第1章
第5話 自宅:高校二年生(1月10日)
重い蓋を閉めて、狭い場所に閉じこもる。
暗闇が満ちたけど、何もかもを照らしだしてしまう明るい外よりはマシだった。
瞼を閉じれば睡魔が襲ってきた。
眠気に誘われるまま、俺は心を落ち着かせる。
抜け出す事が出来ない泥水が俺の体にまとわりついて、底へ底へと沈めようとしている。
それに抗う事は苦痛で、身をゆだねる事は心地よい。
深い闇の底に落ちていくような感覚がしたが、俺は抵抗しなかった。
このまま、ここで永遠に眠り続けよう。
起きる必要なんてない。
もう、目覚める必要なんてどこにもない。
あいつのいなくなった世界で、生き続ける意味なんてない。
例え誰もが、あいつがいない世界を指さして本物だと言い張っても……。
俺はその全部を否定しよう。
それなのに……。
ああ、うるさいな。
俺を起こそうとするのは一体だれだ?
吸血鬼が住む家 永野家 私室 AM6:30
携帯に設定した起床のアラームに叩き起こされる。
意識が浮上してくるのだが、ある一定のラインからは自発的に上がってこようとしないから困る。
「……っ」
俺は寝起きが悪い。
どれくらい悪いかというと、過去にこっそり部屋に侵入してきた幼なじみが布団に入り込んで熟睡していても、気が付かなかったくらいだ。
そういうわけで、茉莉からは吸血鬼みたいだとか言われている俺だが、それに反論できないくらいに朝が苦手だった。
「ぅ……」
頭がくらくらする。
朝日が苦手だという設定の架空の生物、吸血鬼のような気ぶんを味わいながらも、意思の力を強化して二度寝の誘惑に打ち勝つ。
苦心して横たえていた体を起き上がらせた。
そして、枕元でやかましく音を流し続ける携帯を手に取ってアラームを止める。
ついでにメールを確認。
どうでもいい迷惑メールが一件と、茉莉からの挨拶メールが一件。
『未来、おはよー。あたしは元気です』
文面は、いつもの朝の挨拶だった。
わざわざ送ってくるまでもない中身だ。
適当な言葉を綴って送信。
昔だったら、直接この部屋に突撃してきて、俺を起こしきれずに一緒に眠っていた茉莉だが、最近は分別が付いてきたのかメール一つで起床の挨拶を済ませている。
その成長は非常に喜ばしいが、寂しい思いがあるのもまた事実だった。
ベッドから這い出て、カーテンを開けると冬のくせに勢いのいい直射日光を浴びて、うっとなる。
天気は心地いいくらいの晴天。
傘は持っていかなくてもよさそうだと思いながら、着替えにとりかかった。
緩慢な動作で、聞慣れた高校の制服を身に着けていると、母親が用意しているらしい朝食の匂いが漂って来た。
いつも通りのパンの匂い。
耳を傾ければ、小さく聞こえるのは油が跳ねる様な音だ。
目玉焼きを焼いているフライパンの音だろう。
睡魔に抗いながら支度を終えて、二階の俺の私室を出る。
手に持つのは昨日の内に準備を済ませておいた鞄と、枕元にあった携帯だ。
階段を下りて一階のリビングに行くと、朝ごはんの匂いが直接届いたせいか、腹が空腹を主張するようにぐぅっと鳴った。
二階から降りて来た俺の気配に気づいたのか、母親がこちらに声をかけてくる。
「あら、おはよう未来。今日は早いのね」
「おはよう。たまたま起きられた」
挨拶をした母は、テーブルの上に並べた皿の上にフライパンで作った目玉焼きを乗せる所だった。
料理は二人分、俺と母の分だけだ。
俺の家族は三人で、父と母と俺の内訳になるが、父は仕事が朝早いのでいつも俺が起きるよりだいぶ先に朝ごはんを食べて出て行ってしまう。
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