13.冒険者ギルドと受付嬢

 大陸第二位の規模を誇る、冒険者ギルド・イルシュタット支部。うろ覚えであったが、二〇年前とは建物の外装が変わっている気がする。増築されたのであれば、冒険者業界もまだまだ景気が良いという事だろう。


「以前僕が見た時と違うな。あれは通路になっているのかな」

「はい。隣の冒険者の酒場に繋がっています。パーティー結成や、報酬受け取り後、すぐにうたげが出来るように……と聞きました」

「なるほど。客を逃さないようにするには、効果的かもしれないな」


 宗谷とミアが建物内に入ると、受付の奥でスーツのような制服を着た女性が、事務仕事をこなしていた。おそらく受付嬢だろう。彼女は此方こちらに気づいたようだった。


「……あら、いらっしゃ……ミアじゃない、お久しぶり!」

「こんにちは、ルイーズさん。御無沙汰していました」

「良かった、貴方なかなか顔を見せないから。あんな事・・・・もあったし、気を悪くして冒険者を辞めちゃったのかと思っていたのよ」

「えへへ、半分そうしようか考えてたんですけど、戻ってきちゃいました」

「ミア、専業の神官クレリックって、とても貴重なのよ。ちゃんと見てくれる仲間なんて探せばいくらでもいるわ。それなのに、もう」


ルイーズと呼ばれた受付嬢は、ミアと親しげに会話を続けている。


(ほら、ちゃんとわかってくれる人はいるだろう。それにしても、いつでもどこでも、冒険者ギルドの受け付嬢は素晴らしいね)


 ルイーズはミディアムの蜂蜜色がかった金髪に緩いウェーブがかかっていた。声は抑揚が効き、聞き取りやすく、容姿も抜群となれば冒険者の評判も高そうである。

 宗谷は少し離れた位置から、二人のお喋りの様子を見ていた。ミアも戻るのが久々という事で、邪魔をしては悪いだろう。


「ところで、あのオジサマはミアの知り合いかしら? ここの冒険者では無さそうだけど……」


 ルイーズは宗谷の事をミアに尋ねた。


「はい。ソウヤさんといいます。色々助けて頂きました。今は、私が恩返しする為に養っています」

「そう。助けて頂いたってどんな……えっ、えっ……養う? ヒモって事?」


 宗谷の表情が、一瞬凍り付く。


(……ミアくん。少し言葉が足りないのではないかな)


 生真面目な大地母神ミカエラ神官クレリックに、そういった機知を期待するべきではないのかもしれないが、あまりにざっくりした説明である。そしてヒモという言葉は彼女が教えたのだろうか。

 だが、お金は借りている立場である以上、ミアの言っている事に間違いはない。ルイーズの方を見ると、彼女の鋭い視線が瞳に映り、宗谷は一瞬の間、視線を反らした。


「ソウヤさんですね、ルイーズと言います」

「ええ。宗谷と言います。ルイーズさん、以後お見知りおきを」


 再びルイーズを見た時は、にこやかな、美人受付嬢の顔だった。宗谷は緊張の中、無理矢理、笑顔を作り、それに応じた。


「ソウヤさん。いきなりで失礼ですが、今の話を聞いていましたね。ミアとは、どういった間柄・・・・・・・なのでしょうか? とても気になるので。個人的に」


 ルイーズは、単刀直入に宗谷に訪ねて来た。

 値踏みをされている。男性とのトラブルからようやく戻って来たミアに害を成す男かどうか探りを入れているのだろう。この世界に馴染まぬビジネススーツと黒眼鏡の中年である。この身なりでは怪しむのも無理は無い。

宗谷はわずかな視線移動で、ルイーズの目、続けて手の指、そして全身を俯瞰ふかんして見た。


(──彼女、強いな。おそらく剣士か短剣使い。僕と互角、あるいはそれ以上の実力を持っていてもおかしくない)


 ルイーズの立つ姿が、自然と待ち受けカウンターの構えになっていた。相手の動きを読む、後の先の構え。現実世界でも、ある高名な剣術家が用いたとされている物であった。

 受付嬢として仕事をしている最中も、そういった構えを見せているのは、つちかった習性というものだろうか。元冒険者の可能性もありそうだ。


「何か誤解されているようだ。実はメルボルザ草原でミアくんが野盗に襲われてね」

「えっ……! ミア? 野盗に襲われるなんて、何かされなかった? 大丈夫なの?」


 ルイーズはカウンターから軽やかに身を乗り出すと、ミアの両肩に手を当てた。


「あ、はい、大丈夫です。間一髪のところで、ソウヤさんが来てくれて。本当に危なかったですけど……」

「本当に何もされてない? 身体とか」


 ルイーズはミアの身体に触れる。その動作が何やら少し嫌らしいように見えて、宗谷は目を反らそうか考えたが、結局そのまま様子を見ていた。


「あっ、だ、大丈夫ですから。ですよね、ソウヤさん?」


 ミアが宗谷に問いかけた。この様子だとミアだけがいくら大丈夫と言っても、彼女は信じてくれないかもしれない。


「ええ。ミアくんは、転んだくらいで、野盗からは傷一つ付けられなかったはずです。我ながら、良いタイミングだったと言いたいですね」

「そう……良かった。もし、取り返しのつかない事になっていたら、そいつら全員根切りに行くところだったわ」


 ルイーズがぞっとするような目をしながらつぶやいていた。この様子だとミアと仲が良く、そして強さに自信があるのは間違いないだろう。


「……ソウヤさん。ミアを助けて頂いてありがとうございました。本当に感謝します。あと、少しばかり疑うような態度を取った事を謝罪します」


 ルイーズが宗谷に向けて深々と頭を下げた。先程から威圧的な雰囲気を覗かせていたが、ミアを心配しての事だろう。少なくとも悪人では無さそうである事に宗谷は安堵した。

いくらなんでも、しばらく世話になるギルドの顔役と険悪になったら、幸先が悪いにも程がある。イルシュタットでの活動は難しくなってしまう可能性が高い。


「ただ、いくらソウヤさんが恩人とはいえど、彼女に養わせるという点はいただけませんね。ミアは冒険者としては駆け出しです。人を一人養うのは相当の負担でしょうから」

「ここ二〇年は家に籠り、魔術の修行に明け暮れる人生を送っていました。思っていたよりは上手く立ち回れたと思います」

魔術師マジシャンですか。そう言われると、知的な雰囲気を感じます。……ソウヤさんが冒険者を志したきっかけはありますか?」

「そうですね、百聞は一見に如かず、と言います。書庫で本を読むより、見聞を広めたくなったのでしょう。気付いたら旅支度をして故郷を離れていました。ただ、間抜けな事ですが、野営中、油断した隙に荷物をすられてしまって。それで困っていたところを、ミアくんと知り合い冒険者ギルドに案内して貰った流れで今ここに居るという訳です」


 宗谷は冒険者の志望のきっかけを適当な思い付きで装飾した。我ながら、よく思いつきの出まかせが次々と飛び出してくると感心した。一〇年と少しに渡る営業の経験が活きたかもしれない。


「なるほど。事情はわかりました。では、冒険者としての手続きを……と、こほん。一度仕切り直し」


 ルイーズは咳ばらいをすると、受付の席に戻り、宗谷の方に向き直った。


「冒険者ギルド、イルシュタット支部へようこそ。受付担当のルイーズです」


 ルイーズは、お決まりのルーティーンらしきものを行い、宗谷に妖艶に微笑んだ。

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