六五枚ほどとなるが、宗谷の強い希望で、トーマスとレベッカに多く報酬が割り振られることになった。殆どの小鬼ゴブリンを倒したのが風を断つ者達ウィンドブレイカーズという点と、パーティーの死亡者に対する慰労金を込めて。後は、宗谷が壊してしまった、レベッカの魔術師の杖マジシャンズスタッフの賠償も兼ねていた。

 七等分で計算して報酬は一人あたり金貨一一八枚。トーマスとレベッカだけ、二人分である、金貨二三六枚分の報酬が渡された。



 翌日。討伐隊として参加した宗谷たち五名は、町外れにあるイルシュタットの馬車停留所に居た。メンバー二名を失った風を断つ者達ウィンドブレイカーズは解散し、トーマスとレベッカは故郷の村に帰る事になった。宗谷、ミア、メリルゥの三人はその見送りに訪れていた。


「ソウヤさん、世話になったな……ありがとう、こうして生き残れたのは貴方のお陰だ」


 停留所の馬車の前で、狩人のトーマスが、宗谷に頭を下げた。


「トーマスくん、助けられたのはお互い様です。……故郷の村に帰るのですね。それと冒険者を辞めると聞きました」

「ああ。ランディの両親に報告をしなくちゃいけないし、レベッカはしばらく療養が必要だ。放ってはおけない……勇者の従者としての役目は終わった。俺は狩人に戻る」


 トーマスは元気が無かったが、精神が不安定な状態のレベッカと違い、しっかりとした受け答えが出来ていた。飄々とした性格の彼は、村に戻ってからも心配は無さそうに思えた。


「それより、かなり報酬を貰ってしまったが、本当にいいのか……?」 

「これから色々大変でしょうから、遠慮無く。ランディくんの遺族への補償や、村行きの馬車の代金もあるでしょう」

「しかし……」

「トーマスくん、年配の者の奢りは素直に受け取る物だ。歳を取ると、何かと若者に対して格好付けたくなる。わかってくれたまえ」


 宗谷は微笑を浮かべ、気取ったようにトーマスに伝えると、無表情だったトーマスは、少しだけ表情を崩し、笑みを見せた。


「わかった。素直に受け取っておくよ。……ソウヤさん、貴方の事は忘れない」


 会話の後、宗谷とトーマスは堅い握手を交わした。


「あばよ、トーマス。弓の並び撃ち、楽しかったぜ。……最後に。わたしとお前、どっちの方が、弓の腕が良かったかな?」


 メリルゥはにやけたように笑うと、上目遣いでトーマスを見上げた。勝ち誇ったような態度からして、彼女は自分の方が上手いと思っているようだった。命中率でも数えていたのかもしれない。


「そりゃ……俺かな。弓のでかさが違う。……メリルゥさんの玩具みたいな弓じゃ、二回当ててやっと俺の一回分だ」

「……お、玩具って、おまえ、言い方をな! ……んなでかい長弓ロングボウ引ける奴は、お前くらいだろ!」


 上背が四十センチは違う、トーマスとメリルゥでは、手持ちの弓のサイズが大きく異なっていた。メリルゥの短弓ショートボウはやや小型なくらいで標準的な物だったが、トーマスにとっては玩具のようなものかもしれない。


「はは、俺は力が取り柄だからな。……でも冒険者としてはメリルゥさんの方が上だ。風はトモダチって言ってた意味がよくわかったよ」

「……ふん、いい狩人になれよ」


 メリルゥは、トーマスの誉め言葉に機嫌を直すと、トーマスの広い背中を叩いた。


「……トーマスさん、どうか、レベッカさんをよろしくお願いします」


 ミアは、心配そうな表情でトーマスに頭を下げた。レベッカは、馬車の中でランディを納めた柩に寄り添ったまま、挨拶には来なかった。


「ああ、任せておけ。……すまなかったな。ランディの事で色々。まぁ、あいつなりに真面目な思いがあったと思う、あくまで、俺から見た感じでだが」


 トーマスの言葉にミアはうつむいた。ランディやレベッカを含めた人間関係に悩まされていたが、このような形でレベッカと和解をする事になったのは、彼女にはとても辛い事だろう。


「あとは、レベッカが挨拶に降りてこなくてすまないな。……でも、ソウヤさんが、ランディの亡骸を助けてくれた事を強く感謝してた。俺からも礼を言う」


 それを聞いて、宗谷は少しだけ心が軽くなった気がした。ランディの亡骸が残った事は、せめてもの慰めにしかならないかもしれないが、今の彼女にはそれが必要かもしれない。


「……皆、それじゃあな。縁があったら、また会おう」


 トーマスとレベッカ、そしてランディの柩を乗せた馬車は、三人の故郷へ向けて走り出した。その様子を宗谷たちは、馬車が見えなくなるまで眺めていた。



「さて……あいつらの見送りも終わったし、帰って飯でも食おうぜ」


 メリルゥのあっけらかんとした声に対し、宗谷もミアも、別れの余韻が残ったままなのか、沈黙したままだった。


「……なんだなんだ、二人とも暗いな。……よし、今日はわたしの奢りだ。派手に飲み食いしようぜ」

「おや、メリルゥくん……いいのですか?」

「ソーヤ、お前、年配の者の奢りは素直に受け取る物と、さっき言ってただろ。……言っておくが、わたしの方が年上なんだぞ」


 年上ぶるメリルゥを見て、宗谷は笑うと、メリルゥの髪をくしゃくしゃと撫でた。


「メリルゥくんは、いい子ですね。では遠慮なく御馳走になります」

「あっ……ソーヤお前、くそっ、皆して子供扱いしやがって……ふざけるな!」


 メリルゥが頭から宗谷の手を払い除けると、宗谷を睨みつけた。


「くくっ……では、ミアくん、行きましょうか」

「……あ……待ってください」


 笑いを堪えながら、身を翻して歩き出した宗谷を追うように、ミアも歩き始めた。

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