27.鎮魂の夜と新しい朝

 森の湖畔では、小さな焚き火が灯っている。宗谷は大樹にもたれ掛かり、羊皮紙のノートに日記を付けていた。周辺から既に必要分のナイトグラスの採集を終え、後はイルシュタットに帰り、冒険者ギルドで報酬を貰うだけである。

 幽霊ゴーストの少年、コニーの救済という大仕事を終えたミアは、夕刻から深い眠りについていた。今夜はこのまま朝まで休ませた方が良いだろう。

 近くでは、メリルゥがオカリナを演奏している。辺りの草むらではナイトグラスによる仄かな点滅が、オカリナの音色と相俟って、幻想的な風景を彩っていた。


「ふう……疲れたぜ」

「お疲れ様」


 メリルゥがオカリナの演奏を終え、一息付いて、あぐらをかくと、宗谷はノートとペンを置き、小さく拍手をした。

 

「メリルゥくん、上手だね。故郷の生命樹の森ユグドラシル・フォレストで学んだのかね?」

「いや……確かにオカリナ自体は故郷の村にあった物なんだけどな。吹き始めたのは旅に出てからだ」

「おや、そうでしたか」

「……旅の途中、路銀が足りなくなってな。オカリナの演奏で小銭を稼いでたんだよ。……わたしみたいな森妖精ウッドエルフの旅人は物珍しいだろ。だからヘタクソでも、足を止めてくれる客が結構いてな」

「その甲斐あって、今は中々の腕と言う訳だね」


 メリルゥはオカリナをしまうと、少し思い悩むような仕草を見せた。


「そうだな。二年間で、かなり上達したんだろうな……ソーヤ、お前は歳いくつだ?」

「今年で三七」

「……やっぱり、ソーヤより年上だったな。わたしは故郷で、百年過ごした。今が一〇二歳。だから、その内、旅をしたのはたったの二年だ」

「長生きだね。それでも、森妖精ウッドエルフの中では、若い方なのだろうけど」

「……ああ、回りは千歳越えばかりだしな。故郷に居た時、百年が長い年月なんて思いもしなかった。それくらい皆、向上心を奪われ、死んだように生きてる。わたしたち森妖精ウッドエルフ生命樹ユグドラシルとの制約により、不老と停滞の運命を受け入れたんだ」


 メリルゥが俯いた。ソーヤも二十年前、冒険を共にした森妖精ウッドエルフから、森妖精ウッドエルフの種族全体にかかる、不老と停滞の制約ギアスという物を耳にした事があった。


「メリルゥくん。君は今、故郷の生命樹イグドラシルから離れ、ここに居る。不老と停滞を拒絶するつもりなのか。いずれ僕達人間と同じように、死の運命を選ぶと」

「ああ、そのつもりだ。……まあ、それが正しいと言うつもりはないぜ。不老と停滞を受け入れて、生命樹ユグドラシルを守る事は森妖精ウッドエルフの大切な使命だ。わたしも最初は、少し外界を覗いたら、すぐ故郷に戻るつもりだったしな。……けど、死んだように生きるのは、今のわたしには、もう受け入れられない」


 メリルゥは両腕を伸ばすと、草を枕に仰向けに倒れた。


「ここは星がキレイだろ。このまま、流れ星を数えるのもいいぜ」


 メリルゥの言葉に釣られて、宗谷が空を見上げると、双子の十六夜いざよいの月を彩るような、満天の星が輝いている。


「ふむ。絶景ですね」

「ソーヤ……コニーは、母親の元に行けたと思うか?」

「そう、信じましょう」


 ぼんやりと夜空を眺める宗谷の瞳に、尾を引く、一筋の流星が映った。




 翌朝。宗谷が目を覚ますと、ぼんやりとした寝起きの頭に、姦しい声が響いた。


(やれやれ……何事だね)


 宗谷が眼を擦ると、傍に置いてあった、眼鏡に手を伸ばしてかけた。


「きゃっ、メリルゥさん、冷たいです!」

「へへへっ、くらえー」


 宗谷が声の方に目を向けると、ミアとメリルゥが湖畔の浅瀬で水浴びをしていた。

 そういえば、ずっと、水浴をしていなかった。……してはいなかったが。この状況は。


「……お、ソーヤも起きたか。こっち来て、水浴びしたらどうだ?」


 メリルゥが宗谷に手を振った。上下共に何も纏っていない、生まれたままの姿であった。典型的な森妖精ウッドエルフらしく、出るべきところがそれ程は出ていない、残念な体型であったが。


(……文化が違う)


 宗谷は二十年前に旅をした森妖精ウッドエルフの少女を思い出した。そういえば、この種族で外界を旅に出ようと考える変わり者は、こんなだっただろうか。


「なあ、メリルゥくん。君も、僕も、構わないだろうが。……ミアくんに悪いだろう」


 宗谷は薄笑いを浮かべると、両手を浅瀬に居る二人の方向に翳した。


「あっ……あ、ソウヤさん、見……」

「見てない」


 恥じらうようなミアの震え声に、即答した宗谷だったが、ミアはメリルゥのすぐ傍に居たので、当然視界に入っていた。

 ミアの方は、薄布を一枚纏ってたのが救いだったが、メリルゥと違い、小柄に見合わぬ身体の発育の良さは、宗谷に取っても目の毒だった。


(……見たとしても、僕のせいではないだろう。こういうのは、確か、何と言った?)

 

 宗谷は知らんぷりして、大樹にもたれかかると、朝食に予定していた、塩漬けの肉とライムを取り出した。

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