31.勇者ランディという男

「宗谷と申します。都合、冒険者証が手元にありませんが。お見知り置きを」


 宗谷は、勇者を名乗るランディに恭しく挨拶した。


「……白紙級ホワイト初心者ルーキーのようですが……一体、私に何か用ですか?」


 ランディは、突然名乗り出た宗谷に対し、不思議そうな表情で、然して興味無さそうに言った。


「実はミアくんは、僕の冒険仲間パートナーなのですよ。僕はまだ白紙級ホワイトなので、ミアくんがリーダーという形を取らせて貰っています」

「……えっ、な……何故?」

 

 ランディが突然、拍子抜けた声を出した。その声までも美声なのが、少し間抜けな感じで、宗谷は思わず吹き出しそうになった。


「何故と言われても。事実です」


 宗谷は何とか表情を整え、ポーカーフェイスで返答した。


「……ミア。どういう経緯で彼と組んだの? 君の知り合いなのか?」


 ランディはうわずった声で、宗谷の隣に居るミアに尋ねた。宗谷とミアの関係が気になって仕方が無いようだった。


「ソウヤさんは、私の恩人なんです。その縁でお手伝いを。後はさっきソウヤさんが言った通りですよ。白紙級ホワイトの間は、付き添いが必要ですから」


 ミアは簡潔に、宗谷との関係をランディに告げた。野盗に襲われた事から経緯を説明すると、ランディの性格からして大袈裟に騒ぎ出しかねないので、それが正解だろう。


「そうか。……ミアは優しいな。思った通りの人だ。しかし……ソウヤさんと言ったね。貴方は身なりからして……魔術師マジシャンか、あるいは盗賊シーフと見受けた。いずれにしろ支援職だね?」

「御名答。僕は魔術師マジシャンです」

「ミアと貴方の他に仲間はいるのかな」

「いいえ」

「……それは良くないな。前衛に立って戦える者が居ないのでは? 危険だね」


 尤もらしい事をランディは指摘したが、二人で冒険しているという事が、気にくわないというのが本音だろう。


「ランディ君。ソウヤさんは満月で狂暴化した恐狼ダイアーウルフに勝てるくらい強いのよ。確か、無傷で倒したと言ってたわね」


 受付嬢のルイーズが、さり気なく宗谷をフォローをした。ルイーズを見ると、他に何か言いたげに白紙級ホワイトの申請書をひらひらさせている。後で再申請に来いという事だろう。


「ええ。恐狼ダイアーウルフの再生能力が思いの他、高かったので、洋刀サーベルで首を落とさせて貰いました」

「……満月の恐狼ダイアーウルフ洋刀サーベルで倒しただって? ……そんな馬鹿な。そもそも白紙級ホワイトが敵う怪物モンスターの筈が」

「ランディくん。初心者ルーキーが弱いとは限らないだろう。例えば、剣の道場の師範代は、白紙級ホワイトの強さではない」


 宗谷は呆れたように、ランディに一例をあげて説明した。


「……それは、そうか。私が浅はかだったな。ならばソウヤさんは、きっと優れた魔法剣士なのだろう。貴方が嘘つきで無ければだが。……ミア。ソウヤさんが青銅級ブロンズになって、君の手が空いたら、また君に声をかけるよ」


 ランディは、負け惜しみを言いつつ、ミアに笑みを浮かべて引き下がったが、表情には悔しさが滲んでいるように見えた。


(――もし、この場で、ミアくんとの仲睦まじさをアピールでもしたら、ランディくんは、どんな反応をするのだろう?)


 宗谷は意地の悪い事を想像し、笑みを漏らしたが、試してみたいという衝動は抑えた。何せ、それをアピールをした時の、ルイーズの反応の方が恐ろしかった。

 


「……皆、次の冒険に出よう。幸い私たちは、護衛の依頼で全く消耗しなかったからね。戦うだけの余力がある」


 ランディが突然仲間に声をかけた。恐狼ダイアーウルフを無傷で仕留めたという、宗谷に対する対抗意識か、あるいはミアとの関係に腹を立てているか、何らかの心境の変化があったようだ。


「……ちょっと、ランディ、今さっき冒険が終わったばかりじゃない! 休みましょうよ」


 いきなりの事に、赤毛の魔術師レベッカが、ランディに対し抗議の声を上げる。


「……我はランディ殿に賛成だ。此度の冒険は戦闘も無く、平穏無事に終わった。別の言い方をすれば物足りぬという事」


 坊主頭の神官戦士バドが、ランディに賛成をする。無口な男だが、口を開くと低音が重々しく、実に威圧的であった。

 

「は? 信じられない……二人とも、どうしてそんな戦う事が好きなの? ……トーマス、貴方は?」

「俺は中立だ。……二対一なら、ランディに従うしかないな」


 大男の狩人トーマスは、小声で呟くと首を振った。あまり乗り気では無さそうだが、仕方ないと言った表情。


「レベッカ。嫌なら君は来なくていい。……一緒に村を出る前から忠告しているだろう。君は冒険者に向いてない」


 ランディのレベッカに対する冷徹な声。村という事は、彼らは幼馴染みで、レベッカはランディに無理についてきてるのだろうか。


「ご、ごめんなさい。……ランディ、行くから、私を置いていかないで」


 レベッカがランディに謝ると、縋りつくような声を出した。どうにも彼に頭が上がらないように見えた。



(おやおや。せわしい事だ。もし僕のせいなら、若干申し訳ないが。……ランディくんは自信家で、良くも悪くも中心で振り回すタイプだな。実力はそれなりにあるのだろうが)


 宗谷は今までのランディの言動を振り返り、そんな感想を抱いた。勿論自信があるのは悪い事ではない。だが、過剰なのは危うさを伴う。


「貴方達向けの依頼が都合良くある訳じゃないのよ。……悪い事は言わないわ。貴方達、今日は休みなさい」


 ルイーズは、急いてるランディや、泣き出しそうな表情のレベッカを心配してか、依頼の提示を断ろうとした。


 ――その時、ギルドの入り口の扉が勢い良く開いた。


「ここが冒険者ギルドでいいのか? た、頼む、助けてくれ! 村が……村が小鬼ゴブリンに襲われたんだ!」


 冒険者ギルドの入口から、村人風の男が、息を切らしながら、飛び込んできた。


「……ふふっ……ルイーズさん、これは急ぎの案件かもしれないね。もし、私達に向いた依頼なら、是非引き受けさせて下さい」


 村人風の男の様子を見た、ランディが不敵に笑った。

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