15.魔草ナイトグラス採取

「おかしいわ。……絶対におかしい」

「……ルイーズさん、どうかしましたか? 手相占いですかね」


 宗谷は手首を掴み手のひらを覗きこんでいるルイーズに言った。


「格闘術。剣術。あるいは弓術でも。達人からは強いオーラを持っています」


 ルイーズは一拍置き、さらに続けた。


「……それで、少し失礼を承知で言わせて貰いますね。ソウヤさん、貴方からは、どうしてか、そういったオーラが見えない」

 宗谷はルイーズの言わんとする事と、その原因が何となくわかった。


戦術タクティクス』。あらゆる武器に対する適正を得る事の出来る極めて強力な技能スキル

 宗谷が野盗に対し、体術とダガーの投擲を披露出来たのも、その恩恵による物だった。それ以外に、剣も、槍も、斧も、金槌も、弓矢も、あるいは未知の武器でさえ、宗谷は戦術タクティクスによって得物の適切な扱い方を直感する事が可能だった。

もしかしたら、この戦術タクティクス技能スキルが、ルイーズの感知センサーに引っ掛からないのかもしれない。

そうでなければ空白ブランクによるものだろう。宗谷が牙を研ぎ続けていたのは、二〇年前の話である。


(とても役に立っている。だが、|ずる(・・)のような物だ。あの時の君にも、若干申し訳なく感じるな)


 二〇年前、やさぐれていた宗谷が行った、女神エリスに対する最初の要求が、この戦術タクティクス技能スキルである。要求と同時に引きつった表情の女神を不意に思い出し、宗谷は笑みを堪えた。


「──なるほど。僕が弱く見える、という事ですね」


宗谷は目の前で手のひらを観察するルイーズに対し、返答した。


「野盗は、魔術を駆使して倒したものと思いました。私は魔法使いからはそういったオーラを感じ取れないので」

「ですが、ミアくんの話は本当です。実はこれでも、魔術の研究のかたわら、体術と剣術の道場に週一で通っていたものでね」


 宗谷は後半部分で、思い付きの出まかせを含ませた。

 だが、ルイーズはそれを見抜いていたらしい。薄く微笑むと、宗谷の手のひらを指でなぞった。


「体術や剣術をたしなむ者にしては随分と綺麗な手です。マメが無い。不思議ですね」

「ええ。それは、ハンドケアを丹念に心がけているので」

「そんなハンドケアの方法があったら、是非教えて欲しいです。……おかしいわね、私の直感が働かないなんて。……ソウヤさん、失礼な事を言ってすみません」


 ルイーズは頭を下げ、宗谷の手を離して引き下がったが、納得がいっていないのか不思議そうな表情を浮かべていた。冒険者ギルドの受付嬢として、多くの冒険者と接しているはずである。実力の見極めには自信があったのかもしれない。


「……となると、ソウヤさんは魔術戦士になるのかしら」

「そんなに珍しいですか? 魔術戦士は」

「ええ。両立するのが難しい……どうしても魔術師マジシャンは軽装になりますからね。両方とも一流となると稀です。もちろん居ることは居ますが、ウチの副ギルド長、ランドじじ……じい様が両立しています。名実ともにイルシュタット最高戦力の一人。あとは白銀のレイ……彼は流石に例外か。他には本部所属の魔勇ベルモント。うーん、彼は魔術寄りなのよねぇ……あ、うちのシャーロットもそれに近いかしら」


 宗谷はルイーズのピックアップした中に、よく知った名前を耳にしていた。ランドというのは、鉄槌のランドと呼ばれる魔法戦士に間違いないだろう。筋肉隆々で巨大な鉄槌メイスを使い、接近戦を好む魔術師だった。ルイーズの話だとイルシュタットの副ギルド長になっているようだが、二〇年前ですら齢五〇を越えていたので、今現在は七〇を越えた老人のはずである。もしそのスタイルで現役だとしたら、大したバイタリティである。


「ルイーズさん、珍しい事はよくわかりました。余計な事を言ってしまい申し訳ない」

「あ……脱線させてごめんなさい。もし一人で野盗の集団を、素手で蹴散らせるのであれば、前衛として戦う力は間違いなくあります。甘く見積もっても、実力的に白銀級シルバーは堅いでしょうね」


 ルイーズが話が反れていた事に気づき、申し訳無さそうにつぶやいた。


数多あまたの冒険者と接しているであろうルイーズさんに、そう評価して頂けるとは。ならば、一刻も早く白銀級シルバー獲得を目指したい処ですね」

「ですが、規則があるのでソウヤさんには回り道させてしまいそうですね。ギルドとしても優れた人材には、出来る限り早く昇級して欲しいのが本音ですが」

「お気遣い無く。組織である以上、特別扱いは良くないでしょう。それに冒険者等級ランクは、実力評価の他に、ギルドへの貢献度も含まれている筈だ。白紙級ホワイトから地道に、ギルドでの実績を積むのが筋というもの」


 焦らずゆっくりと、ゲーム感覚で楽しみながら行くべきである。仮にいきなり白銀級シルバーの待遇を受ける事が出来たとしても、他の冒険者に余計な妬みを買う可能性もある。そして、なによりルールに不公平アンフェアなのは、自分好みではない。


「ミアくん、青銅級ブロンズとしての付き添いをお願いしても構わないかな」

「はい、そのつもりで待っていました。ソウヤさん、頑張りましょう」


 白紙級ホワイトの宗谷は、青銅級ブロンズを持つミアが暫定のパーティーリーダーを務める事で、依頼を受ける体制が成立した形になった。


「では、善は急げという事で、ルイーズさん。早速ですが依頼があれば受けるなり予約したい処です。僕とミアくん、二人でこなせそうな依頼はありますか」

「そうね、ちょっと待ってて。……これはどうかしら。少し手間がかかるけど、薬草に詳しいミアに向いているかもね」


 ルイーズは一枚の依頼書を、カウンターに置き、こちら側に向けた。


「ナイトグラスという魔草を三〇束採取。街に住む錬金術師アルケミストさんからの依頼ね。期日は四日間。報酬は金貨三〇枚」

「ナイトグラス。確か森林地帯で採取できる、錬金術師アルケミストの調合用の素材ですね」

「ええ。主にポーションの素材になる事が一般的かしら。組み合わせで回復薬にも毒薬にもなるけどね。薬草の知識はミアが詳しいと思うわ」


 ルイーズがミアに話題を振った。


「ナイトグラス……えっと、森に咲く草花ですね。直射日光に弱いので、基本、木陰になっている場所で見つける事が出来ます。あと、特徴があって、夜になると花が淡い魔力の光を放出します。なので、夜間での採取の方がやりやすいと思います。森の土壌から離れると、七日程で枯れてしまうので、長期保存に向かない草ですね」

「優秀。よく出来ました。長期保存が効かない。ここがポイントなのよ。つまり、安定した入荷が困難という事。……街の東側に『スレイルの森』と呼ばれる森林地帯があるから、そこで採取するのが一番早いと思うわ」


 説明を終えたミアを、ルイーズが手を叩いて褒めている。宗谷もルイーズを真似て拍手をした。


「僕もそこまでは知らなかった。ミアくん、やるじゃないか」

「えへへ。得意分野くらいは役に立たないとですね。ただ森の探索となると、草原よりも本格的な野外の準備が必要になると思います」

「ふむ。この後、道具屋に行く必要があるかな。……ミアくんにそれなりのお金を借りないといけないか」


 野営に必要な道具を調達しなくてはいけない。結構痛い出費になりそうだが、一度買い揃えてしまえば、壊れない限り使い続ける事が出来るので、今後の事を考えればそんなに悪い事ではないはずである。


「ルイーズさん、ありがとうございました。では、ナイトグラス採取、僕達が引き受けましょう。万が一失敗に終わった場合は?」

「失敗してもペナルティは無し。あくまで四日後の夕方までに、ナイトグラスを三十束納品出来るか出来ないかが全て。出来れば報酬が貰えて、出来なければ徒労に終わるわね」

「徒労に終わらないよう最善を尽くします。ルイーズさん、ありがとうございました。──ミアくん、行こうか」


「あ、ソウヤさん、待ってください。……ルイーズさん、また頑張りますから、よろしくお願いします」


 ミアはルイーズに手短に別れの挨拶をして、やや早足で宗谷を追う。


「ソウヤさん」


 ルイーズが呼び止める。ちょうど宗谷とミアが、冒険者ギルドの玄関口を出ようとした時だった。


「……何か?」


 張り詰めたような何かを感じつつ、宗谷はゆっくりとルイーズの方に振り返り、わずかに微笑を浮かべた。


「今度機会があれば、一度手合わせしましょう。オーラが見えないのに、強いという貴方に少し興味が沸きました。ハンドケアも教えてくださいね」


 受付の前でルイーズが微笑むと、宗谷は引きつりそうな顔を、なんとか無言の笑顔で返した。

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