18.森での夜草採集

「開けている林道を進みましょう。ただ、採取の時は、咲いている場所によって、少し藪を分け入る必要があるかもしれないです」

「藪の中か。こういう時に手斧ハンドアクスがあると便利なのだが。……今回は野盗から拝借したダガーを使わせて貰おう」


 ミアが掲げる燈明ランプの灯火を頼りに、二人は林道を歩いていく。五分ほど進むと、道外れの藪の中で仄かな明かりが見えた。


「ありました。あれがナイトグラスです。向こうにあるのも、多分そうですね。……ほら、地面がほのかに輝いています」

「おや、二つ同時とは幸先が良いね。では、僕が取ってこよう」


 宗谷は異次元箱ディメンションボックスから、野盗から拝借したダガーを取り出すと、鞘から肉厚の刃を抜いた。

 そして振るう刃で藪をかき分けると、地面に根を張った、二束のナイトグラスを順番に摘み取っていく。


「この淡い光は、まるで蛍みたいだな」


 宗谷は手の中にある、黒いナイトグラスの放つ淡い魔力の光に、わずかの間、魅入っていた。


「綺麗ですよね。はかなさを感じます」

「ああ、情緒がある。なるほど、たまには森林浴というのも悪くないかもしれないな」

「はい。依頼の最中でなければ、もっとゆっくり出来るのですけど」

「おっと、魅入っている場合ではなかった。探索を再開しよう。ミアくん、今度は僕が燈明ランプを持つよ」


 同じような要領で、道すがら見かけたほのか明かりを頼りに、二人はナイトグラスの採集を続けた。

 怪物モンスターや獣の気配はなく、あるのは虫の鳴き声ばかりで、採集の妨げになるような物は一切無かった。


「これで、一五束目。ノルマの半分か。何事も無く順調ではある。が、今日はそれなりに歩いたが。疲れていないかな」

「……少し疲れたかもしれません。けど、私はまだ大丈夫ですよ」


 宗谷はミアの様子を見た。森に入る前は元気そうだった彼女だが、朝からの行軍で流石に疲れを隠せない様子だった。

 森の入り口から既に三時間ほどは歩いただろうか。日没を一八時くらいと想定すると、今の推定時刻は二一時。普段ならば身体が疲れを訴え始め、翌日に備えたい時間である。


「疲れているならば、君の荷物を僕が持とう」

「いいえ。いざという時に、ソウヤさんの妨げになってはいけませんから」

「冒険者が残した道案内によれば、先の分かれ道を左に進むと、少し開けたキャンプ場になってるらしい。そこで、今日は休む。というのは?」

「私を気にしての事ならご心配無く。朝方になると、ナイトグラスは見つけるのが一気に難しくなります」


 ミアが休みたいと言わないのはこれが理由だろう。ナイトグラスは、日の当たらない木陰にしか根を張らず、日中は淡い輝きも放たない。昼間は当然、採取の難易度が跳ね上がる。

 夜間は採取がしやすい分、頑張れるだけ頑張っておきたい。という、焦りにも似た感情があるのかもしれない。


「ふむ、どうしたものか。確かに夜間に集められるなら、それに越した事はないのだが。……おや、風が強まってきたな」


 今まで心地よく吹いていたそよ風が段々と強まり、突如、前方から林道をすり抜ける一陣の風が吹いた。ミアが被っていた外套マントのフードが風でめくれ、長い金髪が風に靡くと、ミアは思わず髪を抑えた。


「ミアくん、大丈夫かね?」

「ああ……なんでしょう。今の風。唐突だったので、びっくりしました。……あら、何かの香りがします」


 風が抜けた後、それにより運ばれて来たのか、かすかに甘い香りが漂っていた。すると、その匂いにつられたのか、ミアのお腹の虫が鳴いた。


「……あっ」

「ははは、夕餉がまだだったな。採取に熱中して忘れていたよ。僕もお腹も空いた。キャンプ場に向かう。で、異論は無いかね」

「……夜の食事がまだでしたね。はい。では、そうしましょう」


 宗谷が黒眼鏡を抑えて笑うと、ミアの顔が真っ赤に染まった。恥ずかしさからか、風でめくれあがった外套マントのフードを被りなおすと、目深に下げた。


「ミアくん、無理は禁物だよ。今日の夜の内に終わらせたいという気持ちは分かるが、焦る事はない」

「ソウヤさん、あのですね。無理をしてたわけでは……いえ、していたかもしれません。反省します」

「なに。昼間に探すのが難しそうであれば、また、明日の夜を待ってもいい。昼はゆっくり森林浴を楽しむのも悪くないだろう」


 納品の期日まで、あと三日余裕がある。昨夜の雷雨のような事態でも起きない限り、焦らずとも問題は無さそうであった。日の高い内はナイトグラスが見つけ辛いのであれば、何なら昼の間、依頼と関係のない別の野草を探しても良いだろう。


「それにしても、あの香りは……。おや。もしかしたら、先客が居るかもしれないな」


 宗谷の視線の先、分かれ道の左側。キャンプ場とされる方角からは煙が立ち上り、双子の満月の月明かりに照らされて、揺らめいているのが見えた。

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