16.道具屋でのお買い物

「ルイーズさんは美人だけど、おっかない人だね」


 宗谷はミアにルイーズの率直な印象を述べた。


「えーと、美人で……まあ確かに、時々怖いです。でも、基本的には新人に優しいんですよ。ソウヤさんは新人離れしてますから、特別なのかもしれないですね」

「それなら、特別ではない方がいいのだが。多分、元冒険者だったのだろうけど、受付に居る時も全く隙が見当たらない。只者では無いのだろうね」


 事務手続きの最中でもルイーズには全く隙が無かった。実際にそれを行う気は全く無いが、あの状況下で妙な挙動を取っていたら、一体どんな反応を見る事が出来ただろうか。


「ええ。ルイーズさんは白金級プラチナの冒険者で達人剣士ソードマスターと呼ばれています。今は現場から離れていると言っていました。ただ、イルシュタットの存亡に関わるような非常事態に出動した事が過去にあったらしいです」

「……なるほど。それは、おっかない筈だ。流石に剣では勝負にならないかもしれない。手合わせか……そんなもの、全力でお断りする・・・・・・・・に決まってる」


 宗谷は真顔になり、最後の部分はやや語気を強めた。隙の無さから、かなりの使い手だと思ったが、白金級プラチナまで登り詰めた冒険者となれば、その実力は確かな物だろう。

 熟練の冒険者であるルイーズが受付嬢をしている事については、特に疑問には思わなかった。冒険者目線での知見がある事は、冒険者相手の仲介役としては打って付けではあるし、加えてあれだけ喋りが得意であれば天職と言って差し支えないかもしれない。


「ミアくん、スレイルの森に行く前に道具を整えたいので、少し銀貨を貸してもらえるかな? 雑貨の相場が昔と変わって無いようなら、そうだな……銀貨六〇枚ほどあれば、足りるように調整して買うようにしよう」

「わかりました。えっと……どうぞ、中に銀貨が入っています」


 ミアは肩掛け鞄から財布を取り出すと、宗谷に渡した。


「少し余裕があると思います。そのまま預かっていて下さい。ソウヤさんが旅に必要な物と思ったのなら、それは多分必要なのだと思います」


 財布の重みからして中身が全て銀貨であれば、予算と想定した六〇枚以上入っているのは間違いなさそうである。

 宗谷はミアから必要分だけ借りるつもりでいたが、路上で枚数を数えるのも気が引けるので、とりあえず財布を懐にしまい、冒険者ギルド向かいの通りにある道具屋に向かって歩き始めた。


 道具屋の入り口に立て掛けられた看板には『冒険者ギルド御用達』と、目立つように書かれていた。宗谷がゆっくりと木扉を開くと、小気味良く鳴子の音が響く。


「おや、いらっしゃい。……何が入り用かい?」


 鳴子の音に気づいた、店の主人マスターらしき年配の男性が、宗谷に応対した。


「こんにちは、主人マスター。たった今、冒険者ギルドで白紙級ホワイトの申請を終えたばかりでね。それで、旅に必要な道具を揃えようと思っているんだ」

「おお、新人ルーキーか。表の看板は見たかね? うちは冒険者ギルド御用達の店だ。一定の品質は保証するよ。新人ルーキーなら、冒険者セット一式がお買い得……」

「いや、申し訳ないが。今日は必要な物だけ頂くよ。あまり余裕がある訳ではないのでね」


 冒険者セット一式とは、おそらく麺類のトッピングで言うところの『全部乗せ』に近いものだろうか。いずれにしろ予算の銀貨六〇枚では済まないだろう。それに不要な余分な物も付いてくるかもしれない。


「ふむ。残念。お得なセットなのだが……では、必要な道具を調達したら、そこにある空いたテーブルに並べてくれるかね」


 主人マスターは少しがっかりしたような声で告げると椅子に座り、カウンターに置いてある暇つぶし用と思われる、木製のジグソーパズルを始めた。


     ◇


「十メートルの鉤付きロープが銀貨二枚、手提げ型の灯明ランプが銀貨一〇枚、灯明ランプの油が二十時間分で銀貨二枚、白紙十枚セットが銀貨一枚、ペンとインクが銀貨二枚、丈夫な布袋二枚が銀貨二枚、防護革(カバー)付きの陶器製の水筒が銀貨一〇枚、空き瓶二本が銀貨六枚、保存食三日分が銀貨一五枚。雨風避けの外套(マント)が銀貨一〇枚。……これで丁度銀貨六〇枚。ふむ、意外とかかるな。手鏡も欲しかったが」


 宗谷は雑貨類を見繕って、カウンターの近くにある空きテーブルに並べ終わると、品物の価格を指先確認した。まだ欲しいものはあったが、あっという間に見積もりの銀貨六〇枚に到達してしまった。


「手鏡。ソウヤさん、おしゃれなんですね」

「ミアくん、大人になるほど身だしなみは大切になるんだよ。まあ、勿論その用途もあるけど、他にも使い道はある。……例えば、ミアくんはゴルゴンって知ってるかね?」

「ゴルゴン……? 多分、知らない名前だと思います。薬草ではないですよね」

 

 ミアは頬に手を当てて少し考えたが、名前に思い当たる事は無かったようだった。


「ゴルゴンは髪の毛が蛇になった化物モンスターなんだが、そいつと目が合ってしまうと身体が石になってしまう、恐ろしい邪眼イビルアイの持ち主でね」

「石化ですか……神聖術の石化治療キュアストーンで、治すことが出来ますが、かなり高位の司祭様プリーストでないと癒せないです。……怖い怪物モンスターがいるんですね」

「対策として、目を合わせないように、鏡で相手の位置を確認しながら戦えば、その視線を受けずに済むわけだ。それで鏡が要るんだよ」


 もっともゴルゴンは通常、遺跡か沼地にしか出現しないので、今すぐ遭遇する可能性は、遺跡探索でもしない限りは無いと言っていい。

 宗谷の使い道は言われた通り、身だしなみを整える為のおしゃれ用であった。


「手鏡は銀貨六十枚。先程揃えた道具類と等価なのか……思ったより高いものだな」


現実世界ならば実にありふれたもので、百均でも手に入るだけに、どうしても割高に感じ、思わず不満とも取れる声を漏らした。


「鏡の製作は手間と時間がかかる。硝子ガラスに貼り付けた銀箔を水銀押しで作るんだ。後は破損防止に強化エンフォースの魔術が施されている。……まあ、何処に行っても、それくらいの価格はすると思うよ」


 カウンターでジグソーパズルをしつつ、品定めの様子を見ていた、主人マスターが宗谷に対しつぶやいた。


「なるほど、磨き上げに手間が掛かる訳だね。それと強化エンフォースか。……身だしなみの為に銀貨六〇枚……今は、無しとしておこう」 


 宗谷は残念そうな表情を浮かべると、続けて、一冊のノートを手に取った。


「革カバー付きの羊皮紙ノート……銀貨三〇枚。旅の記録でも付けようと思ったが、まあ、これも急ぎでは無い。ふむ……以前はこんな苦労、全くしなかったのだが」


 二〇年前の冒険では女神エリスに対し、様々な要求をした事を思い出した。確か突き付けた複数の願いの一つに、『高値な宝石をよこせ』と言った記憶がある。最初からまとまった大金が転がった為、金銭に対しては無頓着だった。


(過剰にしてしまった要求は、前借りみたいなものか。……まあ、二周目は、多少の苦労も楽しむ事にするさ)


 宗谷は誰に対してか、薄い笑みを浮かべた。精神的に幼い二〇年前と比べて、今はこういったお金のやりくりも楽しむくらいには余裕が出来ている。歳をとった分、成熟したという事だろうか。


「ソウヤさん。私に買わせて下さい」


 ミアは宗谷が欲しいそぶりを見せていた、手鏡の入った箱と羊皮紙のノートを手に取り、追加してテーブルに並べた。


「悪いと言っただろう」

「それなら個人的に買うので、それをお渡ししますね。私は、ソウヤさんの身だしなみが整っていた方がいいです」

「……ふむ。ミアくんが、そこまで言うのであれば。まあ、お言葉に甘えるとしよう」


 彼女の頑固さは、この二日間で十分に知る事が出来た。やわらかな笑みを浮かべるミアに対し、宗谷は諦めたように言った。

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