25.霊体と祈りについて

『……久々だが、上手くいったか。さて、ゆっくりはしてられないな』


 宗谷は霊体化レイスフォームの魔術により、自らを霊体に変えていた。身体は透き通り、その身には何も纏っていない。抜け殻となった自らの肉体を見ると、ミアが肉体の傍で、指を使い秒数をカウントしていた。


『やあ。少年』


 宗谷は、木陰に佇む、幽霊ゴーストの少年に話かけた。


『……おじさん、僕の言葉がわかるの?』

『ああ。僕は宗谷という。君は?』

『……コニー』

『コニーくんか。……どうして、ここに居るんだね?』

『……水を汲みに来たんだ。でも、足を滑らせて』

『それは、いつの事かわかるかい?』


 幽霊ゴーストの少年、コニーは、少し考えていたが、首を振った。


『……わからない。でも、この木が、まだ、こんな小さな頃』


 宗谷は少年の傍にそびえ立つ大樹を見上げた。それは、高さから考えても、樹齢百年はゆうに超えてそうな古木であった。


(……何百年、ずっとここにいるのか)


 宗谷は少年に、メリルゥの事を質問してみる事にした。


『そこにいる少女は、メリルゥと言う。君の知り合いかね?』

『うん。少し前から、たまに遊びに来てくれた。でも、言葉がよくわからなくて』

『メリルゥくんの演奏は聞こえたかい?』

『うん。僕、オカリナ好きなんだ』

『僕は彼女の言葉がわかる。伝言する事があれば、君に代わって何か伝えよう』

『じゃあ、演奏してくれてありがとう。と』


 後は、コニーの意思を確かめる必要があるだろう。


『……これから、君はどうしたい?』

『母さんのところへ行きたい。……そうだ、母さんは足が悪いんだ、僕、早く母さんに水を持っていかないと。……それなのに、僕はどうしてここから動けないんだろう』


 コニーが不安そうに見つめる先には、経年劣化により崩落した、かつて屋敷だったものが見えた。


(なるほど、何百年か前に、あの屋敷跡で暮らしてたのだろう。……そして、彼は、物質や時間の知覚、生と死の感覚が、曖昧になっているようだ)


 宗谷は自らの肉体の方を見ると、ミアが慌てた様子で手振りで合図をしている。既に三分が経過したようだった。これ以上霊体化を続けると、肉体に戻れなくなる危険が伴う。宗谷は急いで霊体を、自らの肉体に重ねた。




 霊体から復帰した宗谷は、少し生気を失ったような様子で、力無く立ち上がり、何とか大樹に身体を預けた。


「お、おい……ソーヤ、大丈夫か? ものすごく顔色が悪いぞ」

「御心配無く。一度抜けた霊体が身体に馴染むまで、時間がかかっているだけです。……結論から言うと、この少年、コニーくんというのだが、この大樹がまだ小さい頃、この湖で溺れて亡くなったようだ。そして、自分が死んだ事を正しく理解していない」

「……コニーって言うんだな。この樹は、わたしが見たところ、三百年は生きてるよ。……コニーはわたしより、ずっと年上なのか」


 メリルゥは悲しそうに、大樹に触れた。


「そういう事になるかな。もしかしたら、彼が生きていた頃は、ここは森ですら無かったかもしれない。コニーくんは、母の元に行きたいと言っていたが、あの崩壊した屋敷跡で暮らしてたとすると、母親は既に亡くなっているだろう」

「……ソーヤ。どうしたらいい? このまま、コニーを放っておくしかないのか」

「僕は、コニーくんを成仏させた方がいいと思う。だが、慰霊は司祭プリースト以上の階位を持つ者しか出来ない。……イルシュタットで探すしかないかな」


 だが、わざわざ、スレイルの森の奥まで足を運んでくれる司祭プリーストは、簡単に見つからないだろうと宗谷は思った。

 人に害を為す悪霊ならともかく、少年はこの場から離れられない地縛霊で、心情さえ考慮しなければ、放置しても何の問題のない、あきらかに優先度の低いものだった。


「すまないね。偉そうな事を言ったが、コニーくんに話を聞いたからといって、何かを解決出来たわけではないな」

「……いや。ありがとう。そんな事ないぜ。コニーって名前はわかったし。わたしが冒険でお金を稼いで、慰霊を出来る司祭プリーストを連れてくればいいんだろ」


 勝気にメリルゥは言うが、もし位の高い司祭プリーストに、この辺鄙な土地まで同行して貰い、慰霊をお願いするとしたら、どれ程の御布施を積む必要があるだろうか。宗谷には想像がつかなかった。


「あの……ソウヤさん、メリルゥさん。私が慰霊を試してみてもいいですか」


 二人の会話の様子を見ていたミアが、遠慮がちに手を上げた。


「メリルゥさんも、もしかしたら、最初、私にそれを期待したのかなと思っていました。勿論、私は慰霊を試みた事は、一度もありませんが」

「……ミアくん、君は神官クレリックだ。失礼だが、実力を考えたら不可能だろう。それに、救済サルベイションの神聖術は、司祭プリーストでないと、行使が認められてないのではないのかね?」


 除霊や慰霊は基本、除霊師エクソシストと呼ばれる、司祭プリースト以上の階位の者の祈りにより行われる。神官クレリックが慰霊に携わる事は、危険を伴う為、大地母神ミカエラ教の教義で禁止されていた。


「そうですね。……教義を犯す事でもありますし、そもそも、私の祈りでは難しい事だと思います。……ですが、それを禁じたのは、人が決めた教義です。大地母神ミカエラ様が、それを禁じた訳ではありません」


 ミアは呼吸を整えると、凛とした表情で、神官の杖クレリックスタッフを両手で握りしめた。

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