26.空から射す光に導かれて

「ミアくん」


 宗谷はミアを止めようとした。自らのレベルより高位の術を試みるという行為は、それだけで身体に負担が伴う。教義で禁じられているのもそれだけの理由があるのだろう。


「……ソウヤさん、もし、手に余るようでしたら諦めます。申し訳ありません、わがままで」


 ミアは宗谷に頭を下げると、幽霊ゴーストである、コニーの方を向いた。


「……コニー君。よろしくお願いします。でも、何も出来なかったらごめんなさい」


 ミアはコニーに微笑むと、目を閉じて、祈りを捧げ始めた。



 

 ミアが祈りを始めて一時間が経過した。彼女はただただ、コニーの前で、祈りを続けている。湖畔は静けさを帯び、離れから水鳥の鳴き声が、わずかに響くばかりであった。


(……厳しいだろう。せめて司祭の杖プリーストスタッフであれば良かったのだが)


 宗谷はミアの祈りを冷静に見ていた。ミアが両手で握りしめている神官の杖クレリックスタッフは、神官クレリックが行使する下位の神聖術を強化する為の祭器であり、これからミアが使おうとする、高位の神聖術には何の効果も無かった。

 その事はミア本人が一番わかっているだろうし、それでも杖を握りしめているのは、本人が神聖術を行使する上でのルーティンのようなものだろうから、あえて宗谷はその事を言及しなかった。


「ソーヤ……ミアは……」


 心配そうに祈りを見ていたメリルゥが、静寂を破ろうとするのを、宗谷は制し、メリルゥの耳元で囁いた。


「――静かに。彼女の祈りを邪魔してはいけない。見守るとしよう」


 とはいえ、ミアは何処で諦めるのだろうか。神への祈りは、強い集中力を必要とする。このまま続ければ体力を消耗し、集中力を切らして、何処かで限界を迎えるだろう。宗谷はそれをじっと待つ事にした。




 日が西に傾き、湖畔が黄金色にきらきらと輝いている。ミアはまだ、コニーの前で祈りを続けていた。


(日が沈む……六時間は経ったか)

 

 正直、ここまで続くとは思わなかった。ミアの体力が心配だが、これ程の長い祈りを、自分の手で中断させる事は出来ない。諦めるのは彼女の意思を待ちたかった。隣にいるメリルゥを見ると、ミアとコニーを見つめながら、両手を組み、祈るような仕草をしていた。


(……さて、僕も祈りたい気分だが。……少し風が出てきたな)


 吹き始めた風によるものか、ミアの足元の草花が、揺れ動いている。

 すると、変化が起きた。


「……今、はっきりと聞こえました。大地母神ミカエラ様、ありがとうございます」


 ミアは閉じていた目を開き、神官の杖クレリックスタッフを振りかざした。横風で彼女の長い金髪が靡き始め、きらきらと輝きはじめた。


「――迷える死者の霊よ。大地母神ミカエラの慈悲を以て、その魂が空に導かれん事を。『救済』サルベイション


 すると、ミアの神官の杖クレリックスタッフが目映い閃光を放ち、空から射した光が、コニーの身体を包み込んだ。コニーはそれに対し、一瞬戸惑っていたようだが、自らに何が起きているのか悟ったのか、うっすらと笑顔を浮かべ、ミアに向けて何かを呟いていた。


『……どういたしまして。どうか安らかに』


 ミアはコニーに返答すると、柔らかに微笑んだ。夕日の陽射しを受けてか、身体が黄金色に輝いている。それがあたかも、何か神々しい物が憑依しているようであった。


「なんだと……」


 宗谷から思わずつぶやきが漏れ、信じられないという風に大きく目を見開いた。ミアが『救済』サルベイションの神聖術を成功させるなど、思ってもいなかった。常識的に、気持ちだけでは祈りは届かない筈だ。

 それと、今、彼女が、コニーと会話をしていたのは、幽霊ゴーストの呟きを理解しての事だろうか? 一体何が起きた。


「いや……僕みたいな、非常識が存在する世界だ。どうして、彼女ミアにだけ常識など当てはめようとする? はは、ははははっ」


 宗谷は自らの視野の狭さに気づいて、思わず笑い声を漏らした。


 コニーの姿が完全に空に消え、全てが終わった後、ミアは意識を失い、ゆっくりと崩れ落ちようとしていた。宗谷は呆気に取られていたが、意識を失ったミアを見ると我に返り、ミアが倒れる前に、彼女の身体を支えた。


「ミアー、大丈夫か!」


 メリルゥは、宗谷が抱きかかえているミアに近寄った。 


「あの一つの術の為に、魔法力マジックパワーを全て使い果たしたのだろう。命に別状は無いとは思うが、しばらく安静にする必要がありそうだ」

「……そうか……よかった。ミア、すまない……ありがとう」


 宗谷が横目で見ると、膝をついて崩れ落ちた、メリルゥの瞳には、涙が浮かんでいた。


「……ミアくんの容態もあります。今日はここで休みましょう。君のオカリナによる鎮魂歌レクイエムを聞かせてください」

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