19.森のキャンプ場にて

「ミアくん、キャンプ場の方角から、煙が立ち昇っているようだ」


 宗谷が月明かりに揺らめく煙を指した。


「あっ……本当ですね。冒険者の方でしょうか?」

「それならば問題ない。が、警戒するに越した事は無いな。僕の傍を離れないように」


 宗谷は異次元箱ディメンションボックスから洋刀サーベルを取り出すと、腰の革帯ベルトに括りつけ、事態に備えた。

 二人は足音を極力殺しながら、ゆっくりと一〇〇メートル程進む。すると、両側の木々が次第に途切れ視界が開けた広々とした場所に出た。


「ここが、先程の案内にあったキャンプ場で間違いなさそうだな。……そして、先客が居るようだ。いや、居たようだ・・・・・と言うべきか」


 開けたキャンプ場の中心部では、石の囲いの内側に薪がくべられ、先程見かけた煙の元と思わしき炎が揺らめいていた。その上に吊り下げられた鍋からは湯気が立ち上り、甘い香りを漂わせている。だが、それを準備したと思われる人物が、そこには見当たらない。


「ソウヤさん、誰かがキャンプをしているみたいですが……何処にも人影が無いですね」


 ミアが不思議そうに辺りを伺いながら中央で燃え上がる炎を見つめていた。くべられた薪もまだ、比較的新しい。誰かが先程までここでキャンプをしていたのは間違いないだろう。


「おや。……あそこに荷物があるな」


 宗谷が指した方向、詰まれた焚き木の傍に大きな背負い鞄リュックサックが置きっぱなしになっていた。何が入っているかまでは、この位置からでは見えないが、色んな物が詰まっていそうなくらいに背負い鞄リュックサックは膨らんでいた。


「近くに調達しにいったのかもしれませんね。水とか、薪とか」

「ああ、キャンプ場という事は、川が近くにあるだろうから、その可能性はある。だが、そうだとしても荷物を置いていくのは不用心だな」


 宗谷は黒眼鏡を指で押し上げると、辺りを見回し、そして目を凝らした。


「……まあ、見たところ荷物の主は一人。そして、少なくとも野盗では無さそうだ。折角だから火に当たらせて待たせて貰おう。ミアくんも座るといい」


 宗谷は警戒を解き一息つくと、中央の焚き火の辺りに近づき、纏っていた外套マントを地面に敷いて、胡坐あぐらをかいた。 


「断りなく当たらせて貰うのは悪いですが……減るものではないですし、大丈夫でしょうか。お邪魔します」


 ミアは少し遠慮がちに宗谷の隣に座ると、両手を伸ばして焚き火に当たった。


     ◇


 二人は空腹気味ではあったが、焚き火の準備をした主が戻る前に食事をするのも気が引けたので、しばらくたたずんだままあるじの帰還を待ってみたが、一向に戻ってくる様子はなかった。


「……ソウヤさん、月が綺麗ですね」


 待つ間、星を見上げていたミアが何気なく呟いた。宗谷が空に目を向けると、双子の月が揃って美しい円月を飾っていた。ほとんど雲のない星空に、双子の月が揃って美しい円月を飾っている。月見をするには非常に良い日だろう。


「はは、僕の故郷では、『月が綺麗』という言葉は、別の意味を持っているんだよ。気易く使われると、若干、気恥ずかしさを感じるな」

「えっと、それはどういう……」


 宗谷は目を細めると、言葉の別の意味をミアの耳元で囁く。ミアが慌てながら言葉を詰まらせているのを見て、宗谷は両手を広げ、面白可笑しそうに片目を閉じた。


「……あ、あのですね。私は、そんなの知らないですから。……そんな決まり事だと、一体、誰が考えたのでしょう?」

「さて、誰だったか。有名な作り話だった気もするな。あまり性質たちが良くない冗談だった。以後、気をつけよう。……しかし、まあ、確かに綺麗ではある。満月だろうね」


 宗谷は再び、二つの月を見上げた。全く同じ形を持つが、片方は本物を模した偽物とされている。本物が『真月』、偽物とされる月は『偽月』と呼ばれていて、その理由を二〇年前、仲間の一人から聞いた覚えがあるが、肝心の内容をすっかり忘れてしまっていた。


(どうしても思い出せない……何故だろう。そういえば、ミアくんに買って貰った羊皮紙のノートがある。忘れやすい事を書き出しておこうか)


 宗谷は道具屋で買った羊皮紙のノートを取り出し、インクをつけた羽根ペンを手にすると、空白部分に筆を走らせた。


「……ソウヤさん、何を書いているのですか?」

「冒険の記録だ。出来事やら、雑文やら、詩やら、恨み言やら、適当に思いついた事を忘れてしまう前に。普段はそんなものは書かないし、書く気もしないのだが。……ミアくんが活躍した日には、何行にも渡って、その活躍を書き記すと約束しよう」


 文を書き終えた宗谷は、羊皮紙のノートと羽根ペンをしまい、焚き木に揺らめく炎から少し離れた、なにもない虚空を見つめた。


「……さて。隠れてないで、そろそろ、出てきたらどうだろう。君もしんどいだろうし、鍋の火加減も、そろそろ調整しなければ、いけないのではないかね」


 宗谷は薄笑いを浮かべ、虚空に向かってつぶやいた。


『……オマエ。わたしが見えるのか?』


 虚空から少女らしき声が響く。


「えっ……?」


 ミアは突然響いた少女の声に驚いて、きょろきょろと辺りを見回したが、何も見つける事が出来なかった。


「ああ、見える。……とはいっても、あまり良い見え方ではないのでね。僕は敵意を持っているわけではない。勿論彼女だってそうだ」


 宗谷は座る前、女神エリスが用意した黒眼鏡に触れた時、特殊能力の一つである弱点看破ウィークポイントを起動させていた。今の彼の視界には虚空に人型が、サーモグラフィーのような色取りで浮かんでいた。


『……冒険者か?』

「その通り。僕は宗谷、彼女はミア。イルシュタットから来た」

『なるほど。ちっ……無駄な事をしたな』


 目の前の透明の空間が揺れ動き、人の姿がゆっくりと浮かび上がる。


「……おや。これはこれは」

「んだよ。……わたしの姿がそんな物珍しいか。ソーヤと言ったな。……透明化インビジビリティの精霊術をどうやって見破った?」


 短弓ショートボウと矢筒。緑色をした五分丈のスカートと薄い革の胸当て。緑色のおさげ髪とジト目の眠たそうな瞳。そして、整った相貌と斜め横にぴんと張る、長い耳。


「まさか森妖精ウッドエルフとは。故郷の生命樹の大森林ユグドラシル・フォレストは、遥か彼方だ。はぐれるにしては、少しばかり遠すぎるのではないかね」

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