第3話 篠塚円
掃除を終えて、ひと段落した円はこちらを見つめながら、いつもの余計なおせっかいを口にしてきた。
見下ろす視線の先にあるのは、俺の膝の上で気持ちよさそうに眠っている茉莉の顔だ。
「シスコン、茉莉ちゃんだっていつかはお嫁にいっちゃう運命よ。そんなべったりでアンタ、一人になった時生きていけるのかしら」
「円、それを言うなら逆だ。茉莉に言え。こいつが俺に甘えてきてるんだ」
「あー、はいはいそうですねー。可愛い可愛い妹分である茉莉ちゃんが甘えてくるから、未来は過保護な兄貴になっちゃうんですよねー。近くからロリコンの気配を感じるわ」
「変な言葉を茉莉の前で言うな。お前のせいで、茉莉が最近俺に変な言葉を使ってくるようになっただろ」
「ま! 卑猥な言葉を年下の少女に言わせて喜んでるなんて、とんだ変質者だわ!」
「……」
睨みつけてやるのだが、円からはまるで応えた気配がない。
この少女は、まったく口の減らない人間だった。
この基地でお喋り好きを上げれば茉莉の名前が挙がるのだが、それよりも圧倒的な差をつけて常時上位にランクインしているのがこの円だ。
近くで会話していると、たまに喋ってないと呼吸できないのかと問いただしたくなるような喧しさがあるから、まるで粗大ごみのように邪魔くさくて、とても苦手な人間だ。だが、そういうのが彼女なりのコミュニケーションなのだろう。それくらいは俺にだって分かっている。
しかし円に好きに喋らせておくとロクな事にならない。
彼女は、こうして会話で相手の反応を探り、誘導させ、流れに引き込み、己の意図したとおりに誤爆させる達人なのだから。
ちなみに名づけ親は茉莉だ。
茉莉は重度の中二なので、そういうのが得意だったりする。
鞄の中を見れば、教科書に交じってアニメの本とかが3、4冊平気で出てくるくらいだ。
授業中に読んでるわけじゃなくて、布教用に持参しているというのだから、どれだけ筋金入りなのか、もう分かるだろう。
そんな風に考え事をしながら黙っていたせいか、円が調子に乗り始めた。
「あら、言い返さないのかしら。異論はおあり? 変態さん?」
俺は、苛つくのを我慢。鋼の精神で自制する。
頭に来ても言い返してはいけない。
頭の回るこいつに反論したところで、最後には言い負かされるだけなのだから。
知り合った頃は、それが分からず何度やりこめられた事か。
ひたすら無言を貫いて防戦していると、離れた所からこの基地の最後のメンバーの声がかかった。
最後にこの基地にやってきたのは、またも年上の女性。俺の一つ上の先輩だ。
「ふむ、揃っているみたいだな」
この施設を提供してくれた当人で、薬学の知識を語らせたら右に出る者はいない。通っている学校でも頭が良い事で有名な生徒だ。
落ち着いた口調で淡々とした調子で喋る彼女は、はためからだと喜怒哀楽が分かりにくいが、思いやりのある優しい人だという事は分かっている。
彼女は部屋に足を踏み入れるなり、一目で状況を察した様だ。
「あまり騒がない方が良いんじゃないかい? 茉莉は疲れているんだろう。寝かしてやるのなら、静かにしてやった方が良い」
彼女は、円と同学年であり、俺から見れば先輩にあたる人だ。
俺は桐谷先輩と呼んでいる。
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