3.野盗と神官の少女

 休憩を終え再び歩き始めた宗谷は、途中女神エリスの手紙を再び読み返しては表情を緩ませていた。あの女神はどのような気持ちで、このスーツや靴や眼鏡の魔法装備を作成したのだろうか。恨みを込めつつも事務的に、それとも腹を立てながら渋々だろうか。

 いずれにしろ準備されたビジネススーツとビジネスシューズ、そして黒眼鏡の品質は確かなもので、彼女がやっつけではなく、とてもよい仕事をしたのは疑いようがなかった。


(おっと、いけないな。僕にこんな性格の悪い部分が残っていたとは。……さて)


 宗谷は夜空を見上げた。双子の月は西空に傾き、空も白んできている。夜通し歩いたことで喉の渇きが少しばかり気になっていた。視界がよくなったところで、水場を探す必要があるだろう。そんな事を考えていた矢先だった。


「誰かー! 助けてください!」


 女性の甲高い悲鳴が、草原にただよう静寂を切り裂いた。続けて、がさがさと草をかきわける音が遠くから響く。宗谷はとっさに音の方角に視線を向けると、数十メートル先で、ちょうど女性が派手に転倒するのが視界に映った。見たところ高低差も障害物もない平坦だったが、どうやら足がもつれたらしい。姿を見ると、全力で走るのに適していない、動き辛そうな白い神官衣を身にまとっていた。

 神官衣の女性は一〇代半ばほどと思われる少女だった。長い金髪で、身長はそれほど高くなく、声も幼かった。大きな肩掛け鞄からすると冒険者かもしれない。少女が鞄から派手に荷物をぶちまけて、もたもたしていると、後ろから数人の男がやってくるのが見えた。


「へへへ、追いついたぜ。お嬢ちゃん。覚悟しな。可愛がってやるぜ」

「や……やめてください! 貴方達、神の罰が下りますよ!」

「抵抗するなよ、お肌に傷がつくことになるぜ。でも、泣き叫ぶのは全然オッケー」

「おーし、順番はどうやって決める? コイントスかクジか」


 野盗の集団。男たちの下卑た笑い声と汚い言葉に宗谷は顔をしかめた。そして男達はお楽しみに夢中なようで、近づく宗谷の存在に気づいていないようだった。

 立ち上がる事が出来ない神官衣の少女に対し、取り囲む男の一人がダガーを抜いた。今から少女に対し何が行われようとしているかは明白だった。


「や……やだ。だ、誰か……神様っ!」

「へっへっへっ……そうこなくっちゃな」


 震える声で叫ぶ少女に対し、男たちはさらに情欲を煽り立てられたのか、舌なめずりをしながら、卑猥な笑い声を浮かべた。


(やれやれ──典型的なお約束・・・・・・・、とでも言うのか。しようもない連中だ)


 呆れ顔を浮かべながら、宗谷は草むらに落ちていた、適度な太さの枝を拾い上げた。


「やあ。こんばんは」


 いかがわしい行為が行われようとする寸前、宗谷は颯爽と姿を現した。


「……? 何者だ!」

「通りすがりのサラリーマンさ」

「は? さらり……?」


 宗谷に話かけた男は、彼の発した単語を理解出来ず、困惑しているようだった。


「……てめぇ、よくわかんねぇが、俺たちのお楽しみの邪魔をしようっていうのか?」

神官クレリックのお嬢さん、立てるかな? 転倒で足をくじいてないと良いが」

「おい、てめぇ、聞いてんのか? 妙な格好をしやがって」


 無視された男がイラついた様子で宗谷の肩を掴む。その刹那。


「ブギぃ!」


 男の顔に、宗谷の裏拳が叩き込まれた。そして、立て続けに先程拾いあげた木の枝を男の頭に力任せに叩きつける。


「がっ」


 男の意識が飛び、草むらに崩れ落ちると同時に、宗谷が手にしていた枝がへし折れた。


「おっと。強くやりすぎたか」


 宗谷は折れた枝を放り投げると、手首をさすった。おかしいなと言った表情。まだ、異世界の運動感覚に慣れていないようだった。


「神官のお嬢さん。すぐ、この場から離れるように」

「は……はい、あの」

「言いたいことがあるのなら後程。さあ、早く」


 少女はまだ混乱している様子だったが、ビジネススーツを着た得体のしれない黒眼鏡の男を味方と判断したのか、宗谷に小さく頭を下げながら、よろめきつつも場を離れた。

 やはり足を挫いているようだ。ただ落ち着いた状況で神聖術を行使できるのであれば、自力で自らを治療する事は可能だろうと宗谷は判断した。

 そして男たちのターゲットは既に神官の少女から、宗谷に向かっていた。男を一瞬で昏倒させたのだから、そうなるのは当然の成り行きである。


「……てめえ、この人数に勝てると思ってんのか? 丸腰でよ?」


 残る男達は五名。その内一人を除いた四名がダガーを抜き、殺意を剥き出しにしていた。宗谷は一人の男を一瞬で昏倒させたが、それは不意打ちによる成果で、集団ならどうという事は無いと踏んでいるのだろう。

 宗谷を手短に始末した後、再び神官の少女を追跡する算段をたてているのかもしれない。やがて四名が宗谷の逃げ道をふさぎ、取り囲む。


(――おっと、まだ、そんな近くに居たのか。どうやら気を使わせてしまったようだ)


 逃がした神官の少女は一〇メートル程先で、神官杖クレリックスタッフを構えながら、こちらの囲いの様子をうかがっていた。さきほど自分より体躯のある暴漢たちに襲われ、恐怖に打ちひしがれていたばかりなのに気丈なものである。宗谷はその健気けなげな様子に感心したが、離脱して欲しい目論見が外れ、苦笑いを浮かべた。

 もしかしたら、神官の少女は神聖術による治療が出来るから、このまま怪我をする可能性がある宗谷を置いて遠くに逃げたら悪いと思っているのかもしれない。もっと遠慮せず遠くに逃げて欲しかったが、考えてみれば遠くも安全とは限らないので、改めて逃走をうながす事はしなかった。


「眼鏡野郎、てめえ、正義の味方のつもりか? さっさと失せやがれ、ぶち殺すぞ!」


 囲いの中で一番ガタイの良い男が宗谷を威嚇した。左頬と右眼に刀傷、額に横一文字に大きな裂傷がある。一人だけ手ぶらだった彼は、腰に下げていた洋刀サーベルを抜刀し構えた。恐らくは彼が野盗の親玉ボスだろう。


「正義の味方? まさか。ただ、たまには若い子にモテてみたくなってね」

「……てめえは、俺の顔と同じ部分を斬り刻んで殺してやる」


 真顔の宗谷に対し、怒り心頭な親玉らしき男が睨みつけた。


「それはいい。楽しくなってきた」


 宗谷は、怒りが治まらない親玉らしき男の顔を見ると、黒眼鏡を指で押さえながら、不敵に笑った。

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