32.昼食はパスタの店で

小鬼ゴブリン……これは緊急事態のようだ。邪魔をしてはいけないな」


 冒険者ギルドに飛び込んできた村人らしき男は、息を切らし、狼狽をしていた。冒険者にとっては取るに足らない小鬼ゴブリンでも、村人にとっては十分な脅威だろう。


「ソウヤさん、ごめんなさいね。少し間を置いて、また再申請に来て貰えるかしら」

「いえ、紛失した僕のせいです。どうか依頼対応を最優先にして下さい。また後で伺います」


 ルイーズは村人らしき男に、水の入った陶器製のコップを手渡すと、依頼内容を確認する準備をしていた。ランディ達一行の四名も、近くのテーブルに陣取り、ルイーズと共に男の話を聞く体勢を整えている。もし条件が合えば、依頼は彼らが受ける事になるだろう。


「ミアくん、僕達はお暇しよう」

「はい、ソウヤさん」


 宗谷の後に、ミアがついていった。そのまま冒険者ギルドを退出しようと、ランディの傍を横切った時だった。


「ソウヤさんと言ったね。また会おう。……私は負けない」


 拳を握る、ランディの澄んだ声が響いた。




「……ソウヤさん、すみません。本当に助かりました。……はぁ」


 冒険者ギルドを出ると、ミアは人目をはばからず、大きくため息をつき、何度か深呼吸をしていた。


「――お疲れ様。少し歩きながら話そう。何処かで昼食でも」

 

 宗谷はミアを労わった。非常に疲れた様子を見せているのは、長旅から戻ったばかりという理由だけではないだろう。

 冒険者ギルドは冒険者の酒場に繋がっているので、そこで昼食を取っても良かったが、あまり盗み聞きされたくない会話も交えそうだったので、ミアがお勧めというパスタの店に案内して貰った。

 宗谷は挽肉ひきにくを使ったパスタと、サラダに赤葡萄酒ワイン、ミアは茸と野草のパスタとサラダを注文した。待ち時間の間、宗谷は冒険者ギルドで会った、四人の冒険者の事を、ミアに聞いてみる事にした。


「ランディくんと言ったね。勇者と名乗っていたが。邪竜殺しの血筋の者なのかね?」

「はい。そうみたいです。……ソウヤさんも、勇者アンセルムはご存知なんですね」

「有名だからね。かなり昔、知人にアンセルムの子孫が居たよ。……まあ、アンセルムはあんな人だったから、そこまで珍しい訳ではない」


 勇者アンセルムは、約三百年前の英雄だった。仲間と共に、古代竜エンシェントドラゴンの一体である、邪竜ガーゼルを討ち滅ぼした伝説レジェンドの一人で、アンセルム邪竜討伐記という伝記も存在し、それなりに人気がある。

 だがアンセルムには、伝記には載っていない邪竜討伐後の続きの物語がある。『英雄色を好む』という言葉がぴったり当てはまるくらい、アンセルムは好色な人物だった。ハーレムパーティーを結成し、女メンバーや知人、果てはとある国の公爵令嬢など、二〇を超える愛人に、子種をばら撒いたという。

 よって、アンセルムの血筋の者というのは、三百年後の世界において、そこまで稀有な存在という訳では無かった。もしかしたらイルシュタットでも探してみれば、ランディの他にもいるかもしれない。


「……ランディさんは、私を装飾品か何かと勘違いしてるんだと思います」

「装飾品とは?」

「一度ですが、勇者の傍には聖女が居るべきだ。と言ってました。……私は自分がそうだとは思ってませんよ。彼がそういうイメージを勝手に抱いているだけで」

「ああ、なるほど。わからなくもない。確かに、勇者の傍には聖女が居るというのが、物語のお約束ではある」


 宗谷は笑った。聖女ミアという名の装飾品。彼女がそうであるかはともかく、お淑やかそうな白い法衣の女神官。おまけに美少女である。勇者の御供おともとして見栄えしそうではあった。


(……勇者のそばには聖女か。確かにその点は、僕もランディくんに同意だ)


 勇者と聖女。宗谷は二十年前に強い縁があった、二人の仲間に想いを馳せた。


「だから、ランディさんは、私を好きという訳では無いと思います。きっと、勇者の隣に付き添う、女神官としての雰囲気が好きなのでしょう」

「そうかな。もしかしたら純愛という可能性も……っと、ミアくん、そんな目で睨まないでくれ」


 あまり良い冗談では無かったようで、宗谷は両手を広げて謝った。


「……それに、ランディさんのパーティーには神官の方が居ますから。バドさんと言うのですが、またちょっと複雑です。大地母神ミカエラ様を快く思っていないみたいで」


 宗谷はミアの加入に否定的な態度を取った、坊主頭の神官戦士を思い出した。


「ああ、彼か。大地母神ミカエラの神官を馬鹿にしてた。彼は見たところ戦神ラガシアを崇めている神官戦士だな。まあ確かに、教えが異なるとはいえ、行き過ぎな気はするな」

戦神ラガシア様も、大地母神ミカエラ様も、互いに聖神として崇められている兄妹なのに、ああやって敵視されるのは辛いです」


 表面上ですらこういった対立が生まれているのに、無理矢理ミアをパーティーに迎えようとする、ランディの強引さには半ば呆れる所ではあった。調整能力が足りないか、自分の理想以外眼中に無いか。あるいは両方だろうか。


「後は、レベッカさん。……彼女は多分、ランディさんを好きなんだと思います。同郷の幼馴染と言ってました」

「赤毛の魔術師マジシャンだね。僕もそう思った。君を睨んでいたから」

「……私はレベッカさんの事、嫌いではないです。……ランディさんの件がある前は、ちゃんと普通に話せてて、お互い冒険頑張りましょうって言ってて」

「ああ。言いたい事はわかる」


 ミアは、レベッカの話をしてる内に落ち込んだのか、机に突っ伏した。


「ソウヤさん、ごめんなさい。何か愚痴っぽくなってしまいました。きっと、私も至らない部分があったんだと思います」

「こういうのは聞き手がいる事が重要だよ。僕で良ければ相手になろう。……話を聞く限り、君が悪いとは言えないと思うがね」


 確かに、ミアが早めに態度をはっきり打ち出していれば、こじれなかった可能性もあるかもしれないが、話を聞く限り、それを求めるのは酷と言う物だろう。


 話し込んでいると、丁度、ウェイトレスが二人分のパスタとサラダを運んできた。


「……さて、ミアくん、食事をしよう。冷めてしまう前に」

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